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音楽熟成でまろやかに円熟味の出た田苑の味|南雲主于三さんとめぐる熟成焼酎蔵元の旅「田苑酒造」編

蔵元

音楽熟成でまろやかに円熟味の出た田苑の味|南雲主于三さんとめぐる熟成焼酎蔵元の旅「田苑酒造」編

Text : SHOCHU NEXT
Photo : Yoshikazu Shiraki

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果物や野菜、鰹節にワインに醤油……。食べ物の成長や熟成の段階で音楽、それも音楽を聞かせるって話、しばしば聞きますよね? 実は本格焼酎の世界にもそんな話があります。芋焼酎の樽熟成〈田苑エンヴェレシーダ〉などが知られる鹿児島県の「田苑酒造」では、すべての焼酎がクラシック音楽を聴いて熟成しているのだそう。音楽が焼酎に与える影響とは、そして彼らの樽熟成の現場とは……? ミクソロジスト・南雲主于三さんとめぐる南九州・蔵元の旅は鹿児島編に突入。県の北部、薩摩川内市の「田苑酒造」を訪ねます。


樽熟成なのに芋らしさが残る、新しい芋焼酎の提案

何も知らずにひとめ見ただけでは、〈田苑 エンヴェレシーダ〉が芋焼酎だと、すぐには分からないのではないか? 焼酎の定番の四合瓶ではなく、蒸留酒らしい背の低い太めのボトル。モノクロのイラストの中に、すっきりとした書体の「ENVELHECIDA」の文字がゴールドで入ったラベル、そして琥珀色の液体。バーボンやスコッチ、ジンなどが並ぶスタイリッシュなバーにもすっと溶け込みそうだ。これが芋焼酎の“本拠地”鹿児島県の、歴史ある蔵元によるものだから驚いてしまう。

芋焼酎〈田苑 エンヴェレシーダ〉、麦焼酎〈田苑 ゴールド〉ともに、原酒タイプやカスク違いのタイプなども出している。数量限定のものもあるので要チェック。

よく見ればグラフィカルなイラストに踊るのはサツマイモと芋の葉っぱ、そして……樽! 〈田苑 エンヴェレシーダ〉は、芋焼酎の樽熟成による銘柄。ちなみにエンヴェレシーダはポルトガル語で“貯蔵”。つまり熟成を掲げた銘柄というわけで、東京ウイスキー&スピリッツコンペティション (TWSC)焼酎部門で最高金賞を受賞するなど、その味はプロにも認められている。

南雲さんが話す。

「芋焼酎の樽貯蔵はけっこう難しいと思うんです。クセが強いと言われる芋焼酎のあの香りは、実はとても繊細。樽熟成すると樽香に負け、フルーティーなよさが失われてしまうことが少なくありません。〈田苑 エンヴェレシーダ〉は樽熟成感もあるし、それでいて芋のフルーティーさをより感じられる出来栄え。どのようにつくられているのか興味があります」

8階建て(!)の樽貯蔵庫で熟成する個性豊かな原酒たち

〈田苑 エンヴェレシーダ〉をつくる「田苑酒造」があるのは鹿児島県薩摩川内市。1890年に創業し、地元で育つ米を原料にした玄米焼酎の生産から始まったこちらの蔵、戦時中の休業から開けて操業を再開すると、1956年には焼酎の熟成に着目して樽貯蔵に着手する。そこから研究を重ね、「田苑酒造」が日本で初めての樽熟成の麦焼酎を製品化したのは1982年と実に26年後! いかに研究熱心な蔵かが窺える。

私たち一行を迎えてくださったのは、田苑酒造の杜氏を務める、鹿児島工場製造課長の松下英俊さん。まず案内されたのが樽の貯蔵庫……なのだけど、これがとんでもない大きさだ。樽、樽、樽。見渡す限りに樽が並ぶ、鉄骨造りの巨大な貯蔵庫はなんと8階建て! これが3棟あるというからその規模に気が遠くなりそう。松下さんが話す。

「オーク樽を中心にしつつ、材質の違う樽やサイズの異なる樽などさまざまな種類を管理しています。樽には1つずつ個性がある。その個性を見極めるのは、樽貯蔵を行う焼酎メーカーとしての使命だと考えています。それぞれのカスクの個性を見極めながら、どんな焼酎をつくりたいか、樽の大きさや材質は、焼き具合は……と、日々考えています」

