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焼酎のグッドデザインって何だろう? | 〈京屋 雫ル〉デザイナー・坂下和長インタビュー

インタビュー

焼酎のグッドデザインって何だろう? | 〈京屋 雫ル〉デザイナー・坂下和長インタビュー

Text & Photo : SHOCHU NEXT

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四合瓶・五合瓶・一升瓶が圧倒的多数の焼酎ボトル。宮崎県の焼酎蔵、京屋酒造がつくる芋焼酎〈京屋 雫ル〉のボトルは明らかに異彩を放つ。名前の通りにぽとりと落ちた水滴のような有機的なかたちと、分厚いコルクの栓。「飲み終わったら何に使おうかなあ」と楽しみになるボトルが、これまでほかにあっただろうか?

実際にこちらのボトル、グッドデザイン賞をはじめ、数々のデザインアワードを受賞するなど高い評価を得ている。ボトルデザインを手がけたのはプロダクトデザイナーの坂下和長さん。開発から発売まで4年の歳月を費やし、ボトルはもちろん、プロジェクトチームでパッケージ、ロゴデザインまでこだわり抜いたというこちらのボトルは、既存の焼酎のデザインと何が違うのだろう?

福岡・博多にある坂下和長さんの事務所「CRITIBA(クリチーバ)」を訪ね、焼酎が目指すべき“いいデザイン”を探った。

蓋までこだわり抜いた、焼酎ボトルのデザイン

ぽとりと蓮の葉に滴り落ちた雫のような丸いフォルムに、ゆったりとした開口部、ボリュームたっぷりのコルクの蓋……。柔らかくもきりりとした佇まいのガラス瓶の正体は熟成焼酎。宮崎県の焼酎蔵、京屋酒造が手がける3年熟成の芋焼酎〈京屋 雫ル〉だ。

一般的な焼酎の印象からはかなりかけ離れたこちらのボトルのデザインを手がけたのは、福岡・博多にデザインオフィス「CRITIBA(クリチーバ)」を主宰する坂下和長さん。家具や花器など多くのプロダクトを手がけ、海外でも権威あるデザイン賞を受賞するなど、国内外の注目を集めるプロダクトデザイナーだ。

「〈京屋 雫ル〉は何度も試作を繰り返した分、とても思い入れのあるプロダクトです」と坂下さん。このボトルが完成するまでには、多くの試行錯誤があったと振り返る。

〈京屋 雫ル〉のボトルデザインを手がけたプロダクトデザイナー・坂下和長さん。

「〈京屋 雫ル〉は、京屋酒造の看板商品でもある芋焼酎〈甕雫〉の姉妹品です。〈甕雫〉は、小さな和甕に柄杓がついているのが特徴的で、その柄杓で焼酎を注ぎ分けるというスタイル。

〈甕雫〉が純和風でクラシックな装いなのに対して、〈京屋 雫ル〉は、女性にも選んでもらえるようなクリーンな印象のデザインを目指しました。

最初の提案は、シンメトリーな円柱形のデザイン。かなり自信があったんですが決まらず(笑)、幾度もやり直しました。最終的に今のぽてりとした雫のようなフォルムが見えてきたのは、プロジェクトの中盤で〈京屋 雫ル〉の名前が決まってから。

“雫ル”という言葉から連想される透明感やシズル感をボトルにも落とし込みたい。それで、揺れ動く水滴がモチーフになったんです。水滴の有機的なかたちを捉えるために、3Dソフトは使わず、原型づくりは全て手作業。これがまあ根気のいる作業で……(笑)。毎回プレゼンのギリギリまでいいかたちにしようと磨いていました」

机の上に並べられた試作品の数々。実際はこの何倍もの数を制作していたという。
〈京屋 雫ル〉の姉妹品〈甕雫〉。甕に入った芋焼酎を柄杓で汲み取る。

試作を重ねたのはボトルだけではない。机の上にずらりと並んだ分厚いコルクは、すべて蓋の試作品だ。一見では分からないが、数ミリ単位でサイズが異なる。蓋にも相当なこだわりがあると坂下さんは話す。

