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タイ全土にお酒を卸す名バイヤー・原宏治さん、奥会津の「ねっか」へ

蔵元

タイ全土にお酒を卸す名バイヤー・原宏治さん、奥会津の「ねっか」へ

Text : Sawako Akune(SHOCHU NEXXT)
Photo : GINGRICH

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東北新幹線を新白河駅で降りて車に乗り込む。街の景色はあっという間に背後へと遠ざかり、木々の生い茂る道を行く。上っては下り、ところどころで狭くなる道にブレーキを踏んで……。山道をたどって西の方角へ、1時間半あまり走った先の福島県南会津郡只見町に、焼酎と輸出用の日本酒を手がける蔵「ねっか」はある。新潟県との県境に位置するこの町は日本の原風景を残した緑豊かな土地だ。阿賀野川へとつながる只見川の周辺に広がる一面の田んぼ、ブナの原生林、空を舞うハヤブサ。2mほどの雪に覆われる静かな冬、動植物がいきいきと息吹を吹き返す春と、四季ごとの変化も美しい。

只見の美しい田園風景。

この日「ねっか」を訪ねたのは、タイに本拠を置くバッカスグローバル社(以下バッカス社)代表の原宏治さん。2010年設立のバッカス社は、日本酒、焼酎、ワイン、ウイスキー、リキュールなど多種多様なアルコール類を網羅するインポーターで、現在、タイ全土で約1000店舗の飲食店に酒類を卸す。コロナ禍の影響を受けて、原さんの日本出張は約3年ぶり。目的はバッカス社で輸入取引のある蔵元や、興味のある蔵元を訪ねること。今回の出張先の最北端が「ねっか」だ。

「焼酎と日本酒の両方を手がけていることもアドバンテージですよね。楽しみにしてきました」

只見川沿いの道路からすぐの場所にある「ねっか」。江戸末期の農家をリノベーションした風格ある建物。
タイ「バッカス・グローバル」社の代表を務める原宏治さん。

焼酎と輸出用日本酒を両輪でつくる「ねっか」の現場

「タイは個人的にとても好きな国で……。ぜひ取引になればうれしいです」と原さんを迎えたのは、「ねっか」代表の脇坂斉弘さんだ。脇坂さんの先導でさっそく蔵の見学に向かう。脇坂さんが話す。

「この蔵は江戸末期・慶応年間に建てられた農家をリノベーションしたもの。住む人がいなくなってゴミも散乱しボロボロの状態だったのを、自分たちで手を入れて直しました」

 青々とした田んぼを望む道路側の建物が元の母屋で、ここは現在ショップと試飲スペースに。製造場があるのはその裏。元は農作業小屋だったという空間に、小ぶりのタンクや米の蒸し器、蒸留器などが並ぶ。「2階に製麹機などがあって、基本的には焼酎も日本酒もここでつくっていますね」

「ねっか」代表の脇坂斉弘さん。

 特産品しょうちゅう製造免許を得て、2016年に焼酎づくりを始めた「ねっか」。さらに2021年に輸出用清酒製造免許を取得し、現在は焼酎、日本酒、それらを使ったリキュールやスピリッツなども手がける。「うちの場合、蒸留までのプロセスは日本酒、焼酎はほぼ同じですね。元々僕が日本酒の酒蔵にいたこともありますし、日本酒のような吟醸香の高い焼酎を目指しているので」と脇坂さん。

 その言葉を聞いて「焼酎の場合も精米した方が吟醸香や味わいが深まりますか?」と原さん。「焼酎は蒸留しますよね。精米してお米を磨くことでどのくらいの違いがあるんですか?」

 「そこなんです!」とうれしそうな脇坂さん。ねっかでは精米歩合による焼酎の味の違いを、データの裏づけをとりながら検証してきているそう。

「吟醸香のもとである、りんごのような香りのカプロン酸エチルは、日本酒だと5~8ppmあれば日本酒品評会金賞をとれるレベルといわれます。これがレギュラーの〈ねっか〉で15~20ppm 。精米歩合を吟醸酒と同様に60%まで削って仕込む〈ばがねっか〉は40ppm以上出るんです」

