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焼酎は、マーケットインで世界を狙え!|JETRO 西本敬一さんの熱意の理由

インタビュー

焼酎は、マーケットインで世界を狙え!|JETRO 西本敬一さんの熱意の理由

Text : Sawako Akune
Photo : SHOCHU NEXT

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2020年の10月にオープンした英語のウェブサイト“Discover Shochu”を知っているだろうか。 日本貿易振興機構(JETRO)が運営するこのサイト、海外の人々に焼酎・泡盛を伝える時の、とてもいい入り口になりそうだ。日本のクラフトスピリッツである焼酎・泡盛とはそもそも何か、どんな土地でどんな人々がつくっているのか、世界の主な蒸留酒と比較してどんな特長があるのか……。外国人に焼酎について伝えるならば、このサイトを紹介すればいい。
「SAKE」は世界的に浸透したけれど「SHOCHU」はまだまだ、という状況を打破するために、焼酎をつくる人、売る人、伝える人たちの拠り所にもなっていきそうだ。

このサイトの立ち上げの裏側にいるのが、JETROで現在農林水産・食品部次長を務める西本敬一さんだ。西本さんが焼酎にかける情熱には目を見張るものがある。JETROロサンゼルス事務所の所長を務めていた2017年に「焼酎輸出促進協議会in LA」を設立し、アメリカへの焼酎の輸出拡大を目指して奔走。さらに焼酎業界の関係者に向けたメルマガを発行したり、協議会の議論をベースに『日本の「焼酎」を世界の「Shochu」へ ―米国ロサンゼルスから9つの提言―』をまとめ上げたり……。焼酎の輸出を後押しする動きを、迅速かつ確信たっぷりに推し進めてきているのだ。焼酎の何がこの人を動かすのだろう? どうしても話を聞いてみたい! と、編集部・阿久根佐和子が赤坂にあるJETRO本部を訪ねた。


大きな一歩を踏み出させた黒糖焼酎との出会い

編集部・阿久根佐和子(以下阿久根) 初めて西本さんのお名前を知ったのは、鹿児島の地方ニュースです。2019年8月にJETROのウェブサイトにも掲載された提言『日本の「焼酎」を世界の「Shochu」へ ―米国ロサンゼルスから9つの提言―』を、鹿児島の酒造組合会長である濵田酒造の濵田雄一郎さんに手渡したというものでした。西本さんは2017年に、当時駐在されていたアメリカ・ロサンゼルスで「焼酎輸出促進協議会 in LA」を立ち上げ、焼酎の輸出拡大にまつわる議論を現地で行っていらしたんですよね? 元から焼酎がお好きだったんですか。

西本敬一(以下西本) 僕があまりに焼酎を熱心に応援するものだから、よくそう聞かれるのですが、全然そんなことはないんですよ(笑)。蒸留酒は元々好きですが、東京出身ですし、焼酎については全く詳しくなかった。ひとつのきっかけは、2015年に宮崎県にJETROの事務所を新設する際の担当責任者だったこと。その際に宮崎県内の焼酎の蔵元をいくつか周ったのですが、どの蔵元でも「焼酎の輸出はさっぱりダメだ」というような話を聞きました。かといってなぜダメかと聞くとはっきりしない。「韓国のソジュが先にいっちゃった」とか「なぜだかとにかくうまくいかない」とか。あまり分析されている感じはないなあ……とどこかもやもやした思いを抱えたまま、僕は2016年にロサンゼルス事務所の所長として赴任しました。焼酎に本格的に出会ったのは向こうでなんです。

蔵元の「焼酎は海外ではダメ」という固定概念を打ち破ってほしいと話す西本さん。

阿久根 えっ! てっきり昔から焼酎好きだったのかと思っていました。ロサンゼルスで焼酎に出会ったとは、なんだか不思議なめぐり合わせですね。

西本 そうなんです。当時の南カリフォルニア鹿児島県人会の会長・西元和彦さんにご縁があってお会いした際に、僕が焼酎に興味があるとお話ししたら、「ぜひ飲んでほしい焼酎がある」と。その方は在米50年以上ですが、出身が奄美。「ぜひこれを」と紹介されたのが奄美酒類の黒糖焼酎〈ブラック奄美〉でした。僕はそれまで黒糖焼酎を飲んだことすらありませんでしたが、真黒のボトルに入ったその焼酎を飲んでみたら、めちゃくちゃにおいしい! 最初の印象は上質のコニャックかブランデーのような感じ。40度と度数もかなり高めですが、甘くふわっとしていてなんとも言えないうま味もある。「これが焼酎なのか」と衝撃を受けました。こんなすごいものがあるのならば、輸出の増大に賭けてみてもいいんじゃないか。そう思ったのが2017年のはじめです。

阿久根 〈ブラック奄美〉! 常圧蒸留の黒糖焼酎を樫樽で寝かせた熟成焼酎ですね。クラシカルな黒のボトルで、佇まいも洋酒のようでもある。ではその出会いをきっかけに、アメリカで焼酎の世界にはまっていったんですか?

