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常にオンリーワンであり続ける蔵|ごま焼酎のパイオニア・紅乙女酒造を訪ねる<前編>

蔵元

常にオンリーワンであり続ける蔵|ごま焼酎のパイオニア・紅乙女酒造を訪ねる<前編>

Text : Sawako Akune(SHOCHU NEXT)
Photo : GINGRICH(SHOCHU NEXT)

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一度でも飲んだことのある人なら分かるはず。紅乙女酒造のごま焼酎は、不思議で、印象深くて、くせになる味わいだ。口の奥から鼻へと抜けていくごまの香り。世界共通で親しみ深い、甘やかさもある香ばしい香り、それでいてしつこくはなく、どんな料理にもするっと寄り添う。芋・麦・米・黒糖の主要原料による本格焼酎生産量が98%に上るなか、彼らがつくり出す味わいは異色の存在感を放つ。唯一無二なのは味わいだけではない。蔵の姿、そこに働く人々…と、あらゆる点でほかとの違いが際立つこの蔵元の姿には、焼酎の未来につながる道筋のひとつが見えるようだ。

レギュラー銘柄〈紅乙女 STANDARD〉。押し寄せるごまの風味とキレのよさを両立した一本で、食事とのペアリングも抜群。

ワンアンドオンリー、ごまの焼酎

レギュラー銘柄〈紅乙女STANDARD〉や、長期熟成酒〈紅乙女ゴールド〉などのごま焼酎がよく知られる紅乙女酒造。彼らの蔵「紅乙女 耳納蒸留所」があるのは、JRの久留米駅から東へ20kmほどの福岡県久留米市田主丸(たぬしまる)町。北側には筑後川が、南側には耳納(みのう)連山が東西に横切るこの町では、古くから果樹栽培がさかんだ。この田主丸が発祥の巨峰はもちろんのこと、いちご、柿、いちじく、みかん……と、四季折々の収穫にも恵まれる。

蔵が立つのは、切り立った姿から“屏風山”ともいわれる耳納連山の足元だ。ゆるやかに傾斜する敷地へと入ると、まずはショップが、続いて斜めの屋根を戴く半円形の姿が印象的な、コンクリート造の事務所棟が現れる。「フランスのワインのシャトーを見習ったと聞きますね」と話すのは、紅乙女酒造の営業部長を務める山崎稔さんだ。

「自然の中に美しい建物が点在して、そこをいきいきとした人々が行き交う。そういう場所でこそおいしいお酒がつくれるのだと」 

蔵は創業時からこの場所にある。片方には山の連なりを、片方には田畑の広がりを眺める起伏のある敷地に、瀟洒な建物が点在する場所。確かに焼酎の蔵元というよりは、心安らぐワイナリーのような、優雅な佇まいだ。

洒落た様子の本社棟。背後に見えるのが耳納連山。

引退の年齢を過ぎた女性が一念発起して始めた蔵

紅乙女酒造はその成り立ちからして異色の蔵だ。創業は1978(昭和53)年。林田春野(はやしだはるの)という女性が、66歳の時に興している。久留米の造り酒屋に生まれ、田主丸の酒蔵に嫁いだ林田。戦中・戦後にかけて、4人の子どもを育てながら蔵の経営を支えていたという。焼酎をつくると決めたのは、折からの洋酒ブームに押されて日本酒の売上が減少した頃のこと。時を前後して病に倒れた夫にかわって、ウイスキーやブランデーに負けない日本の蒸留酒づくりに乗り出したという。当時はまだまだ、焼酎といえば“安酒”のイメージが強かった時代。伝統ある清酒蔵がその生産を手がけることには抵抗もあり、別会社を立ち上げたのだとか。

「始めのうちは、それはそれは試行錯誤を重ねたと聞きます。ごまを使った焼酎も、蒸留したての当初は『なんだこりゃ!』と全くお話にならなかったそうです。それが3年ほど時間をおいて熟成したものをふと飲んだら素晴らしい味わいになっていて『これだ!となった。ごま焼酎で勝負をかけると決めて以降は、熟成が肝心なのだからとグラスライニングのホーロータンクを200本どーんと購入したり、東京に一人で営業に行ってものすごい売上を立ててきたり……。春野さんのさらに豪胆な話は、始めるとキリがありません(笑)」(山崎さん)

