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コロナ禍における焼酎業界のいま | 地元の酒づくりを支える、福岡県酒造組合と福岡県庁の取り組みとは

インタビュー

コロナ禍における焼酎業界のいま | 地元の酒づくりを支える、福岡県酒造組合と福岡県庁の取り組みとは

Text & Photo : SHOCHU NEXT

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大都市と自然いずれのよさも持ち合わせる九州の玄関口・福岡県。文化や経済の交差点でもあるここは、古くから清酒と焼酎づくりが共に盛んだったことから「日本酒と焼酎の交差点」とも呼ばれる。現在でも、県内の蔵元68社のうち25社が清酒と焼酎を兼業。樽や甕で寝かせた熟成焼酎を手がけている蔵も多い。広く日本を見渡しても、福岡県には独自の酒文化が根づいているのだ。その福岡県が、昨年来のコロナ禍を受けて、地元の酒づくりを支えるさまざまな施策に乗り出しているという。県内のみならず、県外からの関心も高いと聞く取り組みの数々とは、一体どんなものなのか……? 福岡県における焼酎の始まりから現在までを探るべく、福岡県酒造組合と福岡県庁へ足を運んだ。

酒文化の交差点、福岡

「博多焼酎」の愛称で知られる福岡の本格焼酎。その始まりは高度経済成長期の末だ。1975年に山陽新幹線が博多まで全線開通したことをきっかけに、福岡県でつくられた本格焼酎が、県の特産観光土産品「博多焼酎」と名づけられ、全国にその名が知れ渡るようになった。

現在、「博多焼酎」のうち約85%が麦焼酎といわれているが、その昔は酒粕を原料とした粕取り焼酎が多く出回っていた。

「福岡の焼酎づくりのルーツは、粕取り焼酎。鹿児島や宮崎など南九州の焼酎づくりとは異なると考えられています」と語るのは、福岡県福岡県酒造組合の副会長、木下宏太郎さんだ。

「南九州の焼酎づくりはインドシナ半島から台湾、琉球を経て伝来した琉球経路。一方で福岡の焼酎は、朝鮮半島から壱岐を渡って伝わった朝鮮半島経路と、中国から直接本土に伝わった南海諸島経路の2つのルーツがあるといわれています。琉球経路と朝鮮半島経路が醪(もろみ)を蒸留する方法であるのに対し、南海諸島経路は固形蒸留。酒粕に籾殻を混ぜ、セイロに入れて蒸留する粕取り焼酎がその代表です。福岡県の焼酎づくりのスタートは、朝鮮半島経路由来のものよりも、南海諸島経路伝来の粕取り焼酎がメインでした」

福岡県酒造組合副会長の木下宏太郎さん。福岡県八女市にある酒蔵、喜多屋の代表取締役社長も務める。

古くから稲作を行っていた福岡。江戸時代には清酒の蔵元が立ち並び、そのつくりの過程で生まれる酒粕を使って焼酎を仕込んでいた。しかし戦後、甲類焼酎を筆頭にライトな味わいを持つ焼酎の需要が増えるにつれて、粕取り焼酎だけではマーケットの拡大が見込めなくなる。そこで白羽の矢が立ったのが、福岡で盛んにつくられていた大麦だ。

「秋に米を収穫して日本酒を仕込む。その時に出た籾殻と酒粕をだんご状に練り、蒸してつくるのが福岡の伝統的な粕取り焼酎です。でもそのやり方だと、焼酎を仕込めるのは日本酒をつくる時期だけになってしまう。この蒸留技術をもっと活かせないかと注目したのが、全国で第3位の生産量を誇る大麦でした。地産の麦をふんだんに使えることや、通年で製造できることなどから次第に粕取り焼酎にとってかわり、今では麦焼酎が主流になっています」

福岡県八女市にある蔵元、高橋商店の粕取焼酎〈繁桝 大吟醸 酒粕焼酎〉(左)と、喜多屋の麦焼酎〈吾空〉(右)

現在、麦焼酎の原料として主に使用しているのは、「はるしずく」という新品種の大麦。2005年に福岡県農業総合試験場で誕生した焼酎用の二条大麦で、病気に強く、デンプン量も多いのが特徴だ。「はるしずく」の使用を推し進めたのは単独の蔵元ではない。県内の焼酎メーカーが話し合い、福岡県の焼酎のイメージを高める方法を模索するなかで、原料にこだわったプレミアム性のある焼酎を売り出していくことを決めたのだそう。

「福岡の酒蔵はなんといっても団結力が他の県と段違いなんですよ!」と力強く切り出す木下さん。その言葉の裏には福岡・博多という巨大で厳しいマーケットの存在があった。

地元が激戦地だからこそ、団結力が必要だ

焼酎のみならず、日本酒やビール、リキュールなどさまざまな酒が消費される福岡・博多。この激戦地でヒットした焼酎が本州へ渡り、全国へと展開される。九州各地の焼酎が集まる一大焼酎マーケットだ。

