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2万本を超える樽の守り人。薩摩酒造のクーパー・祝迫智洋さん|NEXT焼酎人 #02

インタビュー

2万本を超える樽の守り人。薩摩酒造のクーパー・祝迫智洋さん|NEXT焼酎人 #02

Text : Sawako Akune
Photo : Keishi Oku

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麦焼酎〈神の河(かんのこ)〉は、間違いなくいちばん手に入りやすい熟成焼酎銘柄のひとつ。カジュアルな価格でいて味わいや香りのバランスもいいから、樽熟成の焼酎入門編としても最適だし、お酒にこだわりのある人でも手放せない1本だ。〈神の河〉をつくる鹿児島県枕崎市の薩摩酒造には、樽職人がいる。そう聞いて、薩摩半島の南端にある蔵へ向かった。

本格焼酎の未来を切り拓く鍵を持つ人々=”NEXT焼酎人”を訪ねる連載の第2回目は、樽職人(クーパー)・祝迫智洋さん。すぐそばにおだやかな海の広がる気持ちのいい工房で、作業の工程を見せていただきながら話を聞いた。

薩摩酒造の樽工房を率いる祝迫智洋さん。

焼酎界唯一の、蔵専属の樽職人と樽工房

――これまでに編集部でも樽貯蔵を手がけている多くの焼酎の蔵元を訪ねましたが、樽の調達やメンテナンスは外部の樽工房で行っていると聞いていました。だから薩摩酒造は自社で樽職人を抱えていると知り、とても驚いたんです。

祝迫智洋(以下祝迫) そうですね、焼酎の蔵元では私たちだけではないでしょうか。現在、国内の酒造メーカーに樽職人がいるのは、ウイスキーを手がける会社で3社ほど、日本酒蔵にひとつ。そして焼酎蔵で私たちだと思います。樽職人は日本国内で60~70人でしょうか。私たちの工房は僕と、入社3年目の弟子の2人が常駐です。

弊社が樽工房を始めたのは〈神の河〉がきっかけだったと聞いています。焼酎のブームでいうと第2次の1980年代。すっきりとクリアな麦焼酎がぐんと消費を伸ばした際に、私たちも麦焼酎に挑戦してみようという流れになりました。とはいえ麦焼酎では後発になりますから、ワンランク上の麦焼酎をつくるために、樽貯蔵に乗り出すことになった。発売から数年は全く売れなかったと聞きますが、関東の有名百貨店での取扱いをきっかけに、急激に出荷が伸びたそうです。発売当時は、私たちも樽で有名な有明産業や、国内のウイスキーメーカーなどから樽を仕入れ、メンテナンスもお願いしていたようですが、品質の高いものを安定的に供給するためには、より細やかな樽の管理が不可欠だと。そうして今私たちの働くこの工房を建て、樽職人を置いて樽のメンテナンスを行うようになったそうです。

――祝迫さんは現在23歳。どんな経緯で樽職人になったのですか?

祝迫 私は蔵のある枕崎市のすぐそば、頴娃町の出身です。高校では機械科にいたので、薩摩酒造に就職した時には、なにかそれにまつわる仕事をするのかなとぼんやり思っていました。それが入社後の研修の際にこの樽工房へ来て、親方の仕事を見ていたらすごく格好よくて。親方から、国内には樽職人が少なく、貴重な仕事であることや、木工のよさなどを聞くうちに自分もこの道に進みたい! と。私の父親は大工をしていて、幼い頃に道具を借りてみたりもしていましたので、どこかで憧れがあったのかもしれません。親方は元々、ニッカウヰスキーの製樽工場にいらした方。その後に薩摩酒造の樽工房の立ち上げに携わったそうです。僕が樽職人を志した5年前はもう退職が見えているタイミングで、「あと3年で覚えろ」と言われました。よくある昔の職人さんの「背中を見て盗め」という感じとは全く違う。技を隠す方ではなく、1から10まですべて教えていただきました。

親方は実際に3年で退職されました。いつまでも上がいてもやりづらいし、一人にさせてしまったほうが、かえって探究心が出て伸びるとも言われました。でも、今でも困ったことがあるとすぐに電話して聞いています(笑)

メンテナンスを待つ樽。

――祝迫さんの日々のお仕事は、どんな工程なのでしょうか?

