「どんな土地で、どんな人がつくっているんだろう?」 素晴らしいものに出会ったときに必ず湧いてくる、そんな好奇心。熟成焼酎の場合もそれは同じ。本格焼酎は、人々の手わざやテロワールが生きるお酒だから、背後にあるストーリーがなおさら気になっちゃいますよね? 今回SHOCHU NEXTでは、ミクソロジスト・南雲主于三さんと南九州の蔵元を巡る旅に出ました。最初に訪れたのは熊本県球磨郡水上村にある球磨焼酎の蔵元「大石酒造場」。〈特別限定酒 大石〉や〈極上 大石〉など、個性豊かでおいしいお酒がとろとろと熟成しながら眠る蔵を見せていただきます。
霊峰・市房山のふもとの小さな村で
熊本空港から南へ車を走らせて2時間ほど。鹿児島県との県境に近い人吉インターで一般道に出て、今度は北東へと40分あまり走る。「大石酒造場」があるのは、人吉盆地の北東の端辺り。熊本県と宮崎県をまたぐ市房山のふもとにある、人口2000人あまりの水上村だ。田んぼの広がる景色を抜けると現れる集落を流れる細い川を渡り、ぐいっと角を曲がる。シャッターを下ろした大きな倉庫と、青空を背景にした貯蔵タンクが目に入る。
すでに外に出て私たちを待っていた長身の男性が、専務取締役の大石和教さん。五代目社長の大石長一郎さんと共に蔵を率いる六代目だ。「お久しぶりです!」と南雲さん。実は南雲さん、「大石酒造場」の訪問は2度め。樽熟成を行う蔵元ならばここは外せないと話す。
「最初に球磨へ来たときは車。でも車で来ちゃうと試飲できないからって、大石さんのところを訪ねた2度めはものすごい時間をかけて電車で伺ったんですよ(笑)。大石さんの樽の質と種類、それを使ったチャレンジングな試みにとても興味があります。今日は、さまざまな製造工程のなかでも、改めてこの蔵の熟成について詳しく教えてください」
上質のウイスキーに引けをとらない、樽熟成した米焼酎
にっこりと笑って大石さんが背後のガレージのシャッターを開ける。出てきたのは……樽・樽・樽! 小さめのヘリコプターなら入るのでは? というほどのガレージにずらりと並ぶ棚を、年季の入った焦げ茶色の樽が埋めている。
「熟成を始めたのは現在の社長。1970年代後半の“第1次焼酎ブーム”といわれた時期から1980年代の“第2次焼酎ブーム”にかけて、球磨焼酎は、それまでの常圧蒸留から減圧蒸留へと一気に転換期がありました。要するに常圧でつくった焼酎が余ってきたので熟成してみようかと(笑)。樽にしたのは単に社長がウイスキーが好きだったから。最初は5樽くらいから始めたんです」
そう言って大石さんはさらに大きく笑うけれど、以来45年以上に渡って拡大しながら樽熟成を続けているのだから、米焼酎の熟成はよほどに面白く、かつお酒がおいしくなるということ。今や樽の数は1300ほど。こちらは事務棟の脇にある第1貯蔵庫が手狭になったためにつくった第2貯蔵庫で、現在さらに第3貯蔵庫も建設中なのだそう。
米焼酎を主軸にする「大石酒造場」が樽熟成の中心に据えるのは、シェリー樽とコニャック樽。同じ材を使った樽でも、棚の上段と下段では特に夏季は周囲の気温が違うため、熟成の度合いも変わる。そうやって生まれる樽ごとに味の違う原酒をブレンドして、たとえばシェリー樽の3年熟成とコニャック樽の5年熟成をブレンドした〈特別限定酒 大石〉のようなお酒を生んできた。南雲さんが話す。
「熟成した米焼酎の味わいを知るには〈特別限定酒 大石〉はお手本のような存在です。香り豊かで、でも重すぎない。シェリー樽の甘みと、ブランデー樽の香りのバランスが絶妙なんですよね。でも大石さん、シェリー樽、ブランデー樽のほかにもいろんな樽を持っているんですよね?」
毎年ひとつは新しい試みにチャレンジする
「ふふふ」と大石さん。
「そうですね……。うちではタンク熟成、甕熟成も行っていますが、減圧蒸留の米焼酎は特に、樽熟成すると樽それぞれの味わいがきれいに出るんです。そんなところから、最近ではいろんな樽を使い始めてみているところです」
そんな挑戦が結実したのが限定発売の〈大石プレミアム〉シリーズ。シェリー樽、桜樽、ミズナラ樽などシングルカスクの熟成焼酎が味わえるラインナップだ。南雲さんによるこちらのテイスティングは公開中のYouTube動画に譲るとして、大石さん、さてはほかにもまだまだ面白い樽がいっぱいあるんでしょう!?
