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新規参入だからこその視点で境界を超える。奥会津・只見の焼酎ベンチャー「ねっか」脇坂斉弘さん|NEXT焼酎人 #04

蔵元

新規参入だからこその視点で境界を超える。奥会津・只見の焼酎ベンチャー「ねっか」脇坂斉弘さん|NEXT焼酎人 #04

Text : Sawako Akune(SHOCHU NEXT)
Photo : GINGRICH

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福島の焼酎。そう聞くと意外な感じがするだろうか? 焼酎は九州だし、東北といえば日本酒。歴史や文化の刷り込みは根強い。私たちの多くにとって、それはほとんど常識だ。新潟県の県境に位置する、福島県南会津郡只見町。急峻な山々に囲まれた緑深いこの町に、2016年に立ち上がった焼酎蔵「ねっか」は、そんな従来の意識を塗り替える蔵のひとつだ。

「特産品しょうちゅう製造免許」を取得してスタートしたこの蔵は、地元が誇る米、それも自分たちで育てた米で本格焼酎をつくる。どの銘柄も高い吟醸香が特徴で、2022年には、フランスのKura Master、東京ウイスキー・スピリッツ・コンペティション(TWSC)の双方で、多くの“有名銘柄”と並んで金賞を受賞した。さらに2021年には輸出用清酒製造免許の交付第1号を取得して、日本酒の醸造にも乗り出して……と、順風満帆に歩みを続けている。業界の常識を覆し、誰も見たことのない未来を切り拓こうとするこの“焼酎ベンチャー”を率いる、脇坂斉弘(よしひろ)さんに話を聞く。

江戸末期に建てられた古民家をリノベーションした蔵。

美しい田んぼが広がる町の風景を守るために

−米どころ、日本酒どころとして知られる福島県。ところが「ねっか」は当初から焼酎づくりを手がけていることが何より意外でした。焼酎ベンチャーである「ねっか」の設立の経緯を教えてください。

脇坂斉弘 蔵の設立に至る前に、まずは只見の農業の話があります。只見町は東京23区より少し大きいくらいの面積で、人口は4,000人ほど。元々米農家の多いエリアですが、多くの地方の田舎町同様、農家の人も機械もどんどん年をとりつつありました。専門学校や大学がないために、若年人口は抜けていってしまうし……。それでいて農家の新規参入は、機械が高額なこともあり、とてもハードルが高いんですよ。そのために耕作放棄地が増えつつあった。

只見町にある水田は約400ヘクタール。耕作放棄地なども引き受け、ねっかは現在、70ヘクタールもの広大な水田を所有。役員で合わせると200ヘクタールあまりの水田を守る。

僕自身はもともと、隣町の南会津町にある花泉酒造で、15年ほど日本酒づくりに携わっていた人間です。当時から地元の米で地元の酒=地酒をつくっていきたいという気持ちが強くありました。只見の農家さんたちと折に触れて話をするなかで、只見の米で、只見の酒をつくろうという話が本格化していったんです。

僕らの誰もに「米を食べるだけでは田んぼの美しい景観は守り切れない。お酒に使う米も手がけて、この田んぼを守りたい」という気持ちがあった。それならば町内に酒蔵が必要だ、と。

蔵を立ち上げたスタート地点は日本各所の地方が抱える農業人口の減少という社会課題だったんですね。

脇坂 そうなんです。とはいえ、清酒にせよ焼酎にせよ、新規免許は認められていません。他の酒蔵の免許を譲り受け、それを移転させる手もあるにはあるけれど、素人の集まりが思いつきでできるようなことではないですし……。そんなとき、仲間の農家の一人が「特産品しょうちゅう製造免許(外部リンク:国税庁「特産品しょうちゅう製造免許申請等の手引)」 を探し当ててくれたんです。

この免許は、「申請製造場の所在する地域で生産された特産品を主原料として、単式蒸留しょうちゅうを製造しようとする場合」の特例的製造免許です。米は只見町の特産品ですから、これをとればいける! と。いろいろの条件や障壁はあったもののなんとかクリアし、通常はこの免許をとるのには2~4年かかるとされるなか、半年でとることができました。

そうやって「合同会社ねっか」が設立したのが2016年7月。僕が代表社員となり、業務執行社員として、農家の仲間である三瓶清志、山内征久、馬場由人、目黒大輔の4人が参加してのスタートでした。

