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カルトの帝王、デヴィッド・リンチと焼酎が交わる混沌のバー「hangedman’s bar 十二」|クラフト焼酎が飲める店

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カルトの帝王、デヴィッド・リンチと焼酎が交わる混沌のバー「hangedman’s bar 十二」|クラフト焼酎が飲める店

Text : Kentaro Wada(SHOCHU NEXT)
Photo : GINGRICH(SHOCHU NEXT)

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チェーンの居酒屋から玄人好みの焼酎バーまで、世の中に焼酎が飲める店は星の数だけあるけれど、東京・三軒茶屋のバー「The Hangedman’s Bar 十二」ほど、類似店のない一軒は珍しい。それほどに、独特のコンセプトに貫かれたバーなのだ。「焼酎をたしなむ場」だけに止まらないその奇抜な空間は、もはやカオス。焼酎ではない、とある別ジャンルのマニアもこぞって訪れる異色の焼酎バー。その正体を探った。

クラフト焼酎を片手に、鬼才デヴィッド・リンチの世界観に浸るバー

「おはようございます。2022年5月27日。信じられないことにまた金曜日がやってきました……! ここL.A.は曇り。少し風が吹いています。華氏61度、摂氏16度ほど。今日の気分は、James Brown & His Famous Flameの”It’s a Man’s Man’s Man’s World”。午後には華氏70度、摂氏21度ほどに上がり、ところにより曇りでしょう。それではみなさん、よい一日を!」

ここ数年、YouTubeで毎朝かかさずに淡々と天気予報を伝える男がいる。真っ直ぐにかきあげた艶のある白髪と、サングラス越しでも伝わる鋭い眼差し。その初老の男の名は、デビッド・リンチ。カルトの帝王と呼ばれ、世界中に熱狂的なファンを持つ鬼才の映画監督だ。

狂気に満ちあふれた長編映画「イレイザーヘッド(1976)」に始まり、アカデミー賞8部門にノミネートされた「エレファント・マン(1980)」や、カンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを受賞した「ワイルド・アット・ハート(1990)」など多くの映画作品をつくり続けてきたリンチ。特にテレビドラマ「ツイン・ピークス(1990)」は、90年代初頭の日本でも絶大な人気を博した。

そのデヴィッド・リンチは、今も映画のみならず、写真、絵画、音楽とさまざまなジャンルで活動を続けている。東京・三軒茶屋の「The Hangedman’s Bar 十二」は、その混沌とした世界観をクラフト焼酎とともに堪能できるバーなのだ。

(上)エドワード・ホッパーの名画「ナイトホークス」を彷彿とさせる「The Hangedman’s Bar 十二」。
(下)取材当日のデヴィッド・リンチによるウェザーリポート

東急田園都市線・三軒茶屋駅から南に徒歩10分。閑静な住宅街を進むと、通りの角地に、突然ガラス張りの空間が現れる。薄闇に妖しく光るこの空間こそ、デヴィッド・リンチと焼酎が楽しめるバー「The Hangedman’s Bar 十二」である。

光沢のあるダークブラウンの木製カウンターと、9席のアームチェアが並ぶゆとりのある店内。ペールグリーン1色に塗られた壁にはリンチの版画がかけられ、BGMはプロジェクターから淡々と流れるリンチ映像の音声のみ。小洒落た雰囲気とは裏腹に、にじみ出る静寂と狂気が、もうすでにリンチの映画に飛び込んでしまったよう! 店主の藤本淳司さんは、無論デヴィッド・リンチマニア。藤本さんが自ら考えたという店内のしつらえには、リンチのエッセンスが散りばめられている。

The Hangedman’s Bar 十二」の店主、藤本純司さん。

「この緑色の壁は、リンチの短編映画、『Rabbits』がモチーフ。3匹のヒューマノイド・ラビットが、ペール・グリーンの壁に囲まれた一室で噛み合わない会話を永遠と続ける作品です。映画ではもっとダークなのですが、あの鬱屈とした雰囲気へのオマージュでグリーンにしました。壁にかけている3つの作品はリンチの作。カウンター側の2つは版画、扉の横にあるのは写真を版画に落として刷った作品です。“リンチの世界感に浸れるバー”を謳っているので、海外のリンチファンが来られることもあるんです」