「ふふふ……」。
またしてもうれしそうで、秘密めかしい大石さんの微笑み! なんというか、いたずらの上手い、人気者の悪ガキみたいだ。シングルカスクの〈大石プレミアム〉シリーズといい、トウモロコシで醸した焼酎を7~8年熟成させた麹を使った、上等のバーボンもさるやという味わいの〈極上 大石〉といい、個性とひねりの効いた銘柄の多い「大石酒造場」。なるほどこういう人の手から生まれるのか! と妙に納得してしまう。
「毎年ひとつは、新しい試みをしたいなと思っているんです。樽の違いはもちろん、原料の味わいがしっかりと出る常圧蒸留、すっきりとする減圧蒸留の違いもある。それから米焼酎の場合は、酵母の違いで全く違う香りや味が楽しめる。そういった焼酎の面白さを一人でも多くの方に知ってほしいなと思っているんです」
球磨焼酎の可能性を切り拓く人
もう少し貯蔵庫を見ますか? と大石さんに導かれて事務棟へ。大正時代から建つという古めかしい蔵は、川に沿った細長いつくり。手前の棟では袢纏を着たスタッフがラベルを手貼りしたり、検品したり。さらに奥へ進むと……「あったあった」と南雲さん。
「特上のレミーマルタンの樽も見えますね。大石さんはほかに、スコッチ樽やワイン樽、ラム樽も持っているって聞いています。これからどんな焼酎が出てくるのか、本当に楽しみです。〈大石プレミアム〉のような今後の試み、どんなことを考えているんですか?」
貯蔵庫の上から日差しが射して樽に光を落とす。かすかに川の音が聞こえる貯蔵庫で、大石さんが話してくれた。
「味わい的には、常圧と減圧のいいとこどりのような米焼酎をつくりたいなって思います。常圧のうまみや甘みと、減圧の華やかさの両方を兼ね備えたようなお酒をつくりたい。熟成だと、バラの香りのする酵母を使った常圧蒸留の米焼酎の熟成を考えています」
この建物の脇を流れる川は、球磨川の支流。蔵を訪ねたときにも越えたこの川は、球磨川の最上流付近なのだ。昨夏の大雨のときの激流の面影は全く見えない上流の清さが胸を打つ。未来を語る大石さんの言葉も、この川くらいにとってもきれいだ。こういう人たちが、球磨焼酎の未来をひらいていくのだと思うと、とても頼もしくて、なによりとても楽しみだ。
私たちの車が見えなくなるまで手を振る大石さんの蔵をあとにしながら、南雲さんがこう話した。
「今日飲ませてもらった〈大石プレミアム〉シリーズといい、ウイスキーにひけをとらない焼酎をつくる蔵元だなあと改めて思いました。でも、そもそもウイスキーと比較するのも不毛なんですよね。おいしいお酒はおいしいと評価したい。酒づくりを心から楽しんでいる大石さんのような人に会うとそう思います」
大石酒造場の樽熟成をすぐ飲みたい!
これからの進化も楽しみな大石酒造場の樽熟成銘柄。その味わいを知る手に入りやすい入門編がこちら。原料の米の華やかさや麹の優しさ、樽由来の甘やかな香りが出会った1本。アルコール度数も25度なのでストレートやロックでも気軽に楽しめそうですね。
特別限定酒 大石 |
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【米焼酎】 貯蔵 3年(シェリー樽)と5年(コニャック樽)のブレンド 度数 25度 原材料 米・米麹(白) 蒸留 減圧 |
大石酒造場 |
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住所 熊本県球磨郡水上村岩野1053 創業 1872年 WEB https://ohishi-shuzohjyo.jp/ 蔵見学 ◯(2021年2月現在、新型コロナウィルス感染拡大のため現在見学の受付は休止中。HPにて確認のこと。) ショップ ◯(本社内に、全製品やオリジナルグッズが揃う直営ショップあり) |