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熟成貯蔵こそ、本格焼酎の蔵の個性の源!|宮崎県・松露酒造

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熟成貯蔵こそ、本格焼酎の蔵の個性の源!|宮崎県・松露酒造

Text : Aki Kaneseki

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数ある焼酎つくりの過程で仕込みや蒸留が重要なのはいうまでもないが、それと同じくらい、いやそれ以上に大事なのが「熟成」という貯蔵工程だ。本格焼酎蔵の数だけ貯蔵方法はあり、蔵の個性がある。今回は宮崎県の松露酒造で貯蔵についてお話をお聞きした。

貯蔵期間に原酒をしっかりと育てることで蔵の味を継承する

「本格焼酎の熟成って、蔵の個性がいちばん出るところ。だから無限の可能性があるんだよ」と話す松露酒造代表取締役の矢野裕晃さん。彼がつくりだす本格焼酎は常に男女問わず多くのファンがいる。本格焼酎のことをわかりやすく語れる彼の人柄も手伝って、イベントでは松露酒造のブース前はずらっと人が並ぶ。

毎週火曜、飲食店のみで観ることができるZOOMライブ『shoucyu’s day』は、矢野さんが鹿児島県の中村酒造場の中村慎弥さんと一緒に仕掛ける、日本全国の飲食店に足を運んでもらうことを目的にしたオンラインイベント。毎回焼酎関連のゲストを呼び、趣向を凝らした番組を配信している。とにかく今、本格焼酎を語るうえで目が離せない1人だ。

矢野裕晃さん。2018年から、1928年創業の蔵を引き継ぐ。

さて松露酒造では、9月に入ると芋農家から原料の芋が届き、晩秋前までつくりの最盛期に入る。年間の生産量は1300石(234,000リットル)。敷地内の貯蔵庫には1万リットルタンクが約50本ずらりと並び、各タンクでは蒸留後の原酒が今か今かと出番を待つ。蔵で生まれる銘柄は、新酒を除くと、レギュラー酒 *1 以上は基本3年以上熟成している。

「うちは昭和の時代からタイ米を麹米に使っています。タイ米は蒸留後2〜3年経つと米がもつコシ、芯のある甘さがしっかりと出てくる特徴がある。だから時間が経っても焼酎の風味にブレがほぼないんです」と矢野さん。他の蔵が国産米に変えていった時代も松露酒造は頑なにタイ米を使い続けた。それは、タイ米がほかならぬ熟成貯蔵に向いている原料の一つだからだと話す。

「本格焼酎は新酒以外、貯蔵の工程を経て出荷します。貯蔵期間に各銘柄の酒質に合わせて調整を行うのですが、たとえばレギュラー酒のタンクの原酒が減ったら、同じスペック(原料)の原酒をブレンドするなどやることは尽きません。昔から続くレギュラー酒は途絶えさせることはできない。原酒を育てることは、蔵の酒質の安定化につながるというわけです。もちろんレギュラー酒は、全く同じ味ということはありえなくて、毎年課題を見つけて酒質を向上させるもの。おいしい本格焼酎をつくりだすためには、貯蔵期間に原酒をしっかりと育てることが大事だと思います。ちなみに原酒は、調整次第で同じスペックでも全くタイプが異なる味わいをつくることもできる。そこが原酒のもう一つの可能性だと思いますね」

タイ米でつくった米麹。画像提供:松露酒造

貯蔵中の原酒に寄り添っておいしい酒をつくりだす

本格焼酎は蒸留後、原酒のまま貯蔵タンクに移される。これは原酒の中にあるガスを抜き、余分な油分を取り除きながら、甘み、旨み、丸みといった風味を生み出すための熟成期間。蒸留後すぐの新酒が赤ちゃんならば、貯蔵は小中高校の教育課程、熟成した原酒は社会に出て行く成人といったところか……。その貯蔵の間に蔵の特徴が出てくる。

ところでこの貯蔵期間だが、原酒をタンクにただ寝かせている……だけではない。原酒のコンディションを見ながら出荷するときの状態を考え、原酒の状態に応じて、櫂棒という大きな棒で原酒を攪拌したり、濾過をかけたりと、味わいを調える。

「蒸留後すぐの新酒をおいしいと喜んでもらうのはつくり手として嬉しい。でも実はそれと同時に、頭の中ではこの酒の2〜3年後の状態はどうだろうと予想が始まっていて、実は気が気じゃない(笑)。貯蔵期間を経たときに、その酒がよりおいしくなっていなければいけない。貯蔵期間中にある“濾過”は、原酒の余分な油分を除く作業。これがある意味いちばん緊張しますね。濾紙で油分をすくうのだけど、すくう油分には本格焼酎のうまさや香りが詰まっているから。取りすぎると味のないアルコールになってしまうんですよ。しかも、一回採った油分は絶対に元に戻せません。もちろんどれくらいの油分をすくったかのデータはとっているけれど、毎年気候は変わるし原酒の状態も違う。濾過の方法に正解はないんです。信じられるのは貯蔵タンクを見てまわるときの自分の視覚や嗅覚、味覚だけ。頭で考えるよりタンクの中の原酒に寄り添って感じるしかない」

原酒にはそれぞれ個性がある。たとえ1年で格好がつかなくても、3年、4年、5年と時を重ねるなかで、いいところを引き出そうと努力を重ねる。それが貯蔵・熟成期間の醍醐味だ。

「新酒の段階で計画通りにいかなかったとしても、まだ見えてない可能性が原酒には無限にある。少しずついろんな酒質が生まれてくる様子を知ることができるのも面白い」と矢野さん。原酒と向き合うことで、つくり手として常に現場で本格焼酎の未知なる可能性を学ぶ。この現場力があるからこそ、矢野さんはあんなに雄弁に、一般の人にもわかりやすく焼酎の魅力を伝えられるのかもしれない。