祝迫 薩摩酒造が持っている樽は現在、22,000本ほど。そのほぼすべてが焼酎の貯蔵用です。ヒビや割れなどを補修したり、酒質を考えながらリチャー(焼き直し)したりして大事に使い続けられるようメンテナンスするのが、僕らの主な仕事です。

蔵にある樽は、パンチョン樽もあればホッグスヘッド樽もあり、シェリー樽やバーボン樽もあり……。アメリカンホワイトオークを中心に材もいろいろですし、製造元もニッカウヰスキーから購入したものもあれば、有明産業や昭和洋樽製のものもあります。20年物は若い方で、シェリー樽などは50年物以上が中心ですね。樽はふたつとして同じものはなく、メーカーによって、材や形状によってそれぞれに性格が異なりますし、どんな貯蔵をしてきたかでも状態が違う。その個性を見極めながら、メンテナンスしていくのはとてもやりがいがありますよ。修理待ちの樽が常時200本くらいあるのですが、仕上げられるのは大体月に40本程度。全然追いつけないですね。

新しく入った側板を両引の銑(せん/ドローナイフ)でならしているところ。

〈神の河〉や〈SLEEPY OWL〉が眠る樽を生み出す、丹念な手作業

――樽が22,000本もあるんですか!! それぞれの個性に寄り添って補修をするのは、マニュアル通りにはいかない作業なんでしょうね。

祝迫 最初のうちはこんなに面白いんだ! と驚くことばかり。今はいろいろ知った分、当初より難しいなあと思う面も多いけれど、やっぱり楽しいです。道具などは木工職人としては少ない方でしょうが、それでもいろんな物を使いますし、材によっても重さや加工のしやすさの違いもある。フレンチオークは普通のオーク材より柔らかいので、作業工程がすこし違ったりして、日々発見があります。

貯蔵庫の方で中のお酒を抜いた後、割れやヒビなどのチェックをした樽がこの工房に回ってくる。そうしたら改めて私たちの方でチェックをして修理に入ります。

たとえば1枚側板を替えた方がいいと判断したとします。そうすると、新材からその側板のほぼ復元に近い作業をします。正確に寸法をとって、全く同じものをつくらないと、元の場所にはまりませんから(笑)。樽は腹の部分が膨らんだ微妙なアールがついているので、まっすぐな材をお湯につけ、機械でゆっくりとプレスして曲げます。私たちがやっている側板の入れ替え方は2種類あって、「鏡板(樽の両端の円形の板)」を外して取り替える方法と、両面とも鏡板を外さずに取り替える方法があります。さらに、側板と側板の間にはガマの葉を挟み込みます。ガマの葉はアルコールを吸うと膨張するので、自然のパッキンとして機能するんです。幾度もの熟成を経て材が古くなり、焼酎が熟成しづらくなっている場合は、樽の内側を削って、リチャーをすることもあります。

樽は割れたりヒビが入ってお酒が漏れ出したら元も子もありませんが、メンテナンスによって割れた古材が新材に入れ替わることで樽全体が活性化する。だから割れることにもメリットがあるのかなって思いますね。自分たちの作業のひとつひとつがお酒に関わっていると思うとすごくやりがいがあるんです。

リチャーの様子。火が消えるとスモーキーさと、木に染み込んだお酒の香りが混ざったなんとも言えないいい香り。

焼酎蔵が樽職人を抱えるメリットと可能性

――全く想像もしなかった作業ばかり……。新樽をつくるのとはまるで違う工程や工夫の連続ですね。祝迫さんがいちばん好きな作業ってどんなものですか?