「売り上げとしては首都圏、関西圏が多い。でも九州中の酒造メーカーが、不動の最重要マーケットとして、常に指標にするのが博多。福岡は、オープンな県民性で、新しい食・酒文化もすんなり受け入れるんです。つまり、福岡県内の蔵元にとっては地元が激戦地。県内の人たちが『自分たちの焼酎だ!』と思ってくれていて、黙ってても売れるようなマーケットだったら地元でぬくぬくしていられるけれど、そんな生優しい場所ではないんですよ。大手メーカーを始め、全国各地からやってくる酒と戦うには、県内の酒蔵全体が一致団結しなければならない。酒造組合だけではなく、福岡県庁、県議会も一体となって、県民に地元の酒をアピールをはじめました」

鹿児島や宮崎の大手メーカーがつくる焼酎に押され、地元の人が地元の酒を知らない状況を一刻も早く打破したかったと語る木下さん。県内の焼酎の認知度を上げるため、最初に行ったのは、福岡県酒類鑑評会だ。

2012年に始まったこの鑑評会は、日本酒部門と本格焼酎部門に分かれ、それぞれの部で県知事賞や県議会議長賞が与えられる。

「まずは蔵元自身が『自分たちはいい焼酎をつくっているんだ』という自信を持つ必要がありました」と木下さん。鑑評会は今年で9回目。本格焼酎部門の中には「長期貯蔵の部」、「樽貯蔵の部」など熟成焼酎にフォーカスを当てた部門もある。

「原料のこともしかり、プレミアム性のある焼酎をつくることが大きなコンセプトの博多焼酎は、樽や甕などで熟成しているものも多いんです。この特別感は海外、特に韓国の若い人には受け入れられているんですよ」

アジア諸国と近い福岡県。インバウンドの旅行客の半数が、韓国からの旅行客だ。焼酎の海外輸出に関しても、県内の焼酎蔵の半数17蔵が毎年約28,000Lほどを輸出し、特に韓国での消費が強いそう。

「私の感覚として、焼酎を一番よく理解して消費してくれる国は韓国。しかも若者からの人気が高く、博多焼酎のなかには韓流スターの愛飲酒として楽しまれているものもあるんです。韓国で本格焼酎が売れるのは、やはりソジュの存在が大きい。アメリカや欧州ではソジュと本格焼酎が混同されがちですが、韓国の人は同じものとして見ていません。日頃飲む酒はソジュ、酒本来の味をじっくり楽しみたい時は本格焼酎と棲み分けをしているのだと思います。かつて日本でも1本数万円するスコッチウイスキーを贅沢したい時に飲む時代があったように、韓国では1万円以上する本格焼酎がプレミアムな酒として受け入れられています」

日本や韓国のように蒸留酒を食中酒として飲む文化は世界的に見ても珍しく、多くは食前・食後酒として嗜まれる。焼酎をさらに世界に広めるためには、高アルコールにして食後酒として売り出したりと、各文化圏にあわせたマーケティングが必要だ、と木下さん。その際に、海外での人気が根強い樽貯蔵麦焼酎は、市場拡大における重要な存在だと話す。

一方で国内消費、特に次世代の消費者層となる若い世代へのアプローチも欠かせない。品質は格段に向上し、味わいのバラエティも増えている焼酎。しかしそのことはまだ若者にまで伝わっておらず、消費が伸び悩んでいるのが現状だ。県内の消費を向上させるためにも、若年層の認知度を拡大するキャンペーンを打ち出したい……。そこで木下さんたち福岡県酒造組合が目をつけたのは、酒類鑑評会の表彰式後に行われる試飲会だった。

「当初、試飲会は業界関係者ばかりでした。ところが、年を重ねるごとに会場に入りきらないほど若い人が集まるようになりました。それまで関心の少なかった若い消費者にも少しずつ認知度が高まってきたんです。この流れを次の動きへ上手く繋げたかった」

 試飲会の発展形として2018年から始めたのが、「& SAKE FUKUOKA」というイベントだ。毎年2日間にわたって福岡国際センターで開かれるこのイベントには、県内50以上の蔵元と人気の飲食店が一堂に会する。会期中には例年約15,000人が訪れ、比較的若年層の来場者が多いという。国内でも最大級の酒と食の催しだ。

「ここまで大々的なイベントを開催できるようになったのは、県内の酒蔵が協力し時間をかけてアピールを続けたからこそ。県知事をはじめ、県庁の担当部門にも福岡の酒に強く関心を持ってもらえるようになったんです。予算も以前より多く組み込まれるようになり、博多のマーケットでも他の酒に負けない、より体力のある業界団体へと成長しました」

酒類鑑評会や「& SAKE FUKUOKA」と10年ほどで急速に勢いを見せる福岡の焼酎業界。県内での認知度も高まりをみせる最中、新型コロナウイルスの猛威が突如襲いかかった。

業界の連帯感は、危機に立ち向かう大きな武器になる

2020年から国内外に甚大な影響を及ぼしている新型コロナウイルスの感染拡大。飲食店の営業自粛、酒類の小売や卸の売上激減と、福岡の焼酎業界も例外なく影響を受けている。このままでは酒類の製造を含め、飲食業界全体が危機に瀕してしまう。なんとか支える方法はないか、県としても取り組みを考える必要があったと福岡県庁福岡の食販売促進課の担当者はいう。

