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瓶内熟成焼酎を求めて。「鶏 やすだ」| 熟成焼酎が飲める店 #01

飲める店・買える店

瓶内熟成焼酎を求めて。「鶏 やすだ」| 熟成焼酎が飲める店 #01

Text & Photo : SHOCHU NEXT

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“瓶熟(びんじゅく)”という言葉を聞いたことがあるだろうか? 焼酎が熟成されるのは樽や甕、タンクの中だけではない。瓶詰めされて、世に出回ったあとも瓶の中でゆっくり熟成は進む。これが“瓶熟”こと瓶内熟成で、焼酎通の間でも「瓶の中では熟成は進まない」、「いや、なんなら瓶の中がいちばん進む」と論議の的。そもそも飲食店などで瓶熟をうたう焼酎に出会う機会は滅多にないし、自宅で何年もかけて寝かせて飲み比べるほどの粋狂さも持ち合わせていないから、はっきりと確かめる術も見当たらない。「実際どうなのだろう?」と何かにつけ思っていたところへ、瓶熟焼酎を揃える焼き鳥店が都内にあると聞きつけた。“瓶熟”の真価を確かめるなら、まずは飲むべし。さっそく荻窪へと向かった。


飲めばわかる。飲まなきゃわからない“瓶熟”の真実。

JR荻窪駅南口から線路沿いに歩いて5分ほど。ひっそりと静かな佇まいで「鶏 やすだ」はある。もくもくと煙の立ちのぼる炭場を囲む、カウンター8席の小ぶりな店。ぐるりと見渡す棚に焼酎がずらりと並ぶ。50種類ほどという焼酎のうち約半分が、店主・安田忠和さんのもとでじっくりと瓶内熟成された“瓶熟焼酎”だ。

時間もかかれば場所もとる。瓶内熟成を行うのは、飲食店にしてみればなかなか手間のかかるプロセスだが、「だっておいしくなるからね」と安田さんは話す。

「焼酎も、ウイスキーと同じ蒸留酒なのだから、寝かせたほうがおいしいと思っています。本当は蔵元の甕や樽で寝かせたほうが熟成のスピードも早いはず。でも10年以上熟成された焼酎に出会う機会がなかなかなかった。それならいっそ自分が好きな焼酎を寝かせてみようと始めたんです。遊びのつもりが、気づけば数十種類の焼酎を瓶内熟成させていますね」

店主の安田忠和さん。焼酎だけではなく、日本酒やワインもドンと来い!な生粋のお酒好き。

気になるのはその味わいだが「口で言って伝わるもんじゃない。ひとまず飲んで」と安田さん。すっと出てきたのは、瓶内熟成の年数が異なる四ッ谷酒造の〈兼八〉だ。熟成1年ほどの若いものはアルコール感がまだ強くキリッとキレがいい。一方で7年熟成したものは、角がとれてまろやか。ストレートなのに、まるで前割り焼酎のような優しい口当たりだ(!)。明らかな違いに思わず「本当に同じ焼酎なんですか!?」と声をあげてしまう。もちろん、銘柄が違えば、熟成の具合も違うと安田さんは話す。

「加水した本格焼酎か原酒か、度数や酒質によっても熟成の具合はがらりと変わります。度数25%の本格焼酎は10年くらい瓶熟させると頭打ちがくる気がしていますね。それ以上寝かせてもあまり味に変化がない。かたや、30度を超える原酒は10年寝かせてもまだまだ熟成しそうな気配です。これがアルコール度数によるものなのか、はたまた別の理由なのか……謎の部分が多く、どんな味になるのか飲むまでわからないワクワク感も瓶内熟成の魅力です」

瓶内熟成された〈兼八〉の2013年もの(左)と2019年もの(右)。
外見は全く同じなのに、味わいの差は歴然。

瓶熟焼酎は、一期一会。

「鶏 やすだ」では焼酎のみならず、日本酒やワインも豊富に揃う。ドリンクメニューのカテゴリーに「熟成焼酎」があるのは、すべての焼酎好きにとってたまらないポイントだ。銘柄ごとに瓶熟をはじめた年が書かれ、まるでワインリストのようなこのメニュー。原料や麹、蒸留方法まで丁寧に書き添えられている。なかには、六調子酒造の〈太古一尊〉や、富田酒造場の〈宝もん〉など長期貯蔵酒をさらに瓶熟したものも見つかる。銘柄ごとに1年に1本しか仕入れないため、なくなり次第終了。1本1本が貴重な熟成焼酎だ。

瓶熟のメニュー(上)と、安田さんが大事に瓶熟させている秘蔵っ子の焼酎たち(下)

安田さんが「鶏 やすだ」をひらいたのは2017年。その以前は青山で焼鳥店を営み、その当時に仕入れた焼酎も残っているという。となれば“瓶熟”の先達である安田さん、一番古いものはと聞いてみると、出してくれたのが、岩倉酒造の〈なに見てござる〉だ。

「蔵元で47年甕熟成されたものを、7年間うちで瓶熟しています。こんなに古い焼酎なのに、じつはまだ酒屋でも手に入る。世に出回らなくなるまで寝かせる予定なので、メニューにものせていません。その時が来るまでお客さんに待ってもらえたらいいな(笑)」

合計で54年熟成!メニューにのる時には、一体何年熟成になっているのだろう。

岩倉酒造の〈なに見てござる〉。凛としたたたずまいはまさに大古酒だ。

じわりと広がる熟成焼酎の味わい。

料理の方ももちろん、酒が進むものばかり。50種類ほどある串焼きは個性豊かで、プリプリした食感がたまらないちょうちん、ふわふわのつくね、外はサクッ、中はとろりと半熟の、殻まで食べられるうずらの卵……と、珍しい串も少なくない。合わせる焼酎は「だんだん味を濃くしていくといい」と安田さん。2杯、3杯と飲み進めても、焼酎の味わいがはっきりと感じられる。水割り、お湯割り、ロック……。いろんな飲み方を許容してくれるのも焼き鳥のよさだ。

焼き物は8本(2,400円)と11本(3,000円)の2コース。どちらのコースも安田さんのおまかせ。

鶏は自らさばくという安田さん。語る間も手は止めず、淡々と作業を続けながら、熟成焼酎についての思いを話してくれた。

「うちのお客さんでも、熟成焼酎だけを飲む方はいないのが現実。でも熟成焼酎はこれからまだまだ広まるはずです。それには、やっぱり蔵元が積極的に熟成に取り組むことが必要だし、そう願いますね。店での“瓶熟”は、時間も数も限られてしまいますから。熟成焼酎は、気軽に飲む酒というより、ゆっくり味わってもらいたい酒。どの飲食店にいっても『熟成焼酎』とメニューにあるのが普通になるといいですね」

瓶内熟成焼酎の賛否については、「味の違いは誰でもきっとわかるはず。飲んで感じて」が安田さんの回答。あなたの回答はいかに。刻々と変わる瓶熟焼酎と焼き鳥を堪能しに、出かけてみてはどうだろう。

鶏 やすだ
住所:東京都杉並区荻窪4丁目33−2
営業時間:18:00~23:30(L.O)22:30
定休日:日・祝日の月

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