ミクソロジスト・南雲主于三さんと巡る南九州・蔵元の旅。3軒めの訪問先は「寿福酒造場」です。焼酎業界全体が減圧蒸留のすっきりタイプに流れたときにも、脇目もふらず、原料の味がどっしりと出る常圧蒸留にこだわってきたこちらの蔵。クリアな液体だけど口に含むと米らしいふくよかな甘みがあり、それでいてキレもよい〈武者返し〉が知られますが、実は〈武者返し〉を含む全銘柄が2年半ほどの熟成期間を経ています。あの甘みとうま味を生み出す焼酎づくりの過程とは……? 蔵を訪ねてその現場を見せていただきました。
全国各地に熱心なファンを持つ寿福酒造場の〈武者返し〉
南雲さんと私たちが取材に訪れたその日は、「寿福酒造場」にとってちょっと変わった一日であったよう。とにかく朝から電話が鳴りっぱなしなのだ! ちょうど前日に、NHKの長寿番組『鶴瓶の家族に乾杯!』に出演したそうで、全国の客先や友人・知人から、出演した社長の寿福絹子さんに「あんた見たよ~!」の電話が鳴り止まないのである。
実は2012年に収録された回の再放送と新たな収録分を合わせた放送だったというが、再放送のきっかけとなったのが、人吉の豪雨災害。災害のその後を尋ねる回だったそう。
球磨焼酎の蔵元「寿福酒造場」があるのは、熊本県人吉市。2020年7月に人吉・球磨地方を襲った集中豪雨で、球磨川は大規模に氾濫した。あふれ出た濁流が流域の街や集落に流れ込み、建物の床下・床上浸水や決壊が相次いだのはもとより、多くの犠牲者も出した。27を数える球磨焼酎の蔵元も例外ではなく、甚大な被害を受けて操業停止を余儀なくされた蔵もある。
蔵のすぐ裏手に球磨川へ注ぎ込む支流がある「寿福酒造場」も、実は大きな被害を被った。社長の寿福絹子さんと現在杜氏を務める吉松良太さん親子の自宅はともに床上浸水。蔵の被害も少なくなかったが、幸いにして仕込蔵は無事。全国から寿福酒造場に心を寄せる人たちがボランティアに駆けつけてくれたことで、復旧に向かって立ち上がることができたと絹子さんは振り返る。
「こうして電話でご注文くださる方もいらっしゃるし、全国の各地から励ましをいただいて。コロナウイルスの感染拡大で自分たちも大変だろうに、飲食店さんからもずいぶん元気づけてもらいました。ありがたいですよ」
1890年創業、現在は4代目の絹子さんと、息子の吉松良太さんを中心とした家族経営、そして全行程手づくりの「寿福酒造場」。決して大きな蔵ではないし、看板銘柄である米焼酎の〈武者返し〉と麦焼酎の〈寿福絹子〉以外には、銘柄数だってそう多くない。でも熱烈で優しいファンたちが全国各地にいる。彼らのつくる焼酎のように深く濃く、とことんに愛される蔵なのだ。
女性杜氏が守り抜いてきた常圧蒸留の力強い味
南雲さんにとって、〈武者返し〉はとても親しみのある銘柄。
「バーでも長いこと使わせていただいているんですよ。お湯割りもストレートもおいしいけれど、米のこっくりとしたうま味が出て味のボディがしっかりしているのでカクテルにも使いやすい。すごく好きなんですよね」
こっくりとした味わいは、常圧蒸留にこだわってきたからこそ。
「以前の焼酎ブームで減圧蒸留のすっきりしたタイプの焼酎が流行ったとき、球磨焼酎の蔵元も多くが減圧蒸留を始めたんだけど、ウチは頑なに常圧を守ってたのよね。つぶれそうでしたよ、誰も買わんのやもん(笑)!」
わっはっはと笑いながら絹子さんはそう話すけど、実は並大抵のことではなかったそう。25歳のときに家業に入った絹子さん。父を支えて蔵を切り盛りし、杜氏も務めながら良太さんたち子どもを女手ひとつで育てたここまでの人生は「まあ波乱万丈かねえ」と振り返る。
「40年以上も前のことで、女性杜氏はいませんでしたから。女には焼酎はつくれんってずいぶん叩かれましたよ。悪口を言われても、常圧の焼酎が売れなくても負けん気で頑張ってきた。夫と別居して貧乏暮らしで、子どもたちには辛い思いも寂しい思いもさせて……。そんな話をすると子育てとお酒づくりとどっちが大事? なんて質問をされる方がいるけど、そりゃもちろん子どもたい! 子育てもできん者につくれる酒はない。だから子どもが全員、貧乏ながらによく育ってくれてうれしいですよね」