港からもほど近く、海風が爽やかに吹き抜ける福岡県庁。

「発端は、2020年6月頃。飲食店の営業自粛などによって県産酒の需要は大幅に低下しました。そこで、酒の販売促進について、補正予算を組んで行うことになったんです。地元の酒の消費を促すならば、認知度の向上も同時に行いたい。どうすれば福岡の酒を広い世代・地域の人に知ってもらえるのか……考えた末にたどり着いたのはスマホアプリの制作でした」

2020年11月にローンチしたスマートフォンアプリ「福岡の地酒・焼酎公式アプリ」は、68蔵ある福岡県内の全ての酒蔵の情報を網羅する、福岡の酒づくりを知るにはうってつけのアプリだ。さらに、県内の飲食店で県産酒を3アイテム以上扱ってるお店を「福岡の地酒・焼酎応援の店」に認定し、アプリ内で掲載する取り組みも開始。いまやその数は200件以上になる(2021年10月現在)。

アプリだけではなく、ウェブサイトでも酒蔵や「福岡の地酒・焼酎応援の店」の情報を確認できる。どちらも見やすくまとまっているのが印象的だ。

そのアプリ配信と同時に開始したのが、福岡県酒造組合が中心となって運営したオンラインショップ(2021年3月末で終了)。コロナの影響で行き場を失った酒蔵開き用の新酒や限定酒、そのほか240種類にも及ぶ県産酒をセットにして販売したところ、県内外から大きな反響があったと県の担当者はいう。

「2020年度の単年度事業として行ったオンラインショップ事業。県内に向けてはもちろん、首都圏や関西圏にも広告を出し、202011月から翌年2月末の4ヶ月で約7,800セット、およそ3,000万円を売り上げました。これだけの量のセットをつくり、発送を手がけたのは福岡各地の酒販店。酒造組合を中心とした蔵元の皆さん、酒販店が協力しあうことで成功した取り組みです」

酒販店の次は飲食店だ。2021年10月8日(金)から開催予定の「地酒・焼酎フェア」では、参加する「福岡の地酒・焼酎応援の店」に各蔵の酒を提供し、来店客に1杯無料で試飲してもらう。参加店舗は約100件。「初の試みなので、どれくらい反響があるかはドキドキしています(笑)」と県の担当者。福岡の酒の認知度をさらに高めるとともに、飲食店への来客数の向上を図るという。

スマートフォンアプリ「福岡の地酒・焼酎公式アプリ」。「地酒・焼酎フェア」では県内44蔵の酒を試飲できるそう。

「酒をつくる」だけが酒づくりではない

コロナウイルスによる未曾有の危機に対し、わずか1年半足らずでアプリやオンラインショップ、フェアなど、数々の施策を打ち出す福岡県。他に類を見ない圧倒的スピード感と行動力は、県内の酒類業界が培ってきた団結力の賜物だと木下さんは語る。その極めつけとなるのは、2021年の県の補正予算として、米や麦など原料の仕入れに対する助成が決定したことだ。

「酒販店が売れなくなると在庫が残り、卸しが蔵元から仕入れる量も減る。そうすると蔵元の売上も減って、新しい酒がつくれなくなります。最終的に影響を受けるのは、原料をつくる地元の生産者です。この悪循環を食い止めるには、酒販店から生産者まで酒造に関わる全ての人を支えないといけない。そこで、県内産の原料の購入費の一部を2021年度の県の補正予算で補助してもらえることが決まりました。これは原料購入費に3,000万ほどかかる大きい蔵でも、1,000万以下の小さな蔵でも同じ金額です」

この平等性には、福岡県酒造組合の仕組みが関係している。福岡県酒造組合の組合費は、製造数量割と課税移出割がなく、頭割りだけで構成されている。このシステムを採用している酒造組合は、全国でも福岡県だけだ。生産量の多少に関わらず均等な組合費をとることで、大手メーカーと小規模な蔵が対等に話し合える場ができる。

あの蔵元は大きいから言うことを聞かないといけないとか、小さい蔵元は発言力がないなんて、蔵元同士でいがみあっていても、自分たちの酒づくりにはメリットがひとつもないんです。一匹狼では、国や政治家の方々を振り向かせることなんてできない。私たちは蔵の大小関わらず、業界としてひとつになって地道にロビー活動や公的機関に働きかけを行ってきたからこそ、スムーズにキャンペーンや補助金の施策を打ち出せる。コロナだから突然頑張っているわけではなく、これまでの積み重ねがあって今があるんです。酒づくりって、酒だけつくっていればいいんじゃないですよ!」

原料への助成金に関しては、他都道府県の行政からの評価も高く、その仕組みを問い合わせる声も多いそう。

「コロナ対策にせよ、焼酎の販路・消費者層拡大にせよまだまだこれから。積極的に企画して準備したい」と意気込む木下さん。

その頼もしさの奥には、福岡という熾烈な市場競争のなかで手に入れた粘り強さが垣間見える。焼酎の海外輸出、国内の消費量の減少が騒がれる昨今、業界の団結力が焼酎の未来を救う一手になるかもしれない。

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