一流(いちながれ/いちりゅう)を創れ、は垣原さんが心に留めている言葉。

美しい蔵でこそ、美しい酒は生まれる

現在、蔵の杜氏を務めるのは垣原淳さん。事務所のすぐ裏手にある、ホコリひとつ見当たらない清潔な製造現場で、盛夏以外は通年で仕込みを行う。紅乙女酒造のごま焼酎の原料は、麦と米麹そしてごま。糖分含有量が少なく、アルコール発酵もしづらい“ごま”の香りを、独自に編み出した技術で引き出す。6~7日かける一次仕込み、そして2週間ほどかける二次仕込み。ごまを投入するのは三次仕込みの段階だ。垣原さんが話す。

「気候を見ながら、低温でじっくりと時間をかけて発酵させた後に蒸留し、すべての銘柄に熟成の期間を設けています決め手は水。耳納連山がもたらす美しい軟水を、地下100mから引き上げて使っています。この田主丸の土地だからこそできる焼酎。そう誇りを持っていますね」

上:製造現場にて。効率よく動線が敷かれていたここで、垣原さんを含め4人の蔵人が焼酎をつくる。
下:紅乙女酒造の杜氏・垣原淳さん。入社は1996年と27年選手! 若い頃は工事現場で働いていたそう。

創業当初から、蔵を単に焼酎をつくるためだけの場所ではなく、用事がなくとも訪れたくなるような場所になることを意識してきた紅乙女酒造。当然のように蔵見学も積極的に受け入れていて、見どころも多い。

エキゾチックなシャラント型蒸留器が鎮座する「アランビック棟」もそのひとつ。コニャックの蒸留に使われるシャラント型蒸留器を持つ焼酎蔵は、全国を見回しても数えるほどしかないが、紅乙女酒造では林田が導入を決め、1992年にフランスから職人を呼び寄せて設置したそう。繊細な機械で扱いも難しいが、紅乙女酒造では現役で活躍中。黒ごまを使った焼酎〈耳納蒸留所 限定酒〉などをつくる。

通常はコニャックの蒸留に使われる、銅製のシャラント式アランビック(蒸留器)。

蔵の白眉は、扉にロゴマークの紅いバラが描かれた瓶詰め棟を過ぎて坂道を上ったところにある「森の貯蔵庫」だろう。名実ともに蔵の深奥ともいえるこちらは、赤レンガの躯体に三角の屋根を載せた、教会とみまごうような建物。上部にステンドグラスのはめ込まれた大きな木製ドアを開けて中に入ると、広々とした空間に木樽が並ぶ、荘厳な景色に息を呑む。現在この貯蔵庫にある木樽は、フレンチオークがメインで340樽ほど。甘やかでウッディな香りがふわーと漂ってくる。

「お酒も、環境のいい場所で育てたい。それは林田のこだわりでもありました」(垣原さん)

樽は2段積みまでと決めているのは、上下での温度差で熟成度合いに差が出てしまうのを気遣ってという理由もちろんあるが、この優美な光景を保つためでもあるのだそう。ドアの向こうには森の木々が見え、バラを描いた大きなステンドグラスから、見とれるような光が入る。うっとりと眠りにつくお酒たちが見えるよう……。紅乙女酒造の焼酎は、この場所で静かに静かに時を重ね、熟成していく。

上:「森の貯蔵庫」の内部。天井の高い広々とした空間に、木樽が2段積みで置かれる。沖縄でつくられた甕にも焼酎が眠っており、最も古いものは37年ものになるそう(!)
下:木々に囲まれた美しい貯蔵庫。