祝迫 「正直をつく」作業は難しくて、そして好きです。樽には40枚前後の側板があります。側板と側板が接する面を「正直面」と呼ぶのですが、樽は円筒形ですから側板の側面もそれぞれ少しずつ角度がついている。その面を正確に削り出さないと側板と側板の間に隙間ができてしまってお酒がもれる。正確な作業が必要です。

「正直」をつく道具。樽のサイズに合わせて違う定規がある。
側板の微妙な角度をこの道具で計って材を削り出していく。

――こうやって祝迫さんたちが大切に修理を重ねている樽で、〈神の河〉や〈SLEEPY OWL〉など、薩摩酒造の樽貯蔵の銘柄が眠っているんですね。焼酎の蔵元が樽職人を抱えているからこその面白みや強みはどんなところだと思いますか?

祝迫 ウチのように万本単位で樽を抱えていると、樽の割れやヒビがいつ起きてもおかしくない。それにすぐに対応できることは、おそらくコスト面でもプラスになります。かつ、実験がしやすいのも面白いところではないかと思います。蔵に入って5年ほどが過ぎ、最近製造の人間からも少しずつ認められてきたのか、いろんなことを頼まれるようになったんです(笑)。たとえば、現在多いアメリカンホワイトオークだけではなく、フレンチオークやスパニッシュオークなどを使って小さな樽を一からつくり、そこに原酒を寝かせたり。いろいろ自由につくらせてもらっているので、今、とても楽しいです。

うまい焼酎を生む樽を、オールハンドメイドでつくりあげる日まで

――樽職人に必要なものとは何でしょうか。そしてこれから、焼酎の樽職人としてどういうところを目指していきたいですか?

祝迫 木を触ったり削ったりが楽しい、好きになれるかどうかは大前提ですが、結局のところ根性は必要な職場かもしれません。親方からも、きついし、汚いし、危険な3Kの職場だと言われました。確かにそうですが、樽をつくること、メンテナンスすることにはそれを超える面白さがある。同じ木を使ってものづくりするのも面白いのでしょうが、樽の場合、自分でつくった樽でお酒を熟成させて、それを飲んでもらえるので、また違う喜びがあります。原酒をつくる仕込みの人間も同じように言うかもしれませんが(笑)、樽熟成のお酒の味は、樽に大きく左右されますから。お酒の味を決めるその大切なところに携われることは、やっぱりとても大きなやりがいです。

これから目指すのは……、そうですね、親方を超えたいという気持ちはもちろんあります。海外の製樽メーカーなどでは、時間をかけずに機械で樽をつくるのが一般的なところは少なくありません。僕らは一枚ずつ「正直」面をついて、削って……と側板を一枚ずつつくるところを、削り出す機械に材をぎゅいーんと押し込んで、10秒もかからずに完成。それを組み立てれば樽になっちゃうんです。それと戦える究極はハンドメイドだと思います。まだまだ及ばないですけれど、小さな樽をいちからつくったりして、親方に追いつけるように修行中。自分の価値観の生きた、おいしい焼酎に熟成させてくれる樽をいつか自分の手から生みたいです。

工房横の事務所にあったブレンドテスト用の原酒。吸光度規制もあり、このままの色では本格焼酎として商品化できないものばかりだが、とてもおいしいものもあるそう……。
右は社会人3年めの志戸祐成さん。「彼に教えることで、自分が学んだことも多いです」と祝迫さん。

○プロフィール
Tomohiro Iwaizako
いわいざこ ともひろ/薩摩酒造樽職人。2016年入社し、樽職人に。いちばん好きな銘柄は薩摩酒造〈南之方〉。〈神の河〉はお湯割りにしてハチミツを入れた飲み方がおすすめだそう!

職人技の詰まった薩摩酒造の樽熟成焼酎を味わおう

〈神の河〉

焼酎の樽熟成を知る際に欠かせない〈神の河〉は、麦麹仕込みの本格麦焼酎をホワイトオーク樽で3年以上熟成。コンビニなどでも手に入りやすく、常備しておきたい銘柄。

〈SLEEPY OWL〉

単式蒸留による本格麦焼酎の原酒をホワイトオーク樽で12年間じっくり貯蔵・熟成した〈SLEEPY OWL〉。樽熟成ならではの色合いを残すため、食物繊維を加えて「リキュール」として発売している。

薩摩酒造
鹿児島県 枕崎市 立神本町26
WEB https://www.satsuma.co.jp
創業 1936年
蔵見学 「明治蔵」は見学可
ショップ あり

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