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焼酎をめぐる商標の話 | 酒と法律 #02

コラム

焼酎をめぐる商標の話 | 酒と法律 #02

Text : Atsuko Kudo
Illustration : Akemi Saito

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こんにちは。弁護士&弁理士の工藤温子と申します。お酒大好き、焼酎大好き、おいしい飲食でホッとするために、日々働いております。

さて、第2回目となるこちらのコラムでは、商標を取りあげてみたいと思います。私はもともと弁理士をしていて、その後弁護士になったので、民法などの一般法よりも知的財産権関連法とのお付き合いのほうが長いのです。

焼酎の輸出促進がさかんに聞かれるようになってきたこの頃。これから輸出を始めようかな……と考えられる小規模な蔵元さんもいらっしゃるのではないでしょうか。今日はそんな蔵元さんの視点に立って、商標の世界を探検してみようと思います。


今さら聞けない! そもそも商標って何?

商標とは、事業者が、自己(自社)の取り扱う商品・サービスを他人(他社)のものと区別するために使用するマーク(識別標識)のこと。日本で商標を管轄するのは経済産業省 特許庁。HPにこのように定義されています。

商標制度の概要(特許庁のサイトより)

すこし難しい文章ですが、商標法で定められている「商標」とは次の通り。

「人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。

一 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの

二 業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)」(商標法2条1項)

私たちが商品を買ったり、サービスを利用したりするときは、その商品やサービスについているマーク(商標)を見て、あのブランドのものだなと判断しますよね。ハイブランドのバッグから、日々食べるお菓子まで、皆さんの誰もがロゴやマークを目にしているはず。

焼酎のネーミングやロゴも全く同じなのです。たとえば銘柄が同じなのに、いくつもの会社の製品が乱立していたり、ロゴが似過ぎたりしていると、消費者は混乱しますよね。そんなときは、蔵元さんが商標を獲得することで、自社の信頼性を守ることができます。

このように商標は、需要者にその商品やサービスの品質に対する信用性を与え、他のものと識別する機能を持っています。

この商標、何度でも更新が可能なので、半永久的に権利が存続するのもポイント。たとえば、特許権は出願から20年で権利が消滅し、その後はみんなのものになるんです。でも、商標権はそうではありません。それだけ、商標が持つ信用性や識別力は、私たちの生活に長く、変わらずに必要なんですね。

商標の効力が及ぶ範囲は?

商標は特許庁に商標登録願を提出して出願した後、特許庁の審査を経て商標権として登録されます。この提出書類の中に、「商標登録を受けようとする商標」に加え、「指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分」を記載します。「指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分」とは、その商標をどんな商品又は役務(サービスのことです)に使用するかを記載する欄となります。「商品及び役務の区分」は、特許庁が公表している「類似商品・役務審査基準」に基づいて、登録したい商標が商品だった場合は、第1~第34類から選択し、登録したい商標が役務(サービス)の場合は、第35~第45類から選択します。

とても大切なのは、商標の効力は、登録された商標及び商品及び役務の区分はもちろんのこと、その商標の類似範囲にも及ぶこと。

「商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する」(商標法25条本文)。

「次に掲げる行為は、当該商標権又は専用使用権を侵害するものとみなす。

一 指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用」(商標法37条1項各号)。

ではその“類似範囲”とは何を指すのでしょう? 実はこれ、たくさんの係争の元でもあるのです。

似てる? 似てない? 商標の類似範囲とは。

特許庁が公表している「商標審査基準」によると、「商標の類否の判断は、商標の有する外観、呼称及び観念のそれぞれの判断要素を総合的に考慮しなければならない」とされています。外観とは、いわゆる、その商標の見た目。そして、呼称とは、その商標の呼び方になります。さらに、観念とは、その商標が何を意味するか、という点です。

商標同士を比較する際には、その商標の“要部”はどこなのかを考慮します。たとえば「六調子」という商標について、「特吟六調子」や「本吟六調子」は類似の範囲に入ると考えられます。「特吟」や「本吟」は、その焼酎の品質を表しているので、「特吟六調子」や「本吟六調子」というマークの要部は「六調子」であると考えられるからです。

焼酎? 日本酒? 商標を争った「橘正宗事件」。あなたはどう思いますか?

さて、SHOCHU NEXTでの連載ですので、過去にお酒まわりの商標で大きく争った案件をひとつご紹介します。「橘正宗事件」ともいわれるこちら、「橘正宗」と「橘焼酎」が類似するか否かが、最高裁まで争われた事案です(最判昭和36年6月27日民集15巻6号1730頁[橘正宗事件])。

事の発端は、「橘焼酎」という商標権がすでに存在するところへ、「橘正宗」という清酒の商標出願がされました。まず、商標登録の申請を受けた特許庁では、類似と判断して申請を却下しました。理由は、これらの要部は「橘」であり、その呼称及び概念が共通するから。

しかし次の東京高裁では、非類似と判断されます。

「正宗」とは清酒を示す慣用語句であり他方は焼酎だから、需要者が清酒と焼酎は完全に別商品と認識すること、混同することはないというのが、その判決の理由でした。

そして、最終的な判断となる最高裁。ついにこれらは類似と判断されました。判決文がこちらです。

「本件においては「橘正宗」なる商標中「正宗」は清酒を現わす慣用標章と解され、「橘焼酎」なる商標中「焼酎」は普通名詞であるから、右両商標は要部を共通にするものであるのみならず、原審の確定する事実によれば、同一メーカーで清酒と焼酎との製造免許を受けているものが多いというのであるから、いま「橘焼酎」なる商標を使用して焼酎を製造する営業主がある場合に、他方で「橘正宗」なる商標を使用して清酒を製造する営業主があるときは、これらの商品は、いずれも、「橘」じるしの商標を使用して酒類を製造する同一営業主から出たものと一般世人に誤認させる虞があることは明らかであつて、「橘焼酎」なる商標が著名のものであるかどうかは右の判断に影響を及ぼすものではない。それ故、「橘焼酎」と「橘正宗」とは類似の商標と認むべきであるのみならず、右両商標の指定商品もまた類似の商品と認むべきである」

どうでしょう、こちらのケース、皆さんは、どのように考えますか?

外国に輸出する際に気をつけるべきこ

さてここまでは、日本の商標権についてのご説明でした。商標権は、各国独立で権利が発生するので、日本の特許庁に出願し、商標として登録された場合、その商標権は日本国内について及びます。外国には、その商標権は及びません。

実際に、中国の焼酎の分類において「球磨」、「森伊蔵」、「村尾」が商標登録されてしまったことがニュースになりました。商標は、先願主義(先に出願した人が優先される)なので、一度登録されてしまうと、それを無効化するには大変な手続きが必要となります。焼酎を外国へ輸出しようと考えている場合は、日本に出願する際に、輸出を計画している国への出願も同時に考慮することが大切です。

商標出願を弁理士に依頼する際には、その点もあわせてご相談くださいね! たとえばアメリカへの輸出を見込んでいる銘柄であれば、日本だけでなく、アメリカでも商標権を取得することも、ぜひご検討ください。そうすれば、アメリカで他社や他人が同じ銘柄名をつける焼酎を販売することを止めることができます。

日本の蔵元さま、外国でも日本の焼酎が流通し、世界に「SHOCHU」が5大スピリッツとして認められる日に備えて、ぜひ広〜〜い視野で焼酎を世に送りだしてください♬

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