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目利きたちが唸るあの味。黒糖焼酎の山田酒造を訪ねる。

蔵元

目利きたちが唸るあの味。黒糖焼酎の山田酒造を訪ねる。

Text : Sawako Akune(SHOCHU NEXT)
Photo : GINGRICH (SHOCHU NEXT)

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芋焼酎の〈萬膳〉に麦焼酎の〈青鹿毛〉、米焼酎の〈武者返し〉や〈六調子〉……。取材にリサーチにと、焼酎に詳しい人々の間をわたり歩いていると、しばしば耳にする銘柄がある。人気銘柄をひと通り飲んで、もう一歩踏み出したいなという気分のときにすっと出てくるこの辺りの銘柄は、飲めば焼酎の世界がぐぐっと深まる、爆発的な力を持つ。

(語弊を恐れずにいうならば)ものすごく有名な銘柄というわけではないし、初心者にさっくり薦められる味わいかといえばそうでもない。でも、焼酎に目覚めつつある人ならば、必ずやその美味に驚き、さらにその先へと背中を押してくれるはずだ。目利きたちがこれはと思い定める「焼酎の中の焼酎」とでもいったところだろうか。そんな銘柄を手がける蔵のひとつを訪ねて、奄美大島へと向かった

黒糖焼酎の底力を見せつける〈長雲 一番橋〉〈山田川〉をつくる蔵。

目利きたちが大切にする「焼酎の中の焼酎」。鹿児島県・山田酒造による黒糖焼酎〈長雲 一番橋〉や〈長期熟成 長雲〉〈山田川(やまだごう)〉は、まさにそんな銘柄だ。鹿児島市内の居酒屋で〈一番橋〉を初めて飲んだときの衝撃を、わたしは今も、強く強く覚えている。炭酸や水で割ってもびくともしない、濃厚で甘やかな黒糖の香り。余韻も深いが、甘ったるさはなく、喉の奥にすうっと消えていく。

「え、やば。黒糖焼酎ってこんなにおいしいの?」

バカみたいに単純なコメントしか出てこない、語彙を失う味わい。それをきっかけに飲んだ同じ蔵の〈山田川〉も〈長雲 長期熟成〉も“やば”かった。どんな人がどんな場所でつくっているんだろう? 以来、奄美の山田酒造は憧れの蔵のひとつでもある。

飛行機で奄美空港へと降り立ち、車に乗り換えて山田酒造のある龍郷町(たつごうちょう)へと向かう。島北部の龍郷町は人口6,000人ほど。比較的細長い形をした町は、東シナ海と太平洋の両方の海に面し、中央には深い山々を抱く。山田酒造があるのはこの中ほど、島のヒカンザクラの名所でもある本茶峠の入り口辺りだ。もりもりと茂る緑を脇目にしながら、住宅の連なりを通り過ぎた先にある。

見事なヘゴの木が葉を広げる玄関口で出迎えてくださったのが、山田酒造三代目・山田隆博さん。「こんな小さな蔵へようこそ」と破顔する。じっさい、山田酒造は規模的にはきわめて小さい蔵だ。仕込みは甕、蒸留は常圧蒸留器が一基。さらに瓶詰めやラベル貼りまですべて手作業。これらの蔵仕事をすべて、山田さん夫婦と父で二代目の隆さん夫婦、そして蔵人ひとりの5人で切り盛りする。

山あいにある小さな蔵。

 創業は1957(昭和32)年。農協の酒造場で黒糖焼酎づくりに携わっていたという初代・嶺義氏がこの地に蔵をおこし、以来ここ龍郷でレギュラー銘柄〈あまみ長雲〉をはじめとする本格黒糖焼酎をつくり続けてきた。仕込み水と割水に使うのは、蔵ほど近くの長雲山系から染み出す美しい地下水。蔵は築40年ほどになるという木造の建物で、約20年前に鉄骨部分の棟を継ぎ足したつくり。ひんやりとした空気の蔵の中、奄美の強い日差しが、曇りガラスの窓を通り抜けて淡い光を投げる。

山田酒造の4代目杜氏・山田隆博さん。
外の強い陽射しから一転、奄美の大樹の木陰にいるような蔵の中。

“土地の酒”をつくるため、原料の栽培に踏み出す

 ここに生まれ育ち、大学時代には東京で醸造を学んだ隆博さんが、島へ戻って蔵に入ったのは1999年のこと。「原料からつくりたいという思いは、早くからありました」と隆博さんは話す。

「土地の水で仕込む、土地の酒ですから、原料となる黒糖も米も、やはりこの土地で作れたらなと」

サトウキビの搾り汁からつくられる黒糖。植物だから、当然育つ土地によって味が違う。

「与那国島、西表島、波照間島といった離島でつくられる沖縄県産のサトウキビは、海風を受けて育ちます。だから黒糖にもかすかな塩気がある。それらの島々と比較して奄美大島は大きい。さらにこの龍郷の辺りは特に内陸なので、海風の影響を受けにくいんです。だからよりマイルドな甘さになりますね」

