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日本の『麹』の安全性について

コラム

日本の『麹』の安全性について

Text : Bunsei Yamamoto

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和酒の骨格であり、世界に誇る日本の発酵文化を語るうえでかかせない「麹」。「紅麹」に関連した食品問題により、その「麹」が非常に残念なカタチで社会問題になり、日本を揺るがしている。

そもそも酒造りにおける「麹」つまり、「黒麹・白麹・黄麹」と「紅麹」は全く異なる存在だとしても、ではなぜ「紅麹」に「麹」という言葉が使われているのか。そんな疑問点の解消を含め、医師の資格をもちつつ種麹屋で働く河内源一郎商店 4代目の山元文晴氏に緊急寄稿いただいた。


今回発生した「紅麹」サプリをめぐる健康被害の件について、日本醸造学会が国菌と指定している「黄麹」・「黒麹」・「白麹」に関する誤った認識が起きないために、種麹屋として、元臨床医である発酵ドクターとして、情報発信をしたいと思います。

まずはじめに、日本醸造学会が『麹』として認めているものは、「黄麹」と呼ばれるAspergillus oryzae(アスペルギルス・オリゼー)、Aspergillus sojae(アスペルギルス・ソーヤ)と「黒麹」に分類されるAspergillus luchuensis(アスペルギルス・リューチューエンシス)、「白麹」と呼ばれるAspergillus kawachii(アスペルギルス・カワチ)です。紅麹は含まれていません。

では何故、紅麹に「麹」という文字が入っているのか?それは、元々「麹」という言葉が、「見た目」からきているからと言われています。黄麹も黒麹も白麹も紅麹も同じカビの仲間で見た目がそっくりです。いずれも基本的にお米に生やして使っています。カビはその種(胞子)を作るときに色づきますが、その時の色で「黄麹」・「黒麹」・「白麹」・「紅麹」と分類されてきました。つまり見た目が似ているから「麹」という文字が使われたのです。

名前がついたころにはまだ「生物分類学的階級」という概念が知られていなかったと思われます。生物学的分類とは、図で示したようなツリーで、界(かい)・門(もん)・綱(こう)・目(もく)・科(か)・属(ぞく)・種(しゅ)という番地ですべての生き物を分類して、それまでに判明している情報を基に進化の系譜を明らかにしようとしたものです。ある意味で生き物の住所ともいえます。「あなたのおうちは、地球・東南アジア・日本・東京都・港区・六本木・1丁目」みたいな感じです。そして「黄麹」は分類学的には菌界・子嚢菌門・ユーロンチウム菌綱・ユーロンチウム目・アスペルギルス科・アスペルギルス属・ニホンコウジカビという名前になります。一方で、「紅麹」は分類学的に、菌界・子嚢菌門・ユーロンチウム菌綱・ユーロンチウム目・モナスカス科・モナスカス属・ベニコウジカビという名前になります。これを見ると「目」まで一緒で、「科」の部分から違う事が分かります。これがどのくらい違うかというと、ヒグマとオットセイくらい違います。

このように日本醸造学会が『麹』と定義している「黄麹」・「黒麹」・「白麹」と「紅麹」は見た目が似ているだけで、中身が全く違うものなのです。同じ瓜という名前がついているにも関わらず中身が全く違う「南瓜(かぼちゃ)」と「西瓜(すいか)」のように。

では、なぜ日本の『麹』(今後、『麹』は「黄麹」・「黒麹」・「白麹」を指すものとします)は安全と言えるのか?それは、日本の食文化において『麹』が長きにわたって安全に使われてきた経験があるからです。「黄麹」はみそ・しょうゆ・みりん・甘酒・日本酒に、「黒麹」と「白麹」は焼酎・泡盛に使われてきました。一番歴史が短い「白麹」でも、発見から101年が経ち、日本全国の焼酎メーカーで使われ続けてきた歴史があります。その間、麹を作る杜氏の健康被害は1件も報告されていませんし、味噌などを食べて体を壊すという事例もありません(もちろん、塩分の摂りすぎは除きます)。一方で紅麹はそれほど多く使われていません。紅麹は中国・台湾を起源とするもので日本では沖縄で豆腐ようと呼ばれる食品に使われているレベルです(食品以外では着色料に使われることはあります)。このように、普段使われている日本の麹は安全であり、未知の物質による健康被害が起きる可能性はほぼ無いと言えます。

今回の紅麹事件において、検査がずさんだったんだ。安全性試験が足りなかったんだ。なんでもっと確認をしなかったんだ。そんな意見も散見されますが、どんなに検査を行ったとしても未知の成分が含まれていれば事前の対応のしようがありません。また、安全性試験は数十匹~数百匹の動物を使って行われることが通常ですが、ひとたび製品化された場合には千人・万人という方が使用されます。この時におきる有害事象のすべてを予測することは不可能です。ここで大事になるのが「経験」です。「長い間ずっと使われてきて被害が起きていない」この「事実」に勝る科学はありません。

私たち河内源一郎商店はもちろん、日本全国の種麹メーカー、全国の日本酒・焼酎の蔵元の方々、味噌醤油メーカーの方々が、数百年にわたり『麹』を作り、世に出し続け、「何も起きていない」という安全性を証明し続けてきました。そしてさらに、「黄麹」・「黒麹」・「白麹」はすでに遺伝子解析がすべてされており、カビ毒を出さない事も複数の論文が証明しています。

近年、『麹』の健康効果が新たに見つかりつつありますが、それは単純に新しいモノではなく、「すでに安全だと歴史が証明してきた伝統に、新しい発見があった」という素晴らしいものなのです。また、2019年には遺伝子のフル解析から『麹』が日本独自の微生物である可能性すら出てきました。

日本の『麹』は安全、かつ素晴らしいものです。もちろん、製造方法を誤れば食中毒のような事は起こり得ますので、一種麹メーカーとしてこれからも一生懸命に、いつもと同じ麹だけど素晴らしい『麹』を作ってまいります。

どうか、みなさまには安心して『麹』を楽しんで頂けますように、そしていつまでも健康でありますように鹿児島より祈っております。

株式会社河内源一郎商店
四代目河内源一郎 山元文晴

1980年鹿児島県生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。約10年心臓血管消化器外科医として病院勤務の後、家業である錦灘酒造株式会社(現きりしま高原麦酒株式会社)に入社。2020年に医学博士号を取得し、2023年よりグループ会社の株式会社源麹研究所の社長に就任。医師としての視点から麹の可能性研究を続けている。著書に、『麹親子の発酵は凄い』(ポプラ社)。

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