近年、日本国内にて注目を集めているジン。ブームのきっかけを作ったとも言われる京都蒸溜所の「季の美」に携わった元木ヨイチさんが独立し、2023年6月に「Motoki蒸研株式会社(以下、Motoki蒸研)」を立ち上げた。
ヨイチさんは18歳から31歳まで東京銀座のバーに勤め、その後スコットランドへ渡りアラン蒸溜所へ勤務した。帰国後はウイスキーの輸入商社へ入社し、2016年に京都蒸溜所設立のため京都へ移住。現在は全国各地の蒸留所コンサルティングとしても活躍する、蒸留業界の重鎮である。
看板商品の名称である「yumarrest(ヤマレスト)」は「YUMMY = ヤミー」と、”逮捕”を意味する「Arrest = アレスト」をあわせたヨイチさんの造語。SNSなどで料理の感想を伝える際、締めに「旨すぎタイホ」と入れているヨイチさんの言葉がきっかけだ。
施設は小規模ではあるが、蒸留する製品は「クラフト(手造り)」ではなく「インダストリアル(工業的)」と定義し、徹底的なボタニカル研究に裏付けされた複雑で調和の取れたジンを展開する。
本記事ではMotoki蒸研立ち上げの経緯から、展開するジンの特徴、そして今後の展望を元木ヨイチさんと息子のコタロウさんに聞いた。
コンサル業から蒸留所設立へ
―Motoki蒸研を立ち上げた経緯を教えてください。
元木ヨイチさん(以下、ヨイチさん)「これまで多忙で身体も壊してしまったんで、京都蒸溜所を退職してからは半分リタイアしつつのんびり過ごそうと考えました。京都蒸溜所をきっかけに京都へ移住したのですが、あえて東京に戻らず馴染のない地域でゆっくりしたいなと思い京都市内に『酒場元木』という飲食店をオープンしたんです。
その時もずっと蒸留所のコンサルティング依頼は各地からきていたのですが、蒸留所の仕事を辞めたばかりだったので断っていました。しかし、コロナ禍で店を開けられなくなったことで時間も出来たため、相談くらいは乗ろうかとコンサル業を開始したんです。そうする中で蒸留の設計にも関わりはじめ、徐々にボタニカルの研究などをお店で進めるようになりました。依頼も増えるし、これはしっかりした蒸留所を作る必要があるなと考え『Motoki蒸研』を立ち上げるに至ったんです」

―コンサル業の延長でスタートしたのですね。
ヨイチさん「蒸留所案件の相談がどんどん来るので、もう個人レベルでは対応できなくなりました。そのため関わっている事業者に状況を説明した上で出資してもらったんです。しかし、蒸留所を建てた以上、自社製品もしっかりと販売する必要がある。そのため現在はボタニカルのレシピ研究と自社製品の製造を行いつつ、各地のコンサル業も請け負っている状況です」
ジュニパーベリーの有無がジンの定義
―そもそもジンとはどういった蒸留酒なのでしょうか。
元木コタロウさん(以下、コタロウさん)「第一条件としてヒノキ科の針葉樹である『ジュニパー』からとれる果実『ジュニパーベリー』が入っていることがあげられます。ジンの英語表記は『GIN』ですが、もともとはオランダ語の『Genever(ジュネヴァ)』が由来。これらの単語自体の意味が、そもそもジュニパーベリーを指すんです。そのため、ジン=ジュニパーベリーが入っていることが大前提となります。
ジュニパーベリーは1本の木に、1シーズンで1000粒程度しか成らないため非常に貴重な素材です。国産タイプもありますが、世界的にはマケドニア産のジュニパーベリーが最も多く使用されています。有名な『ロンドンドライジン』のドライの意味は、味わいではなく使用するボタニカルが乾燥物であることを示しているんですよ」

―ジュニパーベリー以外の原料に制限はないのでしょうか。
コタロウさん「ジュニパーベリーさえ入っていれば、その他の素材は何を使っても良い点がジンの面白いところです。各地の特産を使ったジンは数多く存在しており、わかめや海苔といった海産物や、ジビエなどを使用したジンも存在しています。」

―ベースとなる蒸留酒は何になるのでしょうか。
コタロウさん「我々はライススピリッツを使用しています。一般的にはコーンやモラセス(廃糖蜜)をベースにした蒸留酒が使用されますが、ライススピリッツを使用することで味わいに丸さを表現したいと考えています」
調和と複雑性を併せ持ったMotoki蒸研のジン
―Motoki蒸研が造るジンの特徴を教えてください。
ヨイチさん「バーで飲んだ時にもう1杯飲みたくなるジンが正解だと考えます。そのために漬け込む素材全てにブレーキを掛けたい。一つの素材が突出して感じられるのではなく、口に含んでから飲むまでにいろいろな素材が顔を出すようにしたいんです。複雑に重なり合ったレイヤーのように、複雑さと調和が感じられるジンを造っています」