「〈甕雫〉と同様、〈京屋 雫ル〉も柄杓で汲むことが決まっていました。だから当然、柄杓が入る大きさの開口部が必要ですが、何より大事にしたのがその開口部を閉じる蓋です。運搬中に漏れないようしっかり密閉する必要がある一方で、力を入れなくても簡単に開くものがいい。矛盾する要素を一度に解決しないとならないんです。しっかり栓ができるコルクを使うか、簡単に開けられるヨーグルトのようなシール蓋にするか……。口が広いこともあり、蓋の素材選びからかなりの時間を費やしました。コルクにすることが決まってからも、機能性を確かなものにするために試作を重ねました。

もう一つ、普段焼酎を買うことが少ない若者にもアピールするために〈京屋 雫ル〉は、飲み終わったあとも使えるデザインを目指しました。ピクルスを漬けたり、苔を入れてコケリウムにしたり。コルク蓋にしたことで、純粋にプロダクトとしても長く楽しめるものになったと思っています。ちなみに、僕は愛猫のご飯のストックとして使っています。口が広くて便利ですよ(笑)」

柄杓は姉妹品〈甕雫〉で使用しているものをそのまま活用。
CRITIBAのオフィスを自由気ままに動き回る坂下さんの愛猫の雨ちゃん。焼酎のボトルに入ったエサを食べているとはなんとかわいらしい……。

売り上げにつながらなければいいデザイン”ではない

これまで、多くの企業製品のデザインも手がけてきた坂下さんだが、お酒のボトルデザインは〈京屋 雫ル〉が初めてだったそう。「大学生の時から焼酎一筋!」と大の焼酎好きで、これまで飲む側の立場から数多の焼酎を見てきた。デザインする側に立ってみて、“焼酎のデザイン”の奥深さに気づいたと話す。

どれだけかっこいいデザインができたとしても、クライアントがいる以上、結果として売り上げにつながらなければ、いいデザインとは言えないんですよ。そういう意味で売り上げに大きく関与するのに忘れられがちなのが、“伝え手”=飲食店や酒販店の視点です。いくらつくり手がおいしい焼酎をつくり、デザイナーがいい容れ物をデザインしたところで、そういった伝え手がお客さんにアピールできなければ結局のところは売れない。かといって『売れればどんなデザインでもいい!』というわけでもありません。クライアントの哲学や譲れない線は汲み取りながら、デザインに落とし込むことが肝心です。

デザイナーの目線のみから、ボトルもラベルももっと自由でいいのにと言うのは簡単です。でも目新しさを求めるだけではダメで、それが手にとってもらうためのアプローチにつながっていないと、伝え手とその先にいるお客さんを説得できないと思います。たとえば酒販店の目線で見ると、定型のボトルで墨字でドーン! と名前が書かれたラベルの方が陳列した時の統一感があってきれいかもしれない。ひょっとすると、その方が買う側が選びやすい可能性だってありますよ」

〈京屋 雫ル〉も、デザインに取りかかる前に地元の老舗酒店に意見を仰いだそう。結果的に〈京屋 雫ル〉は、ボトルもパッケージも特殊なデザインに落ち着いたが、「飲まれるシーンをはっきりと想定することで、アピールの仕方の方向性もクリアにしたから」と坂下さんは語る。

「僕はデザインする際には必ず、その製品が使われる場所や風景をはっきりと想像することを心がけます。〈京屋 雫ル〉で思い描いたのは、女性がお酒を囲んでワイワイ会話しているような光景。清潔感や軽やかさがあり、かつ『変わった焼酎だね!』と、焼酎を介してその場がもっと楽しくなるようなボトルデザインを目指しました。