西本さんを動かした黒糖の熟成焼酎〈ブラック奄美〉。手に入りやすい銘柄ながら焼酎の奥深さを感じさせる逸品。

焼酎というブルーオーシャンの発見

西本 ええ。すぐに在LAの、食品や酒類を扱う日系の商社さんたちに焼酎についてヒアリングしました。そうしたら、アメリカではさほど売れていないし、知名度も低い。でも実は可能性があると思うという声が多かったんですよ。ただし売り方がアメリカのマーケットに合っていないと。

いろんな方と話すなか、焼酎の輸出は、ものすごいブルーオーシャンなのではという思いが強くなりました。とはいえ一人では何もできないし、JETROの本部もまだまだ「いや輸出といえば焼酎じゃないでしょ、日本酒でしょ」という感じで(笑)。まずは仲間をつくるところから始めようと、2017年8月には、食品商社のほか、有識者、政府機関の関係者など11名を委員として「焼酎輸出促進協議会 in LA」を立ち上げました。

阿久根 焼酎との出会いから半年ほどで輸出促進協議会の設立までたどり着くとは……。フットワークの軽さに感銘を受けます。そこでの議論が、2019年の『日本の「焼酎」を世界の「Shochu」へ ―米国ロサンゼルスから9つの提言―』へと結実したということでしょうか。

西本 協議会は年に3~4回程度のペースで行いました。議論の中心は、どうすれば、焼酎をアメリカに根づかせられることができるか。いわゆる”マーケットイン”の視点からの議論です。日本でいくら考えたところで、現地でしかわからない部分はいくらでもありますから。協議会を始めてみたところ、有効な議論が本当にたくさん出てきました。そこでさらに、2018年からは、「LA・Shochu通信」というメルマガの配信も始めました。協議会で出た議論をまとめたほか、読者の方に役に立ちそうなことを自分で取材して原稿も書いて。蔵元、自治体や酒造組合の方、政府関係者……といった関係各者に送りつけるんです(笑)。私がLAを離れる2019年10月までの間に111号を発行。読者はいちばん多いときで300人ほどになりました。

阿久根  ……!! 誰にも頼まれることなく、熱のこもったメルマガまで!? 拝読したところ、この『LA・Shochu通信』には、とても有用な情報がまとまっています。輸出先である現地からの声はすごく貴重ですし、たとえばカリフォルニアの“ソジュ法”とは何かといったような、知っているようで知らなかったことも分かりやすく説明されている。西本さんはこれら議論や取材の蓄積の集大成として『9つの提言』をまとめられました。さらにいえばそれがウェブサイト『Discover Shochu』にもつながっているのだと思いますが、何より感服するのは、それが西本さんお一人の熱意あってこそのことだという点です。そこまで西本さんを動かす焼酎の魅力って何なのでしょうか?

知られていないことは幸せなこと!

西本 それは当然、焼酎がおいしいからですね(笑)。 誰もが言うことでしょうが、ほかの蒸留酒にはない原材料の多様性、それから単式蒸留だからこその香りのビビッドさ、さらに地域性の豊かさ。食中酒としていける蒸留酒であることはもちろん、食前、食後もカバーできる蒸留酒はほかにありませんよ。 

世界的な視点でみると、蒸留酒は食前・食後のお酒。焼酎は食中酒としての歴史を重ねてきていて、実は蒸留酒がいちばん得意とするところをやっていなかった。それは卑下することではなくて、気持ちと売り方を変えるだけで全部カバーできるんだから、全く恐れることはないと思っています。

もうひとつ、焼酎をつくる蔵の人たちの魅力! 皆さんが「こんなの普通でしょ」って思っている作業や、つくっている場所のすべてがどれほどに貴重で、世界に対してアピール力があるか……。自信を持っていただきたいですね。

2017年8月3日に第1回の「焼酎輸出促進協議会 in LA」が開かれた際には、日本から蔵元も参加して在LA日本国総領事公邸で記念レセプションを開催。宮崎の蔵元のほか、西本さんがLAから直接会いに行って(!)誘った奄美の蔵元も参加したそう。(写真提供:西本敬一さん)

実は、焼酎を力づけるとてもいいエピソードがあるんです。私がLAに駐在していたときですが、当時の在LA日本国総領事が、オラクル創業者のラリー・エリソン氏に、奄美の黒糖焼酎を紹介してくださったんです。ラリー・エリソン氏といえばよく知られた親日家で、自邸に日本庭園があるほど。その彼も黒糖焼酎のことは知らなかったそうですが、味わいにものすごく感激なさったそうです。いわく「Privilege of not knowing(知られざるものの僥倖)」だと。知られていないことは悪いことではない、むしろ特権的で、素晴らしいことなんですよ!