蔵のつくりの特徴や方向性を熱心に尋ねる原さん。

焼酎と輸出用日本酒を両輪でつくる「ねっか」の現場

「原さんにお見せしておきたい場所がもうひとつ……」と製造現場を出た脇坂さんは、古民家の「蔵」を利用した貯蔵庫へ。部屋の両脇に、新旧の木樽が20本ほど積み重なる。脇坂さんが話す。

「蔵の設立当初から、樽貯蔵も試しています。シェリー樽、アマローネ(イタリアの最高級赤ワイン)樽、ピート樽、山桜の新樽もありますね。うちの蔵はスピリッツ免許も取得したので、アルコール60~63度の、ウイスキーと同程度の度数の原酒を寝かせてみようと思っています」

樽で熟成した焼酎の香りを確かめる。

 いくつかの樽の栓を開けてもらって香りをかいでみる原さんは、芳醇な香りに満足そうな表情。さらに瓶詰めやラベル貼りの作業場も見学して蔵見学は終了。蒸留所の周囲に広がる田んぼを眺めながら、原さんは脇坂さんにこう尋ねた。

「焼酎、日本酒、樽熟成ものや各種のリキュール……。ねっかはつくるお酒の幅をどんどん広げていますね。この先やっていきたいお酒はありますか?」

米をつくり、焼酎をつくる蔵だからこその特許で、新しい日本酒をつくる

 蔵の方向性を尋ねる原さんの問いに、脇坂さんが答える。

「たとえば焼酎ならば、樽熟成をしたものを、色規制をクリアするために食物繊維を添加して酒税法上は“スピリッツ”として添加する。日本酒ならば吟醸酒・大吟醸酒は醸造アルコールを添加している。味にも身体にも全く影響はないとはいえ、自分たちでつくっていないものを添加することがイヤなんですよ。

 ですから、“スピリッツ”類の色規制が撤廃を待って出そうと思っている蒸留酒もありますし、日本酒は、添加するアルコールを自分たちでつくっています。本格焼酎は酒税法上、45度までと定められているので、それを越えた47度で蒸留を止めた“原料アルコール”を日本酒に加えるんです」

 ……焼酎専門メディアのSHOCHU NEXT。自分たちのためにも少し日本酒のバックグラウンドを補足すると、吟醸酒・大吟醸酒は定義上、白米重量の10%以下の醸造アルコールをもろみに添加している。醸造アルコールは主にサトウキビからつくられており、原材料を発酵させて初期アルコールをつくり、蒸留してアルコール濃度を45度以上に高めてつくる。

「つまり実質的には焼酎の原酒ですよね?」と原さん。脇坂さんが答える。

「そうですね。日本酒に焼酎を加えるのは、昔は“柱焼酎”と呼ばれていた方法なんですよ。品質が変化しやすい日本酒が、焼酎を加えることで風味劣化しにくくなる。実はこれに関してねっかは特許をとったばかり。要は香りも風味の変化が少ない日本酒の製法です!」

せっかく原料の米からつくっているのだから、食物繊維を添加したりといったことをしたくないという脇坂さん。本格焼酎にこだわらず、柔軟な発想でスピリッツやリキュールなども手がける。

運搬中に品質劣化のリスクが高い日本酒。香りや風味の変化が少なくなることは大きなメリットだ。原さんが身を乗り出す。「栓しても変化しないですか? 検証もしています?」

にっこりと満面の笑みで脇坂さんが答える。

「室温40度で30日間放置する強制劣化試験を行いましたが、ほとんど数値が変わらなかったんですよ!」

この技術、焼酎をつくる=蒸留技術を持った蔵、そして輸出だけに限って日本酒製造を認められた蔵ならではの発想に基づくもの。つまりは「ねっか」だからこその製法でのお酒づくりが、着々と進行しているというわけだ。