(上)デヴィッド・リンチの作品やエッセンスが満載のThe Hangedman’s Bar 十二」。
(下)内装のモデルになったデヴィッド・リンチの短編「RABBITS」。リンチ自身がYouTubeで無料で公開している。

焼酎のボトルがない、奇妙な焼酎バー

さてひたすらデヴィッド・リンチのことばかり語ってしまったけれど、クラフト焼酎も楽しめるのが「The Hangedman’s Bar 十二」の魅力だ。数百種類以上の銘柄が集まる焼酎バーも多いなか、このバーのラインナップは数十種類。「ボトルを開けた瞬間がその焼酎の味わいがいちばんわかる。だからストックは置きたくない」という藤本さんの信念のもと、銘柄を厳選している。

焼酎以外にも国内外の蒸留酒を揃えるこのバー、カウンターの裏にはクラフトジンやラムのボトルが並ぶ。……しかし、奇妙なことに肝心の焼酎が見当たらない。どこを見回してもあるのは、カウンターに置かれた〈麦冠 情け島〉の一升瓶と1つの甕だけ。え、ほんとに焼酎あるの……。

若干の不安を抱きながら店内をこっそり眺め回していると、藤本さんがおもむろに店の隅にある木箱を指差した。

胸の高さほどある、4つのロックでしっかりと密閉された木箱。

キャスターはついているものの、あまりに重く、微動だにしない。

……。中に象の赤ん坊でも入っているのだろうか。

促されておそるおそる箱のロックを外すと、入っていたのは一升瓶の焼酎。およそ40本ほどの焼酎が隙間なく並んでいる! なかでも熊本県の蔵元、天草酒造の焼酎はとりわけ豊富。蔵の代表・平下豊さんと以前から親交があることから、〈池の露〉や〈天草〉の限定酒などマニアックな銘柄を揃えている。あえて焼酎のボトルを隠す理由には、藤本さんの店主としてのこだわりがある。

お酒をカウンターに置くのが嫌だったんです。カウンターの裏にあるボトルもできれば全部隠したい。ボトルが並んでると、ラベルのデザインの良し悪しが目立つし、自分が飲んだことのある銘柄で選んじゃうでしょう? それだったら香りや飲み方の好みを聞いて、おすすめを出したほうが面白い。どんなものが出てくるかわからないワクワク感があると思うんです

(上)1段に一升瓶が5本ぴったりと入るキャビネットは、「The Hangedman’s Bar 十二」の特注品。
(下)キャビネットには天草酒造の代表、平下さんのサインが。店にもよく訪れるそう。

デヴィッド・リンチの名作と飲みたい、3本の焼酎

デヴィッド・リンチと焼酎が同時に楽しめるバー。ならば、やはり知りたいのは映画を観ながら飲みたい焼酎だ(映画と焼酎のペアリングなんて、さすがに僕らも初めての試みだ!)。藤本さんに、リンチの名作と合わせたい焼酎を3本選んでもらった。

ドライなサイコ・ホラー「イレイザーヘッド」には〈大和桜 紅芋〉のソーダ割りを

はじめに出てきたのは、大和桜酒造がつくる芋焼酎〈大和桜 紅芋〉。紅さつまを原料に甕で仕込んだ、フルーティかつ淡麗でキレの良い味わいが特徴だ。

「〈大和桜 紅芋〉と一緒に観たいのは、リンチの長編デビュー作『イレイザーヘッド』。若いカップルと異形の胎児をめぐる悪夢のようなストーリーは、サイコながらドライな印象を受けます。〈大和桜 紅芋〉はソーダ割りにして、柑橘の果汁を少し加えてあげるのがいい。『イレイザーヘッド』のモノクロームな映像に合う、キリッとドライな焼酎ハイボールになりますよ

難解でグラマラス。〈紅小牧〉のお湯割りで「ロスト・ハイウェイ」の映像美に浸る

次に出てきたのは、小牧醸造の〈紅小牧〉。こちらも紅さつまを使用した芋焼酎で、30度と少し度数は高め。フローラルな香りを持ちながら、しっかりとコクもある。芋の華やかさをたっぷりと感じられる1本だ。

