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焼酎の未来の扉を開けるため、海外に挑む。|宮崎・落合酒造場を訪ねる

インタビュー

焼酎の未来の扉を開けるため、海外に挑む。|宮崎・落合酒造場を訪ねる

Text : Sawako Akune(SHOCHU NEXT)
Photo : GINGRICH(SHOCHU NEXT)

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すりガラスの曲面に四角形の透明部分が窓を描いた、切子のようなボトル。下の隅に黒で控えめな「利平」の文字。光を通してキラキラ光る美しいこのボトルに入った焼酎が、アメリカでじわりと売上を伸ばしている。「気に入って使ってくださるバーテンダーさんがシカゴにいて、そこへは今も、まとまった数を出しています」と話すのは、この焼酎をつくる宮崎県・落合酒造場の落合亮平さん。フレッシュなショウガが香るこの焼酎〈利平 RIHEI GINGER〉は、輸出に挑んだ落合さんが、JETROの支援を受けて2018年にアメリカ向けに販売を開始したものだ。海外進出は宮崎県のこの蔵にどんな変化をもたらしたのか? 宮崎市にある蔵で待つ落合さんを訪ねた。

カルチャーショックに駆り立てられた宮崎の蔵

宮崎空港を降り立って市内を南西へ。市街地を抜けて木々の生い茂る道を行く。折れ曲がって坂を降りた先、すこしひらけた場所に落合酒造場はある。創業は1909年。ここは2007年に、酒づくりによりよい環境を求めて、同じ宮崎市内から移転してきた場所だ。

〈赤江〉〈竃猫(へっついねこ)〉などの芋焼酎を軸に、粕取り焼酎やピーマン焼酎、ジンジャー焼酎なども手がけてきた落合酒造場が、海外進出を意識したのは2016年のこと。宮崎県内の7蔵がまとまって県の補助金制度を活用し、ニューヨークで試飲会を行った際に、大きなカルチャーショックを受けたと、蔵を率いる4代目杜氏・落合亮平さんは話す。

落合酒造場4代目杜氏の落合亮平さん。

「国内での焼酎の消費量が下がるなか、海外を目指すのは自然の流れに思えました。ただし当時は『ニューヨークで売って、次はヨーロッパかな?』なんて考えで……今思えばとんだ皮算用です(笑)。試飲会のほか、現地のレストランやバーで市場調査なども行ったのですたが、まず日本食レストランだと、特にニューヨークでは日本酒を売るライセンスはとりやすいけれど、焼酎はまた別ライセンスでそちらは取りづらいと知りました。

つまり焼酎を売れるハードリカーライセンスを持っているようなレストランはそこそこ高級。となるとお酒の品質はもちろん、ラベルや説明までしっかりしている必要がある。かといってカジュアルなレストランがハードリカーライセンスをわざわざとるほどには、焼酎の需要はない……。私としては、日本酒の海外展開の成功事例を追いかけていけば、焼酎もいけるだろうとかなり楽観的に考えていたところがあったので、なかなかショックでした

上:山々に囲まれた落合酒造場。
下:定番銘柄の〈赤江〉をはじめ、数多くの銘柄を手がけている。

伝統の芋焼酎ではなく、反応のいいショウガ焼酎で勝負をかける

落合さんはその後、当時JETROロサンゼルス事務所所長だった西本敬一さんのセミナーに参加(西本さんによる、焼酎への提言はこちら)。焼酎の海外での展開はこれまでのように日本食店を中心に据えるのではなく、ハイクラスのバーをターゲットにすべきだという話が、ニューヨークでの経験もあって心に響いた。そうして「国内消費が減ったことの逃げ道ではなく、新しい販路開拓としての」焼酎の輸出に、腰を据えて取り組むことを決意する。そうしてJETROの「新輸出大国コンソーシアム」専門家による海外展開支援を受けて、〈利平 RIHEI GINGER〉の開発・販売へとこぎつけたというわけだ。

