久しぶりに夜の新大久保へ。駅の改札口を通り過ぎた瞬間から外国人が行き交う波に飲み込まれ、いつもながらこの街ではまるで自分のほうが異邦人であるかのような錯覚に陥ってしまう。
韓国料理店やアジア食品店の賑わいを横目に数分歩くと、お目当ての焼酎バーは、表通りの喧騒から逃れるように雑居ビルの地下に潜んでいた。
ゆっくりと階段を降りて貝殻のぶら下がった扉を開けると、仄かな甘い香りと共に、バックバーに整然と居並ぶ数々の瓶が目に飛び込んで来る。
オーセンティックなバーであれば何度も見慣れた光景なはずなのだが、どこかしら印象が違う。バックバーはこれまで見た事もないラベルで埋め尽くされており、カウンターには数多の甕が鎮座しているではないか。
そう、この『さなぶり』は、粕取焼酎と琉球泡盛古酒を余すことなく取り揃えた唯一無二のオーセンティックな焼酎バーなのである。
泡盛に魅せられて沖縄へ移住。

「『さなぶり』を漢字で表すと”早苗饗”。田植えが終わって田の神を送るときに行う饗宴の意味です。粕取焼酎も琉球泡盛も600年以上の歴史を持ち、日本が世界に誇るべき蒸留酒だと確信し、次世代へと啓蒙、普及、伝承していかねばと思い、2023年10月に『さなぶり』をオープンさせました」と、開口一番に語ってくれたのがオーナー店主の田﨑聡(たさき・さとし)さんだ。
田﨑さんは、1956年東京生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、アートディレクターとして活動。1986年に沖縄に移住し、1988年に泡盛古酒の店『クースバー』の開業を手始めに、飲食店プロデュース、商品開発、出版編集など幅広い分野で活躍する。
また、雑誌『島唄楽園』『月刊うるま』『沖縄スタイル』『沖楽』などの創刊編集長を務めるかたわら、『山猫屋』『黒うさぎ』『山桜』『泡盛倉庫』『古酒楽』など数々の店舗プロデュースを手掛けている。
さらに、琉球大学国際地域創造学部非常勤講師、沖縄国際大学経済学部特別研究員という一面も持つマルチ人間だ。
「気がついたら38年経っていました。もともと泡盛が好きで、沖縄で蔵巡りをしている内に勢いで移住してしまった感じですかね。『クースバー』は9坪しかない小さな店で、泡盛とジャズとおでんがコンセプト。今の店の原型ですよ。35年前に福岡に『どなん』という泡盛とシェリー酒をメインにサルサを流す店をプロデュースしたんですが、当時の福岡は”めんたいロック”が主流でまったく受けなかった。少々早過ぎましたね(笑)」
全国47都道府県の日本酒蔵で造られている粕取焼酎

そんな田﨑さんに転機が訪れたのが、16年前の粕取焼酎との出合いだ。
「福岡県久留米にある『杜の蔵』酒蔵を取材に訪れた際に、美しい風景の中での粕取焼酎の生い立ちや原始的な造り方に感動しましてね。日本酒を造りつつ、酒粕と籾殻で焼酎を造り、焼酎粕の下粕を肥料にしてまた米作りをするといった、江戸時代や明治時代の筑後平野の循環型農業を再現した蔵の試みは、SDGsが叫ばれる今の時代にふさわしい取り組みなんです。それと粕取焼酎は福岡だけではなく全国で造られていながら、ほとんど知られていなかった。これは呑む人を増やさないといつか絶滅してしまうと危機感を感じたんです」
”カストリ焼酎”と聞くと、我々の父親の年代なら間違いなく粗悪な”密造酒”のイメージが付きまとうはず・・・。正直、酔街草も同様に思い込んでいた。
「ただ、昨今の日本酒の純米や吟醸酒ブームが芳醇な香りの酒粕を造り出し、折からの酒粕の健康効果も手伝って、そうしたネガティブなイメージは払拭されています。粕取焼酎を何とかして広めようと、初めは通販サイトでの販売を試みたんですが、砂漠に看板を立てるようなもの。やはりリアルな場というか実店舗がないといけないと判断して、この店を開店することにしたんです。老体に鞭打ってね~(笑)」
ジャズが静かに流れる落ち着いた雰囲気の店内。

扉を開けると、そこには異次元の酒文化が待ち受けている。

木の温もりを感じさせる店内の照明はほど良い明るさで、カウンターには10席を用意する。バックバーはまるで粕取焼酎と泡盛古酒の展示室のようだ。


壁側には4人掛けと2人掛けのテーブル席が誂えられているので、仲間と訪れても安心だ。
まずは5種類の呑み比べセットがお勧め!