「芋の甘い香りが立つ〈紅小牧〉は、『ロスト・ハイウェイ』と一緒に飲むのがおすすめ。ストーリーは難解ですが、映像がとにかく鮮烈で、リンチのミステリアスな世界観が詰まった作品です。この艶やかな空気感は、ぜひ香り立つ〈紅小牧〉のお湯割りとともにたっぷり味わってもらいたいですね

リンチワールドが炸裂する伝説のロードムービー「ワイルド・アット・ハート」には、〈池の露 昔懐かし芋焼酎 安納〉をストレートで

最後に藤本さんが出してくれたのは、天草酒造の〈池の露 昔懐かし芋焼酎 安納〉。「チンタラ」の愛称でも知られる、天草酒造の限定芋焼酎だ。甘みの強い安納芋を原料に、古式蒸留機で仕込んだ、その名の通りに昔懐かしい芋焼酎の味わいが広がる1本だ。

「天草酒造の焼酎は多く揃えていますが、なかでもおすすめなのがこの〈池の露 昔懐かし芋焼酎 安納〉。度数も高く、こっくりとした味わいが特徴です。ハードボイルドな男女の逃避劇を描いた「ワイルド・アット・ハート」にはぴったり合うフルボディ感。常温のストレートに少し水を加えて、ちびちびと飲んでもらいたいですね

二面性のある店主がつくる二面性のある店

焼酎好きが高じ、2008年から「吊るされた男」の名で、焼酎に関するブログを書き続けてきた藤本さん。ブログを始めて10年経った2018年に「The Hangedman’s Bar 十二」をオープンした。しかし、藤本さんにとってバーは本業ではない。平日の昼間は会社員、夜はバーの店主。二足のわらじで店を続けている。

「ブログを書いている時から、日中は会社員をしながら、副業で知り合いの焼酎居酒屋で働いていました。自分の店を持とうと思ったこともあったけれど、飲食専門で働いていたわけでもない。突然始めるのはあまりにリスクが高かった。自分の店を経営したいという気持ちより、ただただ居心地の良い場所が欲しかったんですよね。であれば、自分の好きなものを全部詰め込んだお店を開けばいい。そう考えているうちにデヴィッド・リンチと焼酎のバーができあがりました。今でも日中は会社員、夜はバーの店主として働いています

ブログのタイトル、そして店名にもなっている「The Hangedman(吊るされた男)」は、タロットカードの12番が由来。その意味は、店のコンセプトにも繋がっている。

「12番を選んだのは自分の誕生月からですが、タロットカードの『吊るされた男』には、『二面性』という意味があるそう。会社員とバーの店主、デヴィッド・リンチと焼酎。全く違う2つの顔を持つことに面白さを感じるのは、何かの縁かもしれません

「会社勤めをしながら、バーを経営するのは体力もいるし大変だけどね」と笑う藤本さん。これからの展望を聞くと、予想だにしない返事が返ってきた。

「実はこのバーは10年限定。2028年頃にはこのビルごと解体されるんです。この場所に建っているのはあと5年くらい。その後のことはまだ決めていません。次はそうだな……。焼酎バーじゃなくて、カフェもやってみたいね」

「ツイン・ピークス」の続編、「ツイン・ピークス:リミテッド・イベント・シリーズ」が淡々と流れていた

店を出る最後にプロジェクターから映し出されていたのは、25年ぶりの「ツイン・ピークス」の続編だった。数年後、この場に「The Hangedman’s Bar 十二」はない。「25年後に会いましょう」と言い残して幕を閉じたこの名作のように、またどこかでこのセンセーショナルな空間が生まれることを期待せずにはいられない。それまでに、まだ時間はある。鬼才の映画監督、デヴィッド・リンチと焼酎が交わるこのカオスな空間を一度は堪能してもらいたい。

The Hangedman’s Bar 十二
東京都世田谷区下馬2-14-18
営業時間:21:00〜翌2:00
不定休
https://www.hangedman12.com

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