タンクの中でじっくりと熟成していく原酒。画像提供:松露酒造

原酒をのびのびと健康に育てやすい琺瑯タンク熟成

松露酒造の貯蔵タンクは琺瑯(ホーロー)タンクだ。貯蔵というと樽や甕の方がロマンを感じる……なんてつい思いがちだけど、安定して貯蔵・熟成させる小さな樽や甕より琺瑯タンクの方が原酒の管理がしやすいと矢野さんは話す。

「ある程度、貯蔵容器量が大きい方が原酒はのびのびと熟成できる感じ。人だって狭い部屋より広い部屋の方が手足を伸ばしてリラックスできるでしょう(笑)。タンクも蓋を閉めればしっかり密封状態になるから、原酒の空気への気化率も少なく、もちろん衛生上も問題はない。琺瑯は温度上下が穏やかで、内側はガラスコーティングなので、外気からの影響が少ない。その上タンクの底や端々まで自分で確認しやすい。貯蔵は焼酎づくりの工程でも一番時間が長いから、原酒も人もお互い活動しやすい方がいいと思う。この貯蔵タンクで原酒をしっかり育てられるからこそ、うちのレギュラー酒もニューフェイスも生まれる。貯蔵庫は蔵にとって大事な世界です」

原酒も生き物。予想していたよりも早く熟成が進んでいたり、予想していなかった風味に進もうとするものもあるとか。それゆえ気になり始めたら1週間のうち何度も貯蔵庫に足を運ぶそう。

油分を調整する濾過作業。一発勝負なので気が抜けない。

国内外に発信する本格焼酎の可能性は貯蔵にあり

ここ数年、松露酒造からはレギュラー酒のほかに新しい銘柄も登場している。数年前に発売された〈松露 Colorful〉は白麹仕込みの玉茜の原酒と黒麹仕込みの宮崎紅をブレンドさせたもので、従来の気骨な松露酒造のイメージとは全く異なる華やかでオレンジのような香りが楽しめると女性のファンが多い。この2種類の原酒の組み合わせも、熟成期間に感じたそれぞれの香りや味わいが面白いと気づいたからだとか。

さらに、2020年秋から冬にかけて発売された〈genshu.〉は本格焼酎を世界に知ってもらうためのひとつの手段として生まれたものだ。

構想は約2年。3タイプがあり、最初に発売された〈genshu.宮崎紅〉はレギュラー酒〈黒麹仕込み松露〉の原酒で3年以上貯蔵したもの。2番手の〈genshu.米熟成〉は2004年に蒸留した長期熟成米古酒の原酒。そして3番手〈genshu.玉茜〉は白麹仕込の玉茜の原酒である。それぞれに個性豊かでかつ芳醇な香りと旨みと丸み、柔らかさがあると好評だ。これらすべて、松露酒造の貯蔵空間でじっくりと育てた熟成焼酎だ。

「本格焼酎はまだまだ世界でも認識が低いのが現実。それに外国の方は、クリアな液体で熟成しているはずがないという考えが強いんですよ。向こうはウイスキー、ニューポットの世界だからさ。色がついてこそ熟成だというわけ。色がつくのは樽貯蔵だからだろ! と言いたいけどね(笑)。本格焼酎も熟成によって色は出るし、それこそ樽で寝かせれば色はしっかり出る。でも本格焼酎というカテゴリーでは、色のつきすぎたものは販売できないのが今の現実。実際は色がなくても年月を経たものはきちんと熟している。この日本らしい奥ゆかしい変化の仕方は海外じゃできないはず。

世界は蒸留酒が主流だから、日本の蒸留酒をまずは知ってもらいたい。でも今はまだまだ情報発信不足なのも否めない。だから僕たち本格焼酎蔵は、国内外に向けての本格焼酎の面白さを発信しなくてはいけない。つくりや蔵の歴史も大事。でも一番わかりやすく、世界共通なのはうまいと感じてもらうこと。度数も世界標準に近づけた原酒というカテゴリー。これは各々の僕たちの貯蔵タンクにあるのだから。まだまだ研究、アイデアを出してもっと貯蔵の世界をより極めて熟成焼酎という世界観を確固たるものにしたいね」

本格焼酎の世界、未来への可能性などを熱く語る矢野さん。彼を通して見えてきた本格焼酎の貯蔵熟成の世界。まだ始まったばかりである。

まだまだ知られていない焼酎の原酒。このうまさをしっかり伝えていきたい、と矢野さん。
松露酒造
住所 宮崎県串間市寺里1-17-5
WEB shouro-shuzou.co.jp

松露酒造の〈genshu.〉シリーズ

genshu.宮崎紅
【芋焼酎】
貯蔵 3年・琺瑯タンク
度数 37度
原材料 宮崎紅、米麹(タイ米)、黒麹
蒸留 常圧

蔵元 松露酒造  WEB →
所在地 宮崎県串間市
genshu.米熟成
【米焼酎】
貯蔵 16年・琺瑯タンク
度数 39度
原材料 米、米麹(タイ米)、白麹
蒸留 常圧

蔵元 松露酒造  WEB →
所在地 宮崎県串間市
genshu.玉茜
【芋焼酎】
貯蔵 2年と3年のブレンド・琺瑯タンク
度数 35度
原材料 玉茜、米麹(タイ米)、白麹
蒸留 常圧

蔵元 松露酒造  WEB →
所在地 宮崎県串間市

*1 蔵元の看板銘柄のこと。地元で広く飲まれる価格も手頃な銘柄のことがほとんど。

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