「自分が焼酎をつくるなんて思いもしなかった!」と愉快そうに笑う脇坂斉弘さん。ねっかはさらに輸出用の日本酒製造免許、スピリッツ免許、どぶろく免許も取得して、多様なお酒をつくりはじめた。
レギュラー酒の本格米焼酎「ねっか」

「特産品しょうちゅう製造免許」は、当初は1年ごとの更新で、3年目に年間生産量10klを超え、かつ黒字経営だと永久免許に移行する仕組み。「ねっか」は年間20klを超えて黒字を出し、2020年に永久免許を取得されましたね。免許を取得してはじめて焼酎づくりに挑んだことを考えると、これは純粋にすごい快挙だなあと思うんです。焼酎づくりに難しさはありませんでしたか?

脇坂 正直なところ、それまで焼酎を飲んだことはあまりありませんでした(笑)。日本酒づくりに携わっていましたから、もろみまでのイメージはあったけれど、その先は試行錯誤。蔵を始めるまでに、日本中にある米焼酎を片っ端から、ほとんど全部飲んだんじゃないかな。福島県内で焼酎を造っている蔵で研修も受けました。さらに免許取得の1ヶ月前あたりでしたか、いろんな伝手をたどって人吉の球磨焼酎の蔵元を見学させていただいたんです。いくつかの蔵を回り、それぞれの特徴や違いを学びました。そうして只見へ戻り、いざ自分たちはどういう焼酎をつくろうかという話になってまず決めたのは、おいしい米を潤沢に使った焼酎にしようということ。そして清酒のような香り高い焼酎をつくろうと。

当初、「蒸留酒なのだし、米にそこまでこだわる意味はない」という声はなくもなかった。でも清酒のような吟醸香を持った焼酎にはいい米が不可欠と信じて、工夫を重ねました。蒸留前の工程までは日本酒のつくりとほぼ同じ。麹は黄麹、酵母は現在は福島県技術支援センターと組んで開発した清酒用酵母で仕込んでいます。もろみの段階で吟醸香を十分に引き出すことで、蒸留しても香り高い焼酎になるんです。蔵を始めて以来、適宜データをとったり、外部と一緒に研究したりしながら、技術を更新しています。

拍子抜けするほど小ぶりの蒸留器。少量だからこそより低温で蒸留でき、求める香りが引き出せる。

製造現場を拝見して驚いたのは、作業場、そして蒸留器の小ささです。

脇坂 有志の熱意で立ち上げた蔵ですから、初期投資を圧縮したい思いがありました。蔵の建物は、住む人がいなくなって荒れ果てていた、江戸末期築の古民家をリノベーションしたもの。製造場があるのは元の農作業小屋、今いくつか樽を寝かせているのは元々の蔵ですね。スタート時は、知り合いの酒蔵が使わずにいるタンクなどを譲り受けたりもしました。蒸留器は400リットルですから、確かに通常の蔵からしたらとても小さい。

本格焼酎〈ねっか〉シリーズは減圧蒸留ですが、蒸留器が小さい分、真空がとても強くて、沸点30℃ほどで蒸留できるんですよ。それが豊かな吟醸香につながっている側面がありますね……。まあこれは狙っていたわけではなく、偶然ですけど(笑)。また、只見は豪雪地帯で、冬には2mほどの雪に覆われます。蒸留した気体が液体へと戻る熱交換がいいのもうれしい偶然です。

とはいえこの蒸留器、1回の蒸留でとれる焼酎は120リットルほど。歩留まりでいうとかなり悪いので、見学にいらした方から「これで採算がとれるのか?」なんて声もあります。うちの蔵がどこでカバーしているかというと、「お米を買わないこと」なんですよね。外から買わず、自分たちでお米をつくるから、原価を下げて製造ができている。そういう意味では、ほかの酒蔵さんでは真似のしようがないつくりだとも思います。

焼酎ベンチャーとしてスタートしてみて知った焼酎の可能性、魅力はどんな点ですか? 