すりガラス状のボトルが美しい〈利平 RIHEI GINGER〉。

正直なところ、海外に行くならばまずは伝統の芋焼酎で! という気持ちは強かったんです。かなり悩みましたが、まずはジンジャーで勝負をかけようと決めたのは、ひとつにはニューヨークの試飲会での経験があったから。うちは、ニューヨークへは芋焼酎の〈赤江〉、麦焼酎の〈風の梟〉、それからショウガを使った〈鏡洲(かがみず)GINGER〉を持っていきました。ほかの蔵も軒並み持っていった芋焼酎は『おいしくなくはないけれどよくわからない、いまいちピンと来ない』といった反応、麦は彼らにしてみれば度数が低いようでこれまた反応が弱い……。そのなかで〈鏡洲GINGER〉だけは、『おお!ジンジャーだ!』と。世界各地で親しまれている食材だし、説明しなくても香りで一発でショウガとわかる。飲み口には清涼感があるけれど、米麹を使うせいかまるみもある……。そういうところが良かったのだと思います。
それから、すでに継続して海外輸出を行っている日本酒の蔵元からのアドバイスも心に響きました。『初手から日本の伝統的蒸留酒で行くのではなくて、焼酎の存在を一般常識まで引き上げないといけないんじゃない?。トラディショナルな芋焼酎が出てくるのは、そこまで行ってからだっていいじゃない』と。確かにその通りだなと思えたんです」

銘柄名に採用した「利平」は創業者の名。海外を目指すゼロからの挑戦、再びの創業という覚悟を込めたと落合さんは話す。

〈利平 RIHEI GINGER〉のベースとなった〈鏡洲GINGER〉。ボトルを開けた途端、ショウガの爽やかな香りが漂う。

JETROの専門家のアドバイスで訪れた変化

〈鏡洲GINGER〉で培ってきた製法をベースにしたジンジャー焼酎でいく。商品の決定から、輸出の開始まではJETROの専門家(パートナー)として落合酒造場の担当となった桑原賢二さんとの二人三脚だったそう。桑原さんにも話を聞いた。

「私にとって落合さんはJETROに着任して初めての焼酎メーカーさんでした。それだけに印象深いですね。『アメリカで焼酎を“ソジュ”として売るのではなく、あくまで“日本の焼酎”として売りたいという強い信念を持っていらしたのをよく覚えています」と桑原さん。当時は新輸出大国コンソーシアムのパートナーだった桑原さんは、現在はJETRO輸出プロモーター事業専門家として農林水産・食品分野の輸出を支えている。落合さんとは、あらゆるステップで話し合いを重ねたと振り返る。

桑原賢二さん。現在は農林水産・食品分野の輸出プロモーター事業専門家として活躍。

「焼酎にせよ日本酒にせよ、蔵元の皆さんには、いいものを長くつくってきたというプライドがある。とはいえ特に焼酎は、海外ではまだ全然知名度が足りない。だから初めから売れるものじゃないですよ、というのはけっこうお伝えしたように思います」

バーに狙いを定め、度数は高めの38度に。当時JETROが連携していたアメリカのデザイン事務所にパッケージについてのヒアリングをしたり、輸入会社の選択・契約・交渉をしたり……。丁寧に一歩ずつ歩を進め、〈利平 RIHEI GINGER〉はアメリカでデビュー。最初の半年で1,000本以上を輸出した。桑原さんが話す。

「海外に売れるといったって、いきなりものすごく売れるというわけではないんです。最低ロットの20ケース、30ケースといった単位でコツコツと出す。年間数百万の売上になればまずは大成功です。順調に行っても1年目は準備、2年目でやっと商談が始まって……という感じですから、輸出は、蔵元にとっては体力はもちろん、相当の覚悟もいること。落合酒造場さんは、今ではもう輸出開始から数年が経ちましたので、ここからはご自分たちだけで回していけるように、遠くから見守るようなかたちです」(桑原さん)

桑原さんの親身なサポートを受けながらの輸出への挑戦は、落合さんや蔵を大きく変えた。落合さんが話す。

「桑原さんに『交渉のときは社長が話さなきゃダメだ』と何度も言われたのが今も心に残っていますね。英語ができないからと、交渉の場やメール、オンライン商談がつい億劫になるけれど、社長の顔が見えないとビジネスは続いていかないから、と。今では自分のお酒のことなのだから、下手な英語でもともかく自分で説明するのが普通になりました。毎月の様子伺いのメールなども、AI翻訳に頼りながらなんとか書いています。そんなことですら、輸出を考える前の自分には信じられないこと。我ながら頑張ったなあと思います(笑)」