8層の貯蔵庫のなかに整然と並ぶ樽。入っただけで香りにうっとりする。

田苑酒造の樽貯蔵の看板銘柄は、麦が〈田苑 ゴールド〉、芋が〈田苑 エンヴェレシーダ〉。一般に難しいとされる芋の樽貯蔵について南雲さんが尋ねると、松下さんがこう答えてくれた。

「率直に言って、芋と樽の相性は始めはよくありませんでしたね。そこから試行錯誤して、風味のバランスをどのようにとるかが大きな課題となっていきました。突破口は原材料から製造方法の見直し、そしてブレンド。先ほど話したように、樽にはそれぞれ個性がある。樽の違いによる酒質をよく勉強し、ブレンドに重点を入れました。〈田苑 エンヴェレシーダ〉は、そうやって課題を乗り越えた銘柄です」

田苑酒造 鹿児島工場製造課長の松下英俊さん。

音楽の力で焼酎をまるくスムーズに

樽熟成の実績と研究熱心さにくわえて、田苑酒造のつくりには大きな特長がもうひとつ。それが音楽仕込み・熟成だ。1990年から、音響メーカーが開発した体感音響技術を応用。研究を重ね、特殊なスピーカーで音楽の信号を振動に変換して伝えることで、発酵や熟成の高価が高まることをつきとめて、一次仕込みや瓶詰め前の貯蔵期間にこの“音楽仕込み”を採用しているのだそう。

松下さんが私たちを案内してくれたのは、瓶詰め前の焼酎たちが眠る貯蔵庫だ。大きなタンクが並ぶ空間には、かすかにクラシックが流れる。それぞれのタンクの中ほどにとりつけられたいくつものパッドのようなものが、“音楽仕込み”の特殊なスピーカーだ。松下さんが話す。

「タンクには、加水して瓶詰めする前の焼酎が入っています。ここで音楽の振動を与えることで、アルコール分子と水分子、それぞれの集団が反応して分子同士がくっつく……、アルコール分子のまわりを水分子が包み込んでいるような状態になるんです。アルコールの刺激を感じさせない、優しく丸みのある味わいが出てきます」

タンクの”お腹”部分にとりつけられた、音楽を振動に変換するトランスデューザー。

瓶詰め前の貯蔵段階では、焼酎はこうして音楽を“聴く”。ほかにもろみの一次仕込みの段階でも音楽を聴かせるのだそう。音の刺激で発酵が早く進んでいくのだとか。

「最後の音楽仕込みの期間は、製品によって長いものも短いものもあります。製品の特徴を残しつつ、よさを生かせる期間が設定されています」

樽熟成と音楽仕込み。豊富な経験を、技術や科学で進化させていく「田苑酒造」の姿勢は、このふたつのプロセスだけを見てもわかる。「田苑酒造」を訪れるのは初めてだったという南雲さんも、音楽仕込みには興味津々の様子だった。

「伝統と進化のバランスがとてもいい蔵元なのではないでしょうか。これからさらに、いろんな素材の樽にも挑戦したいとおっしゃっていたのが楽しみです。とてもいいものを出してこられるのではないでしょうか」


樽で眠り、音楽を聴いた田苑酒造の焼酎はこちら!

伝統のレイヤーのうえに、社風ともいえる研究熱心さから生まれる独自の技術のレイヤーが重なる「田苑」の味。あれだけの数の樽を見たからには、ぜひ樽熟成ものを味わってほしい! 樽&芋の〈田苑 エンヴェレシーダ〉と、樽&麦の〈田苑 ゴールド〉がまずはおすすめ。

田苑 エンヴェレシーダ
【芋焼酎】
貯蔵 全量3年以上(オーク樽)
度数 25度
原材料 さつまいも(鹿児島県産)・米麹(国産米、タイ産米)
蒸留 常圧

田苑 ゴールド
【麦焼酎】
貯蔵 全量3年以上(オーク樽)
度数 25度
原材料 大麦(オーストラリア産)・米麹(国産米、タイ産米)・大麦麹
蒸留 常圧
田苑酒造
鹿児島県薩摩川内市樋脇町塔之原11356-1 
WEB https://www.denen-shuzo.co.jp/
創業 1890年
蔵見学 ◯(要問合せ)
ショップ ◯(敷地内に酒造道具や書物、民具など数百点を展示する焼酎資料館あり。商品の試飲販売も行う。入館無料)

蔵見学の様子はYoutubeでも公開中!

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