阿久根 読者のためにも、西本さんによる『日本の「焼酎」を世界の「Shochu」へ ―米国ロサンゼルスから9つの提言―』をここで一通り解説しておきます。こちらの提言は、焼酎の輸出拡大を目指して日本は、蔵元は何をすべきなのか。3つのテーマに基づいて、合計9つの戦略を掲げ、それぞれを詳しく解説しています。

PDFで読める9つの提言のリンクはこちら→

〈知名度向上のために〉
 ①クラフトスピリッツとして売る
 ②食中酒文化から食前・食中・食後酒文化へ
 ③焼酎カクテルによる乾杯セレモニー
〈米国流マーケティングの強化のために
 ④バーを攻める
 ⑤カクテルを入り口に
 ⑥パッケージデザインを変える
〈焼酎ビジネスへの参入促進〉のために
 ⑦日米合作によるモノ&コトづくり
 ⑧焼酎ミクソロジストを育てる
 ⑨若手蔵元には旅をさせよ

『日本の「焼酎」を世界の「Shochu」へ ―米国ロサンゼルスから9つの提言―』焼酎輸出促進協議会 in LA 日本貿易振興機構 ロサンゼルス事務所

文書にはほかに、具体的な数字に基づいた酒類業界の分析、現地の意見なども織り込まれていて、読み物としてもとても興味深いんですよね。そしてこれを読むと、「焼酎は世界に行けそうだな」と確かに思えるんです。提言を出された後の反響はいかがですか?

焼酎は必ず来る。オールジャパンで船出を!

西本 蔵元の方々からは概ね好評をいただきました。海外進出への視点が変わったとおっしゃる方もいらして、それはとてもうれしいですね。JETROで支援しているいくつかの蔵元さんとは、たとえば海外用のボトルデザインを考えるといったような事業も行いましたし、大きな成約見込みなども出始めています。

この数年で、本格焼酎・泡盛の業界は大きく変わり始めているとも思いますね。この提言も、出したときはまだまだ驚きの方が多かったけれど、スピリッツとして売る、といったことは定着してきました。

時を同じくして、たとえばアメリカ最大の蒸留酒のコンペであるサンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション、フランスのクラマスターなど、焼酎部門が独立したり、新設されたりといった動きも出てきています。さらに国税庁の輸出拡大実行戦略にも本格焼酎・泡盛が加わった。

つまり、国内外ともに「焼酎は来る」と思い始めているんです。目端の効く海外のバイヤーや代理店は、どんどん情報をくれと思っていますからね。あとは、蔵元の皆さんが本気になれるかです。積み上げてきた歴史は保ちつつ、新しい一歩を踏み出せるかどうか。

JETRO 農林水産・食品部 加工食品・酒類支援課で、西本さんのチームで働く伊藤直哉さんは、実は国税庁からの出向。「国税庁とJETROの酒類分野での人的交流はこれが初めて。それほどに国も、本格焼酎・泡盛を含む農林水産・食品の輸出に本腰を入れているということです」と西本さん。

阿久根 どんなにブルーオーシャンだとしても、船出には不安がつきものですからね……。西本さんのように背中を押してくださる方の存在は、とても心強いと思います。

西本 そうですね、今焼酎は、伸るか反るかの分かれ目に立っていると思います。蔵元の個社ごとのレベルでは、輸出に積極的に取り組んでいるところはもちろんある。でもこれからはさらに、焼酎業界が一丸となり、オールジャパンで乗り出そうという機運がより強く出てくることを期待しています。たとえば、PRツールを英語で用意するといったことにはある程度の初期費用がかかる。その体力がある蔵元ばかりではないわけで……。個社だけではどうしても乗り出せない部分は、業界団体や、大きな企業の役割が大きくなります。

2020年の統計によると、焼酎の輸出金額は前年の15億円からさらに下がり、12億円になってしまった。微減傾向だったのがはっきりと下がり始めている。これはもういよいよ、マーケットインの売り方に舵を切るときがきていると思います。語弊があるかもしれませんが、輸出に関してはもう失うものはないのだから、思い切ってやってみてほしい。エイッと飛び出せば、成果はついてくると信じていますよ。


西本 敬一
Keiichi Nishimoto/1965 年生まれ。日本貿易振興機構(JETRO/ジェトロ)農林水産・食品部次長。88 年JETRO入会。ウイーンセンター、 ニューヨークセンター次長、岐阜貿易情報センター所長、ロサンゼルス事務所所長等を経て2019年10月より現職。ハノーバー万博日本館、JAPAN2001 科学技術展、日本食文化フェスティバルin NYなどのプロデュース業務を手がけてきた。宮崎県グローバル戦略アドバイザー、高山市海外戦略アドバイザーとして各自治体の特産品などの海外戦略にも精力を傾ける。

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