脇坂 設立当初から樽熟成も始めていて、今7年目。まだまだ若いですが、これからこの味がどう変わっていくかわからないところは、焼酎ならではの面白さですね。それから常温で管理できる点、味が落ちない点も大きなメリットだと思います。

寝かせると付加価値が高まるということは、つまり次の世代につなげていくことができるということ。元々僕らの蔵は、美しい田んぼのある景色を次の世代に残したいという思いから始まりました。僕らはこの樽のお酒を飲めなくても、子どもたちにとっての宝になるかもしれない。それは蒸留酒だからこその価値ですよね。

2017年の春に正式に販売を始めた〈ねっか〉シリーズ。売上はもとより、国内外のコンペティションでBEAMS JAPANを始めとする企業とのコラボアイテムを発表するなど、以降の歩みは順調そのものに見えますね。

脇坂 ありがたいことに、初年度分は2017年の秋には完売してしまい、すぐに追加投資が必要になりしました。〈ねっか〉シリーズの香り高さを気に入ってくださる声は本当にうれしいですね。元々焼酎を飲んでいた福島の方が、地元産があるならそちらにしようと買ってくださることもあるようです。

コラボ商品は、ご縁あってのことですが、基本的にYESしか言わない僕の性格も作用しているかもしれません(笑)。海外のコンペにも積極的に出品してきたのは、最初から輸出に力を入れるつもりだったから。いずれにせよ新規参入なのだし、”従来のルート”に倣っても意味がないという気持ちは強いです

愛知県豊橋市のヤマサちくわとのコラボレーションによる1本。豪雪地帯である只見の雪の中に寝かせて熟成させた雪中貯蔵酒。
蔵の設立当初より海外での展開を視野に入れるねっかは、コンペへの出品にも意欲的。TWSC(東京ウィスキー&スピリッツコンペティション)2022では、〈ばがねっか〉が2度目の金賞、〈奥会津ねっか〉が初の金賞を受賞した。

−−−2021年5月には、さらに大きなニュースがありました。つくった日本酒を全量輸出することを条件にして、清酒免許を新規に認める「輸出用清酒製造免許」の第一号が脇坂さんたちの「合同会社ねっか」に認められました。清酒づくりのこと、そして「ねっか」のこれからの夢を教えてください。

脇坂 海外の展示会などに〈ねっか〉を持って行くと、もちろんその味を面白がってはくれるものの、必ず「SAKEはないの?」とも聞かれる。その度に知り合いの酒蔵さんを紹介していましたが、反面、忸怩たる思いもありました。この免許が取れたことで、自社商品として日本酒と焼酎をいっしょに紹介ができるようになったのはうれしいですね。僕らの日本酒を広めたいという思いはもちろん、“SAKEをきっかけに“Shochuを知ってくださる方が増えればという思いも強いです。

日本酒については、僕たちは国内では売らないので、日本人の嗜好ではなく、輸出先の国の人々に合わせた酒づくりに振り切っていますね。それがSAKEの輸出業者としては後発の僕らの強みだと思っていますから。第一弾で出荷した香港向けも、味わいの異なるサンプルをいくつもつくって、現地のバイヤーに決めてもらいました。味は僕らが決めるのではなくてお客さんが決める。そういう方針は、実は焼酎でも同じです。

これからの夢かあ……。たくさんあるのですけど、やっぱり始めに話したように、この田んぼを未来へつないでいくための活動を続けていきたいです。ご存知の通り、農業は、夏の間はいくらでも仕事があるけれど、農閑期は仕事がなくなってしまう。それが、町を出て行ってしまった若者たちを呼び戻すうえでの大きな課題でした。でも僕らねっかでは、自分たちで米をつくり、お酒をつくることで、冬の間にも仕事があるんです。通年雇用を生み出すことができた。この自然を、そこから生まれる味わいを楽しみ続けることのできる未来を、自分たちでつくっていけたらと思っています」

脇坂斉弘/Yoshihiro Wakisaka 福島県郡山市に生まれ育ち、大学卒業後は建築の道に。結婚を機に南会津に移住し、酒蔵「花泉」で酒づくりに携わる。2016年只見の米農家仲間とともに酒蔵を立ち上げる。「ねっか」は福島の方言「ねっかさすけねえ(全然大丈夫の意)」に由来。

合同会社ねっか
住所:福島県只見町大字梁取字沖998
TEL: 0241-72-8872
SHOP あり
https://nekka.jp

ねっかの焼酎を飲むなら、まずはここから!

米焼酎 ねっか
原材料 米・米麹(只見町産米)
蒸留 減圧
使用酵母 福島県産酵母
アルコール 25度

「ねっか」のお酒をタイに輸出⁈
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