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芋焼酎の生産を脅かした「サツマイモ基腐病」とは?|若潮酒造・上村曜介さんに聞く、サツマイモ栽培の現在とこれから

インタビュー

芋焼酎の生産を脅かした「サツマイモ基腐病」とは?|若潮酒造・上村曜介さんに聞く、サツマイモ栽培の現在とこれから

Text : Kentaro Wada(SHOCHU NEXT)

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国内外でコロナウイルスが猛威をふるい、暮らしが一変したここ数年。サツマイモ畑でもとある病気の“パンデミック”が発生し、芋焼酎の生産が危機に瀕していたことをご存知だろうか。その病名は「サツマイモ基腐病」。全国各地のサツマイモ畑が壊滅的な状況に陥り、九州各地の焼酎蔵も大幅な生産縮小を余儀なくされた。2018年から爆発的に感染が拡大し、今年で約5年。サツマイモ栽培の現状と今後の対策について大学院で微生物学を研究し、カビの働きにも詳しい若潮酒造の研究室兼経営戦略室室長の上村曜介さんに話を聞いた。

サツマイモ畑のパンデミック、「サツマイモ基腐病」

——全国各地のサツマイモ農家を脅かした「サツマイモ基腐病」。どんな病気なのか改めて教えていただけますか。

上村曜介 「サツマイモ基腐病」は、その名の通りサツマイモが根ごと腐ってしまう病気。Diaporthe destruens(ディアポルテ・デストルエンス)というカビがサツマイモに感染することによって発症します。感染力が非常に強く、靴の裏や服などに少しでもカビついた状態で畑に入ると、一気に広がってサツマイモはおろか土壌まで汚染してしまいます。感染から発症までタイムラグがあるため、苗を植える時には気付かないことも多く、知らないうちに一気に蔓延してしまう非常に厄介な病気です。

はじまりは2018年の秋。鹿児島県、宮崎県でサツマイモの苗が枯れ、根が腐ってしまうという報告が続出し、調べたところサツマイモ基腐病(以下、基腐病)であることがわかったそうです。国内ではそれまで発生した事例はなく、どこからカビがやってきたのかは定かではありません。その後沖縄県でも発生し、翌年にかけて全国のサツマイモ畑へ広がっていきました。

上:サツマイモ基腐病が発症した紅芋系のサツマイモ。根塊の大部分が茶色く変色している。*1
下:サツマイモ基腐病の原因となるカビ「Diaporthe destruens」。画面中央の糸状の菌が土壌に広がり、サツマイモに感染する。

——芋焼酎が主流の鹿児島県では多くの蔵元に影響があったと聞いています。

上村 私たちの蔵に関しては、基腐病のピークだった2021年のサツマイモ入荷量は平常時の70〜80%。仕入れ先は蔵のある志布志市と隣の大崎町がほとんどで、基腐病の被害はあったものの、全く収穫できない状態ではありませんでした。

収穫量の減少とともに影響が大きかったのは、仕込みの時期が早まったこと。基腐病の発生を最小限に抑えるため、収穫時期が早まったのが原因です。通常は8月のお盆明けに麹づくりをスタートして、最終週あたりからサツマイモを入荷します。ただここ数年はお盆前後にサツマイモが入ってくるようになりました。普段よりも早いぶん、サツマイモは小ぶり。一見ネガティブに聞こえるのですが、じつは小さい方が香り成分が多いとも言われています。不幸中の幸いか、新たな焼酎づくりのきっかけにもなりました。

若潮酒造での仕込みの様子。

——他県の蔵元にも影響は大きかったのでしょうか。

上村 特に壊滅的な被害を受けたのは、宮崎県の蔵元。串間市、日南市周辺です。一番の理由は芋の種類。宮崎県の南部では紅芋系のサツマイモを使った焼酎づくりが主流で、この紅芋系がとりわけ基腐病に弱い。比較的抵抗力が強いのが、「コナイシン」をはじめとした澱粉の製造用の白芋系。次に「アヤムラサキ」など紫芋系、芋焼酎に多く使用される「コガネセンガン」、最後に紅芋系の順で抵抗力が低いと考えられています。なかでも紅芋系の代表品種である「ベニハルカ」の被害がかなり大きく、現在は紅芋系でも抵抗力のある新品種「ベニマサリ」を使う宮崎県の蔵元が増えています。

上:若潮酒造の提携農家で栽培している紅芋。
下:若潮酒造株式会社研究室|経営戦略室 室長を務める上村曜介さん。

病気とともに進む、サツマイモの品種改良

——「ベニマサリ」をはじめ、基腐病を機にサツマイモの品種改良も進んでいるのですね。

上村 紅芋だけではなく、コガネセンガンの代替となる新品種も2021年に誕生しました。コガネセンガンとコナイシンを交配した「みちしずく」と呼ばれる品種で、コガネセンガンよりも基腐病に強く、収穫量も多いとされています。初年度は20kg程度しか入荷できなかったのですが、農家さんに増やしてもらい、昨年は2トン程度に。今年は何十トンにまで増えて、はじめて仕込みをすることができました。酒質もコガネセンガンに近いと言われていますが、実際の味わいが確かめられるのはもう少し先になります。