地元を愛する企業の傘下で

1970年代末の創業以降、「思い立ったことはすぐに行動に移す」林田の采配のもと、都市部での消費を拡大するなど、時代にも背中を押されて業績を伸ばした紅乙女酒造。現在はしかし、辛子めんたいこ製造・販売の大手であるふくやの傘下にある。2000年頃から始まった前回の焼酎ブームに遅れをとった格好で、同時期から売上高の減少が続いたのだ。さらにブーム後の市場はよりバラエティ豊かな焼酎が揃い、発泡酒などの低価格アルコール飲料も台頭する状況へと発展。紅乙女酒造はより厳しい状況に陥ったという。2008年に社長の座を退いた林田は、2010年に97歳で波乱万丈の生涯に幕を下ろす。紅乙女酒造は、地域経済活性化支援機構の仲介を受けて、2013年ふくやに全株式を譲渡。同社のグループ企業となった。

「経営再建のための子会社化ですから、かなり経営に口を出すのかと思いきや、全く違うんです。本社からの出向は一人のみ、『再生するのは(元から紅乙女酒造にいる)皆さんです』と。ふくやは地元に育てられたという恩義を感じ、地元をとても大切にし続ける会社。私たちより早い2004年にはホテル『福岡サンパレス』を、さらに最近では、銘菓『鶴乃子』が知られる老舗和菓子メーカー『石村萬盛堂』を傘下に入れています。私達の支援にあたっても、ごま焼酎という唯一無二の商品を持っていること、ものづくりの会社であること、そして同じ福岡県内の企業として、地域に必要な存在であることが決定の大きな理由となったようです。当初は“酒づくりにシナジーがない”と言われたのを覚えています」(前出・山崎さん)

上:蒸留所内には、安土桃山時代の古民家を移築した料理処「水縄茶寮(みのうさりょう)」もある。手の込んだ和食ランチを求めて遠方からも人々が訪れる。
下:釘を一切使わずに造られた茅葺き屋根の貴重な建築。内部には囲炉裏や土間もある。


第二創業後の、蔵の革新の動き

“酒づくりのシナジー”とは、果たしてなんだろう? 紅乙女酒造では、さまざまに熟慮と実践がなされている最中のようだ。この10年ほどの彼らの歩みには、そのシナジーを模索し、焼酎の未来に向かおうとする動きがいくつもある。

人気の漫画家・江口寿史による女の子のラベルが目を引く〈紅乙女STANDARD 江口寿史ver.〉はそのひとつ。焼酎の“ジャケ買い”を牽引するこの銘柄は、若い人たちにも手にとってほしいという狙いが的中し、それまでの墨字のラベルとは全く違う消費者層を獲得した。もちろん、ラベルを裏切らない焼酎のおいしさがあってこそなのは言うまでもないが、おいしければラベルなんてなんでも一緒」ではないのだ。おいしいからこそ、ラベルデザインも時代に合うものに。ラベルとお酒のシナジーで、新しい飲み手を開拓したといえるだろう。

上:博多・下川端の「焼酎Lab.」店内。セルフサービスで紅乙女酒造の銘柄を中心とした焼酎・カクテルを味わえる。樽熟成しているここだけの銘柄も!
下:2022年5月オープン。1杯500円〜の気軽な角打ちスタイルで、地元客も増えてきた。

そのラベルと同じ女の子のイラストが、博多中心部の通りに面したガラス面いっぱいの大きさで描かれたスタンドバー「焼酎Lab.」もまた、彼らの新しい一歩だ。2022年にオープンしたこちらは、ごま焼酎を中心とした紅乙女酒造の銘柄がリーズナブルに味わえる角打ちスタイルのバー。蔵と同じ敷地内に試飲スペースやショップがあるケースは思いつくが、蔵元直営のスタンドバーが都市部にあるのは珍しい。営業形態や食べ物のメニューなどは、まだ試行錯誤中だというが、飲み手に“見つけられる”ことをただ待つのではなく、蔵元自らが飲み手の方へ歩み寄り、消費者のリアルな声を拾おうとする姿が見えてくる。飲み手と作り手のシナジーが、ここからきっと生まれてくることだろう。