―コンセプトを一言で表すと?
ヨイチさん「『春から夏にかけて』をイメージしています。京ヒノキ、桜の葉、尾道レモンなど和のボタニカルを使用し、桜から新緑に移る季節のハーバル感を表現。桜が散り、夏に向かっていく中、大自然の中にあるヒノキの露天風呂に浸かりながら山椒などの香りが感じられる情景が楽しめるジンです。
『季の美』もそうですが、京都のジンということもあり和食の哲学が根底にはあります。足し算ではなく引き算で造る。ボタニカルが多いと、どの香味を見せたいのか分からなくなってしまうけれど、少なすぎても複雑さが生まれない。こういったギリギリのラインを見極めて設計しています。甘さを表現するために、あえて苦みを入れることで強調するイメージです。ジン特有のツンとした香りを苦手という方は少なくないですが、そういった人も楽しんでもらいたいですね」
―ジン以外の商品もありますか?
ヨイチさん「どうしてもジンが苦手だという方に対して、フレーバードスピリッツを展開しています。ジュニパーベリーを使用せず、コーヒーやお茶を漬け込んだ蒸留酒です。当初はジンとして設計していたのですが、どうしてもジュニパーベリーなどの素材の要素が入ると変なフローラル感が出てしまいました。そこで、無理やりジンにする必要はないなと思い開発したんです」

蒸留研究所でありレシピ開発も行う
―主にどういった研究を行っているのでしょうか。
ヨイチさん「自社製品のレシピ開発やPB依頼に対応するために、ボタニカルの研究を行っています。依頼者のイメージにあったジンを造るために、いろいろなバリエーションを常に模索しているんです。現在もコンサルを請け負っている先のオリジナルレシピの開発を進めています」

―開発にはどの程度の時間を要するのでしょうか。
ヨイチさん「前日にライススピリッツへ素材を漬け込み、翌日蒸留して検証を行います。出来上がったものを確認し、イメージとのギャップを埋めるために同じ作業を繰り返すんです。そのため研究自体は本当に少しずつしか前に進みません。狙っている香りが出てこないということは、それを邪魔している香りがどこかにあるということ。それを探っていく作業が重要です」
コタロウさん「開発時には、実際の蒸留器の100分の1スケールなど小さいサイズから徐々に進めていくんです。蒸留器のシェイプが異なるとアルコールの回収率、香味が変わってくるため、サイズアップする際にはその点の補正も加えていきます。現在、我々の定番商品として展開している『ヤマレスト オーディナリー(以下、オーディナリー)』は80〜100回程度の試作を重ねました」

ヨイチさん「『オーディナリー』は当初、もう少しマニアックな香味でスタートしていました。今考えると玄人向けの設計だったと思います。しかし想定通りの仕上がりまでに苦労したため、一度社内で話し合って白紙に戻しました。各々の好きなレシピを組んで進めていく中で、良いものができた。それはコタロウのレシピだったんです」
コタロウさん「『オーディナリー』のリリースは2024年3月を予定していたのですが、開発のために6月にずれ込みました。自分たちのシグネイチャーとして永遠に残り続けるものですので、妥協はしたくなかったんです。2カ月伸ばした価値はあったと感じていますし、良いものが出来上がったと思っています」
―開発は全員で進めていくのですね。
ヨイチさん「開発時は必ずゴールを決めたうえで全員で議論し、コンセプトを造っていきます。ゴールが決まれば、そこへ向かっていく作業になりますので。そのためレシピ開発は何回で完成するかわかりません。しかし、100回目に成功したとしても、99回分の開発データは蓄積されるので価値はある。風味がおかしくなってくる瞬間は、自然素材のため必ず起きます。その理由は湿度なのか何なのか、こういう場合はこんなフレーバーになるのではといった検証が過去データを参考すれば進めやすくなるんです」
国内市場で基盤を作り海外へ
―オープンから現在に至るまでの所感を教えてください。
ヨイチさん「まずは自社製品の『ヤマレスト』はどういった味なのかを全国的にもっと認知してもらう必要があります。そのため、『ヤマレスト オーディナリージン』は現在、同じボタニカルを使用した3種類の銘柄展開にとどめています。
オープン当初からある程度予想通りだった点は、頑張らないと売れないということです。美味しいものができれば売れると考える方もいますが、実際は地道な営業活動をコツコツ続けないと厳しい。業界歴も長いので売り先は持っている方だとは思いますが、それでも苦労することは多いですね。
オープン初月は各お得意先から、御祝儀的な意味も込めての発注が集中しました。しかし、在庫が潤沢に行き渡ったので翌月の返発注が入らない。卸先のお客様に購入してもらう必要もあるので、イベント出店をはじめとした広報活動を進めていきました。酒屋さんへ足を運んでの営業も行いつつ、次の発注の山が来るのを待ちました。3カ月ほど経過して以降、現在に至るまで安定した運営が実現できています」

―今後の展望を教えてください。
ヨイチさん「2025年の夏頃には大手コンビニチェーンへ『オーディナリー』の導入予定があります。関西圏からの試験販売ですが、現在の設備では生産量的に厳しくなることが想定されます。そのため倉庫などの設備を増強し、蒸留器も現在の80リットルから300リットルへと強化する見込みです。
また現在、台湾やフランス、オーストラリア、イタリアなどへの輸出の話をいただいています。設備の中にはインバウンド顧客やバイヤー向けのテイスティングルームも作りたいですね。
一気には大きくなりませんが、しっかりと事業として成功させないとコンサルしている先にも示しがつかないので。淡々と正しい作業を続けるだけですね」
まだ立ち上げから8カ月とは思えないほど、確かな足跡を刻む「Motoki蒸研」。京都発のインダストリアルジンが世界のバーカウンターを彩る日は近いはずだ。