多くの芋焼酎の原料となっている「コガネセンガン」。若潮酒造でも大半の銘柄で使用しているそう。

——現在多くの蔵元がコガネセンガンを採用しています。ゆくゆく新しい品種がコガネセンガンに取って代わることもありえるのでしょうか。

上村 収穫量や品質はもちろん大事なのですが、なにより重要なのは持続性と安定性です。今回猛威を振るったのは基腐病でしたが、過去には別の病気が流行ったこともあります。また数年後には別の病気が起きるかもしれない。新しい品種が全ての病気に強いとは限らないので、栽培量についてはしっかり見極めないといけません。コガネセンガンが半世紀にわたって芋焼酎の主力原料になっているのは、長い目で見て収穫が安定しているのも理由のひとつなのでしょう。実際に昨年で基腐病の影響も落ち着き、今年の収穫量は上向きになってきています。一方、コガネセンガンに依存することで生まれる課題ももちろんあります。ひとつは、基腐病のように病気が流行った時の代替案が限られること。もうひとつは、差別化の難しさです。

 そこで多くの蔵元が力を入れているのが「酵母」。焼酎の風味を生むのは原料と麹だと思われがちですが、実は酵母が一番わかりやすく風味に影響します。例えば、今年発売した〈NEWPOT 2023〉は、コガネセンガンとロゼワイン酵母で仕込んだ新焼酎。通常の焼酎酵母で仕込んだものとは明らかに成分が違います。サツマイモ同様に酵母もたくさん新しい品種が生まれているなか、いかにその良さを引き出せるかが要。蔵の腕の見せ所でもあるんです。

若潮酒造の〈NEWPOT 2023〉。新焼酎特有のガス香は控えめに、酵母由来の華やかなフレーバーが引き立つ。

「良いサツマイモ」とは何かを考え直すきっかけに

——収穫量が回復しはじめたのは、農家の方々の尽力もあってこそだと思います。実際にどのような対策が行われたのでしょうか。

上村 丁寧に予防や処置を行っていただいたおかげで改善しているのは紛れもない事実なのですが、ベストな解決策が見つからないのも事実です。土壌や苗を消毒することで確かに基腐病の被害は防げます。一方で、消毒しすぎることによって土の中の良い菌まで殺してしまうことになる。結果的に病気にかかりやすい土になってしまうのではないか、と疑問視する声もあります。

——常在菌がいなくなることで免疫力が落ちる、生き物と同じような仕組みです。

上村 私たち人間のなかでさまざま菌が働いているように、健康な土壌にはたくさんの菌がいます。実際に鹿児島県西部の日置市の農家は、以前から強い消毒剤の使用をやめたことで、基腐病の被害も最小限だったという話もあります。かといって、もう一度土づくりからはじめようとなると時間も手間もかかる。次の年の収穫を確保するためには、やはり即効性のある消毒をせざるを得ない。一筋縄ではいかないジレンマを抱えています。

若潮酒造が提携しているサツマイモ農家。

——良い土壌をつくろうにも、なかなか大きく踏み込めないのが現実的な問題なのですね。

その根本的な要因のひとつは、我々つくり手が虫食いや傷みのない“綺麗”なサツマイモを求め過ぎていることにもあります。確かに、綺麗なサツマイモはしっかり手入れと管理がされている証拠。そのおかげで選別や仕込みの手間が最小限に抑えられているのも事実です。でも見た目が綺麗なものより、不恰好なサツマイモの方がでんぷんが多く含まれている説もあります。多少傷んでいて手間はかかったとしても、最終的にできる焼酎の量や質は上がるかもしれない。一概に綺麗=高品質とは断言できないのです。

——より理想的な原料をつくるために自社栽培を行う蔵元も増えてきています。若潮酒造でも原料に対して取り組んでいることはありますか?

上村 我々のスタンスはあくまで「芋は芋屋」。栽培における具体的な技術や方法は農家さんにお任せしています。私たちがするべきことは、毎年のサツマイモを評価して農家さんにきちんとフィードバックすること。どのような評価軸でサツマイモの良し悪しを決めるか、再検討する余地は十分にあります。

——何をもって「良いサツマイモ」とするかは、今回の基腐病を踏まえて改めて考える必要がありそうです。

上村 見た目が綺麗であっても、畑が痩せていれば病気にかかりやすくなるかもしれないし、かといってあまり手間のかかるものではコストがかかってしまう。その塩梅は非常に難しいですが、あらゆる方法を試しながらベストに近づけていく必要があります。最終的に大事なのは、美味しい焼酎を安定してお客様に届けること。農家と焼酎メーカーが一体となって、持続性のある原料づくりを進めることが今後さらに求められるのではないでしょうか。

若潮酒造
住所:鹿児島県志布志市志布志町安楽215番地
TEL: 099-472-1185
https://wakashio.com/

*1 画像提供:生研支援センターイノベーション創出強化研究推進事業(01020C)および戦略的スマート農業技術等の開発・改良(SA2-102N)令和4年度版マニュアル「サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策」

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