「粕取焼酎」と「黒糖焼酎」はワンショット1杯700円~1000円代、「泡盛古酒」は700円~2000円代が中心と銘柄によって様々。ソーダ割りやロックでと飲み方は自由だが、最初はストレートで味わってみたい。
17時~19時のハッピーアワーでは、1800円でそれぞれ5種類の利き酒もできるとあって、さっそく「粕取焼酎」を呑み比べさせてもらった。
まろやかな口あたりから始まり、次第に度数が上がってガツンと来る喉越しへと味わいの変化が良く分かる。酒粕の甘い香りもくどさは感じられず、むしろ日本酒以上に優しく華やかな印象がして驚いた。

これも初めて見て驚いた1本。代表的な甲類焼酎である「亀甲宮焼酎」(通称・キンミヤ」を造る宮崎本店の純良粕取焼酎。大吟醸粕が原料とあって、香りもフルーティ。

せっかくなので、お勧めの泡盛古酒も1杯。沖縄では3年以上熟成させた泡盛を古酒(クース)と呼ぶのだそう。「久米島 25年 43度」(2000円)の旨さには、もうひれ伏すしかなかった。

田﨑さんがプロデュースした沖縄県の「田神(タヌカン)」。泡盛101酵母で再発酵させた沖縄初の粕取焼酎で、ボトルの形状はグラッパを意識したそうだ。
「減圧蒸留は熟成しないので吟醸系日本酒の華やかな香りを、常圧蒸留は熟成感を楽しんでほしい」と田﨑さん。
特色のある酒粕料理や沖縄料理も楽しめる。

ファイルになった分厚いメニューがあるのだが、料理は黒板で確認するのがベター。どのフードも粕取焼酎や泡盛古酒にマッチングするものばかりが揃っている。

「豚舌の粕漬け」(700円)は、どの銘柄にも合う、是非ともトライしていただきたい逸品だ。

「せいろ蒸し」(1700円)と迷って、足てびちの入った「沖縄おでん」(1700円)を選択。身も心もほっこりと暖まること請け合いだ。
正調粕取焼酎を後世に残したい!


粕取焼酎は、大きく分けると「正調粕取焼酎」と「吟醸(謬)粕取焼酎」の2つの蒸留法に分かれる。
「正調粕取焼酎」は、兜釜式蒸留という製法で蒸籠を使った蒸留法で造られ、酒粕に佅殻を混ぜた固体形を蒸留してアルコール分を冷やして液体に戻すというシンプルな製法だ。
一方の「吟醸(謬)粕取焼酎」は、酒粕を水に溶かしたものに酒母を加えて醪を造り、それを発酵させた後、蒸留させる製法で造られている。
粕取焼酎は全国140の酒蔵で造られており、47都道府県すべてに存在する。ただし、「正調粕取焼酎」は、その中の約10蔵くらいしかないのが現状なのだと言う。
詳しくは田﨑さんから直接、レクチャーを受けるのが一番だろう。
今後も粕取焼酎のエバンジェリストとしての活動に期待!

英語が堪能なソムリエの今井孝英(いまい・たかひで)さんは、「月・金・土」の勤務。ふたりは高校の先輩・後輩という関係なのだそう。「火・水・木」は田﨑さんのワンオペとなるので、できるだけ予約を入れてから訪れたい。
ちなみに著名なソムリエの田﨑真也(たさき・しんや)さんは、田﨑さんと2歳違いの従弟にあたる。
『さなぶり』は、オープンしてからようやく2年目に入ったばかりだが、ジワジワとファンが増えている。今後はオーセンティックなバー好きや焼酎・泡盛ファンはもちろん、コアな日本酒好きをも虜にしてしまうに違いない。
| 粕取焼酎・琉球泡盛古酒専門BAR『さなぶり』 |
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| 住所:東京都新宿区百人町1-16-14 マキバビルB1 アクセス:JR総武線大久保駅・JR山手線新大久保駅より徒歩3分 営業時間:17:00~23:00 定休日:日曜日 店舗予約電話:070-3316-1718 mail:info@casutori.com 公式HP: https://casutori.com/ Instagram: hps://www.instagram.com/sanaburibar/ 公式X: https://x.com/sanaburi_bar Youtube:https://www.youtube.com/watch?v=BwF8UhXcrHk&t=308s |