「ねっか」が持つ水田も視察に出かけた。おたまじゃくしやカエル、ゲンゴロウにイトトンボ……。ユネスコエコパークにも指定されている、只見の豊かな自然の中で育つ米に、原さんも関心しきり。

タイのバイヤーの目に、会津の蔵元の酒はどう映るのか

 蔵見学を終えた一行はショップ脇の試飲スペースへ。脇坂さんが用意したのは〈ばがねっか〉〈ねっか44〉という本格焼酎2銘柄と、輸出専用で国内で飲むことはできない日本酒〈流觴(りゅうしょう)〉だ。ソムリエ資格も持つ原さんの表情は真剣そのもの。まずは香りを確かめ、ゆっくりと口に含む。

〈ばがねっか〉は精米歩合60%まで削って仕込んだ、蔵でいちばん贅沢な米焼酎。
2022年のKura Masterで金賞を獲得した〈ねっか44〉。
テイスティング中の原さん。国内でねっかの日本酒を飲むことは不可。輸出の商談のため原さんは特別に飲むことができる。

「焼酎はどちらもおいしいですね。〈ねっか44〉の方がより香りが強い」と話す原さんに「これが〈ねっか〉の原酒なんですよ」と脇坂さん。

「加水していないこともあり、この銘柄がいちばん香り高いですね。これは2022年のKura Masterで決勝まで残り、金賞をいただきました。風味を堪能できるパーシャルショットがお薦めです」

 「若干、売り方が難しいかなあ」と原さん。

「香り高くてうまいけれど、これをタイでどう売るかというところで少し迷いますね。カクテルベースとして薦める手はなくはないけれど、輸出によって現地で3倍くらいの価格になると思うとカクテルベースにはもったいない気も……。日本酒のような風味だから、思い切って度数を下げてもいいのかもしれませんね」

香港に輸出している日本酒〈流觴〉。

 実際、只見の地元では、〈ねっか〉シリーズを前割りで15度前後にして出す日本酒バーもある、と脇坂さん。そういう需要を見越した商品展開もあるのかもと大いに納得の様子だ。「〈流觴〉をさらに冷やしてもらえますか?」とさらに原さん。

タイは年中暑いので、お酒をとにかく冷やします。日本酒もずっとアイスクーラーに入れていますから。だから〈流觴〉をより冷やしたときの味を知りたいんです。キレがよくて余韻が短いし、寿司や刺し身には合いそうだけど、タイでどういう風に受け止められるかな? と。完全に現地の好みですが、特に日本酒の場合は、先行して〈獺祭〉という純米大吟醸のブランドがあるから、それに引きずられる面はある。とはいえつい最近、土佐鶴酒造の〈アジュール〉という吟醸酒が流行ってもいて……。何がウケるかわからない面も大きいんですけどね(笑)」

原さんのリクエストで、〈流觴〉をさらに冷やす。

 原さんから聞くタイならではのお酒や飲食店事情に、脇坂さんは「参考になることばかりです」と興味津々。「僕らはお酒の味はお客さんに決めてもらいたいと思っていますから」と話す。

「もう少しこういう味にしたいとか、こういうつくりに挑んでみたいという思いは個人的にもたくさんあるのですけど、そこに意固地にならず、タイならタイに合うお酒づくりをしたいですね。〈流觴〉も香港への輸出向けにつくったもので、現地の声を味にもつくりにも反映しているんです。原さんとお会いしたのをきっかけに、タイで受け入れられる日本酒や焼酎づくりに乗り出してみたいです」

 新興の蔵だからこそ、識者の意見を取り入れて意識的に“自分たちならでは”の酒づくりに邁進する「ねっか」。原さんとの出会いでさらにおいしいお酒が生まれそうだ。

合同会社ねっか
住所:福島県只見町大字梁取字沖998
TEL: 0241-72-8872
SHOP あり
https://nekka.jp

焼酎ベンチャー「ねっか」脇坂斉弘さんのインタビュー記事もあわせてお読みください!

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