落合さんは、発売以降も代理店へのフォローアップは欠かさず、海外での展示会などにも積極的に参加。数年にわたって輸出を手がけてきたことで、当初の目的地であったアメリカ以外の各国からも声がかかるようになってきたという。この春にはオーストラリアとの大きめの商談が成立したばかりだ。

世界への扉を開けたショウガ焼酎の秘密

ところでショウガを使った焼酎は、海外展開専用の〈利平 RIHEI GINGER〉の原型ともいえる落合酒造場の〈鏡洲GINGER〉以外、国内にはほかにあまり例がない。ホットジンジャーに似た焼酎の飲み方があったり、ジンなどの蒸留酒のジンジャーエール割や、カクテル素材としてのジンジャーリキュールが一般的なのを考えると少し意外な気もするが、「つくるのがまあまあ面倒だからかもしれませんね……」と落合さんは苦笑いする。

「蒸留するとショウガの香りがかなりつくので清掃には気を使いますし、ショウガを入れたからといってアルコールが増えるわけではなくて、原価だけが上がりますし……。酒蔵としてはなかなか悩ましい素材ではあるんです」

落合酒造場のショウガを使った焼酎は、もともとブランドショウガが知られる高知県四万十市の農業NPO法人のOEMでつくったものだそう。その銘柄が販売終了となり、落合酒造場が独自の銘柄として引き継いだ。「重量比でいうと20%程度がショウガ。もろみのベースは穀物で、細かくしたショウガを投入した後に減圧蒸留します。お酒の原料としてのショウガは辛味がなかなかの曲者で……。その辛味をうまく解消する仕込みを見つけ出しました。蒸留を終えたら1年ほど熟成させています」

〈利平 RIHEI GINGER〉(右)と、イタリア販売向けにつくられた〈鏡洲GINGER〉(左)

ショウガという、ともすれば伝統的な焼酎づくりを邪魔しかねない素材に向き合う落合さんと落合酒造場。何にでも柔軟に挑むことは、代々の姿勢でもあると落合さんは話す。

「念入りな清掃が必要なら念入りに清掃すればいい、っていうのがウチの父親で(笑)。他のお酒にはないおいしさがあること、つまりお酒好きの人が楽しむ選択肢が増えるお酒をつくることが、僕らのやりがいなんです。『面白いなら作ってみよう』という姿勢はうちの家風であり社風。父の代では珍しい考え方でしたが、今は時代も変わりました。多くの蔵が同じようにいろんなことに挑んでおられますよね。私自身にも、こういうウチのやり方が合っています」

順調な輸出を背景に、落合酒造場の目指すもの

海外に目を向けたことで、落合さんと落合酒造場は確実に変化した。「自分たちの商品が海外に出ているということは、パートさんたちにも励みになっていると思います」と落合さん。今後の展望は? と尋ねると、あふれ出るようにいくつもの答えが返ってきた。

「やっぱり芋焼酎を世界に認めてもらいたいなあという気持ちは消えません。フランスにはコニャックがあり、メキシコにはメスカルやテキーラが、アイルランドにはアイリッシュウイスキーが、アメリカにはバーボンがある。そういうのと同列で、日本には焼酎、特に芋焼酎があると思ってもらえる日を望んでいます。

そのために開けるべき扉はまだまだある。たとえば、もっと食中酒として合うジンがあってもいいなと思います。それから海外で麦焼酎の樽貯蔵を出してみると、存外にウケがいいんですよね。特に女性で、『スコッチは自分にはキツすぎて飲めないけれど、これは優しくておいしい』という声がある。ピーティーなウイスキーではない、”優しいウイスキー”のようなものが届く層があるんだなと実感しています。焼酎の多様な面白さをきっかけにして、それらの土台にある“芋焼酎”を、世界のお酒好きに知ってもらいたい。世界の飲んべえに焼酎を届ける! という気概で、これからもやっていくつもりです」

焼酎を世界に届ける人。落合さんはいま、確実にその鍵を握る一人だ。

落合酒造場
宮崎県宮崎市鏡洲1626
TEL 0985-55-3206 
創業 1909年創業
蔵見学 電話にて要予約
HP http://www.ochiaishuzojyo.jp/

国内で買える落合酒造場の〈鏡洲GINGER〉はこちら

鏡洲GINGER
【ショウガ焼酎】
度数 
25度
原材料 
麦・生姜・米麹
蒸留 
減圧

蔵元 
落合酒造場 →WEB
所在地 
宮崎県宮崎市

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