さらに、今年の始めに発売した〈紅乙女樽 FRENCH OAK 長期貯蔵〉〈紅乙女樽 AMERICAN OAK 長期貯蔵〉は、彼らの方向性をよりはっきりと示すものだ。特に、今年の東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)で金賞を獲得した〈紅乙女樽 FRENCH OAK 長期貯蔵〉の味わいは特筆すべきものがある。「森の貯蔵庫」にあった、貯蔵樽のメインであるフレンチオーク樽で3年以上寝かせた原酒に、タンク熟成の原酒をブレンドして色調整を行った、40度の本格麦焼酎。あの貯蔵庫に漂っていた甘やかなバニラ香が押し寄せる逸品で、“ごま焼酎だけ”ではない、紅乙女酒造の可能性が見えてくる。

2023年より誕生した新ブランドの<紅乙女 樽>。写真は、40度の<紅乙女樽 FRENCH OAK 長期貯蔵>と25度の<紅乙女樽AMERICAN OAK 17年>。6月には、<紅乙女樽 CASK FINISH」シリーズ>3種も発売された。

ごま焼酎、そしてさらなる“唯一無二”で未来へ

林田春野というカリスマがいたこと、そしてごま焼酎という“オンリーワン”を持っていたことで、創業からの数十年はある意味迷いなく走ってこられたのであろう紅乙女酒造。曲がり角に直面し、第二創業を経た際に積極的に蔵のあり方を模索したことで、一足先を行く蔵になりえているように見える。海外を目指す、焼酎以外の酒類に挑戦する……、それぞれの焼酎蔵が生き残りをかけてさまざまなことに挑戦する昨今。過去のレガシーを決して否定はせず、むしろより大切にしながら新しいタッチポイントやアウトプットを探していく紅乙女酒造の姿は、ほかの蔵元にとっても、ひとつのロールモデルなのかもしれない。

「挑戦できることはまずはやってみる。なんせ普通なら引退の歳をとうに過ぎてから、新しいことを求めた人の蔵ですからね。諦めないで進んでいくつもりです」

ワンアンドオンリーを持つ紅乙女酒造。これからもさらに、進化を続けていく。

蒸留所の入り口近くにあるショップ。紅乙女酒造の銘柄はもちろんのこと、地元産の野菜や果物、それらを使った加工食品や製品なども手に入り、ちょっとした道の駅のよう。
紅乙女酒造
福岡県久留米市田主丸町益生田214-2
TEL 0943-72-3939 
蔵見学 あり(要予約)
HP https://beniotome.co.jp

紅乙女酒造のおすすめ銘柄はこちら!

紅乙女STANDARD
【ごま焼酎】
貯蔵 
1年以上(タンク)
度数 
25度
原材料 
ごま(10%以上)、麦、米麹
蒸留 
減圧
ストアサイト→
紅乙女ゴールド
【ごま焼酎】
貯蔵 
3〜7年
度数 
38度
原材料 
ごま(20%以上)、麦、米麹
蒸留 
減圧
ストアサイト→
紅乙女樽 FRENCH OAK 長期貯蔵
麦焼酎
貯蔵 
3年以上
度数 
40度
原材料 
麦、米麹
蒸留 
減圧
ストアサイト→

ごま焼酎のパイオニア・紅乙女酒造を訪ねる<後編>はこちら!

紅乙女の乙女たち。|ごま焼酎のパイオニア・紅乙女酒造を訪ねる<後編>

紅乙女の乙女たち。|ごま焼酎のパイオニア・紅乙女酒造を訪ねる<後編>

ごま焼酎のパイオニア・紅乙女酒造を訪ねる<前編>はこちら。 聞くだにパワフルな女性・林田春野が1978年に創業し、2013年には同じ福岡を地元とする企業・ふくやの手を借りて第二創業ともいえる時期を経験した〈紅乙女酒造〉。その蔵の優美さは群を抜いている。緑豊かな山裾に美しい建物が点在し、至るところに蔵の象徴でもある赤いバラがあしらわれ、一隅には室町時代の古民家を移築した料理処まで見つかる……。さらに

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