 とはいえ、手仕込みの焼酎づくりの傍らの農業は並大抵のことではない。思いを温めた隆博さんたちが原料づくりに踏み出したのは2007年。蔵のほど近くに拓いた一反の畑でサトウキビの自社栽培を始め、さらに2016年には米づくりにも着手した。「父は最近畑の方が楽しそうですね」と隆博さんが微笑む。「天気に左右される農業はほんとうに大変。とてもありがたいです」

使い込まれ、掃除が隅々まで行き届いた蔵。
蒸留器の前で。

「黒糖よりも黒糖らしい」焼酎を目指して

 現在、レギュラー酒である〈あまみ長雲〉には沖縄県産の黒糖が、〈長雲 一番橋〉には奄美市笠利町産の黒糖が、〈山田川〉には地元・龍郷町大勝の自家産の黒糖がそれぞれ使われる。〈長雲 一番橋〉と〈山田川〉は、隆博さんが蔵に戻ってから生まれた銘柄。「昔ながらのつくりや、長く愛される〈あまみ長雲〉を大切にするのはもちろんですが、原料の味わいをさらに感じてもらえる銘柄をつくろうと思ったんです」と山田さんは話す。

〈長雲 一番橋〉は、「黒糖をかじったときよりも、黒糖らしい味わい」を目指した1本。この銘柄、つくりに大きな特徴がある。通常黒糖焼酎をつくる際は、大きなブロック状の黒糖を蒸気で加熱することで溶かして液状にするが、〈長雲 一番橋〉はその加熱を行わないのだ。「加熱によって、どうしても失われてしまう風味があるんですよ」と隆博さん。それではどうやって溶かすのか。どさりと黒糖のブロックを入れた巨大な網を、滑車を経由して天井から吊るし、黒糖の自重で溶かしていくという!

「試行錯誤してたどり着いた方法です。紐を引っ張ってちょっと揺らしたりすると、下からすこしずつ溶けていくんですよ(笑)。加熱ならば40分程度で液体になるところを、この方法だと10~11時間はかかる。でもそれが、醸した焼酎の濃厚な味わいにつながるんです」

このフックから黒糖の入った網を吊るし、自重で溶かしていく。
取材時は米を蒸し上げる最中。いい香りのほかほかの湯気が蔵に満ちた。

〈山田川〉もまた、手のかかる1本だ。サトウキビも米も、無農薬の自家栽培。手刈りで収穫するサトウキビは、近くの「奄美きょら海工房」で製糖してもらい、焼酎づくりにとりかかる。ほかの銘柄も同様だが、蒸留を終えたらタンクでじっくりと2年間熟成した後に、飲み手のもとへ旅立っていく。

「原料づくりから手がけている蔵がさほど多くないなか、黒糖焼酎では喜界島・朝日酒造の喜禎浩之さんがいち早くサトウキビの有機栽培に着手されました。そうしてつくった焼酎〈陽出る國の銘酒〉が本当においしかった。やはり僕らもやりたいなあと、農業に踏み切るきっかけのひとつでしたね。実際に畑仕事を始めてから知った苦労はもちろんたくさんありますが(笑)、その分思い入れは強いです」

 手間ひまを注いでつくる焼酎は、だからできる量には限界がある。それでも今年はすこし、仕込みを増やしたと話す。出荷先は問屋を介さず、都市圏の小売店がほとんど。丁寧につくった酒を、丁寧に扱う人々のもとへ届けるからこそ、「焼酎の中の焼酎」になり得ているのだろう。

どれも真似のできない味わいの、山田酒造の代表銘柄。

 取材を終えて別れを告げる。ドアを抜けて外へ出ると、庇の上で、深い藍色の鳥が2羽「ジャー!」と大声で鳴いて飛び立った。国の天然記念物でもある奄美群島に固有の鳥・ルリカケス。「蔵がひんやりして気持ちいいみたいで。隙間を見つけて入ってこようと狙っているんですよ」と山田さんが笑った。

〈長雲 一番橋〉の名の由来になった橋は蔵からすぐそば。峠の上の亜熱帯の原生林から流れてくる美しい小川に、小さな橋がかかっていた。かけがえのない自然の“かけがえのなさを知る山田さんたち。今日も実直に土地に向き合いながら、この場所で焼酎をつくり続ける。

世界遺産の山から染み出し、鬱蒼とした森林を抜けてくる小川。
山田さんのしっかりとした肩周り。蔵仕事をする人の背中だ。
山田酒造
鹿児島県大島郡龍郷町大勝1373-ハ
HP なし
蔵見学 不可

山田酒造のおいしさを知る、はじめの1本に!

長雲 一番橋
【本格黒糖焼酎】
貯蔵 
ステンレスタンク貯蔵(2年以上)
度数 
30度
原材料 
米麹( タイ米産・白麹)、黒糖(奄美市笠利町産産)
蒸留 
常圧

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