パッケージやロゴは別のデザイナーが手がけていますが、持ち運びができるようなあしらいも、チーム内で目指すシーンを共有したからこそ。コンセプトが明快なので、酒販店などでもお客さんに伝えやすいと評判はいいですね。実際に手土産やお祝いごとの1本として購入されるケースも多いようです」

〈京屋 雫ル〉の化粧箱。持ち運びできるように取っ手がついている。内側は蓮の葉をイメージしたグリーンを採用。

ルールの先に見える、焼酎の未来いいデザイン

さて前述の通り筋金入りの焼酎好きで、焼酎のストックは欠かさないという坂下さん。いいデザインの焼酎はありますか?

「ちょうど気になっているものがあるんです。ひとつは、宮崎県明石酒造の〈?ないな 紫〉。〈京屋 雫ル〉と同じでコルク栓を使っています。コルクの蓋って期待感があるんですよね。ワインのように、開けた瞬間の香りをつい楽しみたくなる。

もうひとつが同じく宮崎県の渡邊酒造場の〈朗らかに潤す log.2018〉。ラベルや封シールにびっしりと紹介文が書かれているんですが、デザインに清潔感があって野暮ったくない。焼酎の味わいとリンクするしっとりとしたラベルの紙質も印象的です」

紫芋「サツママサリ」を原料とした芋焼酎をベースに、秘蔵の米焼酎をブレンドした〈?ないな 紫〉。
〈朗らかに潤す log.2018〉は、2018年限定製造の芋焼酎。3種類の芋を同時に仕込んだ「混醸」が特徴。

?ないな 紫〉〈朗らかに潤す log.2018〉そして〈京屋 雫ル〉。それぞれにこれまでの焼酎の枠組みにはとらわれないラベルやディテールのデザインが特徴的だ。

「ラベルひとつをとっても、お酒の場合、伝えなくてはならない情報がルールとしてある。それら要件を満たしながらどう工夫していくかこそが、デザイナーの腕の見せどころです。ルールが多いほど燃えるものなんですよ(笑)!

〈京屋 雫ル〉は、ロゴだけが書かれたラベルをゴムバンドで留め、コルクの上に必要な製品情報を書いたステッカーを貼っています。ラベルを剥がす手間がないので、手軽にボトルを二次利用できるようにしました。

〈京屋 雫ル〉のデザインを通じて、挑戦できることはまだまだたくさんあることを実感しました。サイズを変えたり、素材を変えたり……。お決まりのボトルに、必要事項を記したラベルを貼るという“当然”を疑うことができるようになると、焼酎のデザインはもっと多様で面白くなるはずです

ゴムバンドに括りつけられたラベル。肌触りの良いしっとりとした質感の紙が使われている。

若者の酒離れや、輸出の伸び悩みなど岐路に立つ焼酎業界。デザイナーができることは、デザインで焼酎の味わいや魅力を伝えきることだと坂下さんは意気込む。

「焼酎もジャケ買いは当たり前の時代になってくるはず」と坂下さんが語るように、オンラインショップの需要も高まる今、焼酎を選ぶ時の大きな決め手の一端をデザインが担うのは確実だ。

フルーティなものからウイスキーのように濃厚なものまで、千差万別な焼酎。そのバラエティ豊かな味わいをデザインで伝えることは、焼酎の裾野を広げる大きなきっかけになるかもしれない。

坂下和長
1976年福岡生まれ。1999年西南学院大学商学部卒業後、THE CONRAN SHOP FUKUOKA、北欧アンティークショップNESTを経て、2006年CRITIBA Design+Direction <クリチーバ>を設立。
自ら発信するオリジナルプロダクトの他、様々なメーカー、ブランドの商品開発に携わる。

http://critiba.com

京屋 雫ル
貯蔵 3年以上
度数 20度
原材料 さつまいも(宮崎紅)・米麹(白麹)
蒸留 減圧

蔵元 京屋酒造 WEB→
所在地 宮崎県日南市

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