骨太で、一度飲むと忘れられないインパクトのある〈武者返し〉をつくり、守ってきたのは、なるほどこういう女性なのかと納得がいく。ひたむきで、おおらかで、強い。この人そのものみたいな焼酎だ。
伝統の味を引き継いで、進化させる
現在、70歳を超えた絹子さん。「気力はあっても体力はもうない(笑)!」と、つくりの第一線は退き、今では息子の良太さんが杜氏として焼酎づくりを率いている。
南雲さんが話す。
「常圧蒸留に加えて寿福さんのお酒の味の大きな要素となっているのが、手作業による麹づくり。蒸し暑い麹室で麹をつくるのは大変な重労働。良太さんは上半身裸で作業されるんですよね! でもああやって手作業でつくるからこその味だと思う」
その言葉を受けて「麹づくりが味の8割以上を占めていると言ってもいいかもしれません」と良太さんも話す。
「もろみをつくって、蒸留して、熟成して……と、焼酎づくりにはいくつもの工程があるけれど、麹はそれらすべての根幹なんです。そこを失敗しちゃうと挽回ができない。あとは、蔵の清潔さも大切です。焼酎づくりは、製麹も発酵の過程も、蔵にいる微生物にとてもお世話になる。古い蔵だけど清潔な空間で気持ちよく、焼酎をつくる手助けをしてもらいたいんです」
良太さんは、蒸留が終わると毎日、蒸留器の小さな窓から体ごと中に入って隅々まで磨き上げるのだそう。寿福の蒸留器は、蔵の中で新品のようにピカピカに輝く。
「常圧蒸留は高温で沸騰させてアルコール抽出をします。蒸留が終わると釜の内側にもろみがへばりついて焦げつき、段々と汚れてくるんです。それはそれで香ばしさにつながるとも言えるんですが、焦げはどこかで必ず雑味につながる。コントロールできない要素になってしまうからいやなんですよね。僕はやっぱり、米焼酎の本質は“きれいさ”だと思う。スルッとストレスなく入っていくお酒であるべきだと」
良太さんがつくりの現場を引き継いだことで、〈武者返し〉の味にも変化があったそう。絹子さんが話す。
「良太は毎日蒸留器を掃除するけど、私のときは週に1回くらい。そんな毎日しないでいいたい! と言ってたんだけど(笑)。でもある時お客さんに『最近の〈武者返し〉はスッキリと雑味がなくなってきた』って言われたんですよ。ああ、あの掃除がよかったんだ、って思いました。良太は私よりもずっと杜氏向き。期待しています」
2年半程度の熟成を経て完成する「寿福」の味
〈武者返し〉を始め、寿福酒造場の銘柄は、最低でも2〜2年半熟成してから瓶詰めされる。熟成はホーロータンクと和甕。小ぶりの和甕の多くは、作業場の横の小上がりのようなスペースにずらりと並べられている。良太さんが話す。
「ここには、30リットル入りの和甕が100個程度あるでしょうか。米を中心に麦焼酎も少し。すべて原酒で貯蔵しています。10年間、和甕で寝かせた米焼酎が“黒武者”と言われる〈武者返し 古酒25度〉になる。レギュラーの〈武者返し〉はホーロータンク熟成ですね」
同じ原酒でも、和甕で寝かせるものとホーロータンクで寝かせるものは、仕上がりの味わいは相当変わってくるそう。
「ホーロータンクの場合は、焼酎の力だけでおいしくなっていく。非常にピュアでしっとりした味わいになっていきますね。一方で甕は、それ自体が呼吸もしているし、酸化もする。ホーロータンクのものもすごく甘みが出るんだけど、甕はまた格別の甘みです。上質な黒糖を感じるような香りや甘さが乗ってきます」
常圧蒸留のふくよかな味わいは守りながら、母から息子へと杜氏のバトンが渡って確実に進化もしている「寿福酒造場」の味。先代が、後進についてここまで気持ちよく「自分よりずっといい杜氏になる」と言い切るのも、なかなか珍しいのではないか。率直でウソのない人たちがつくるお酒。これからも大切なものを失うことなく、どんどんと進化を続けていくのだろう。
「寿福」の常圧蒸留の味を知りたい!
常圧蒸留は、原料の特性がしっかりと出た、どっしりふくよかな味わいが最大の特長。蔵ごとの個性がかなりくっきりと出るので、個性的なクラフトビールやナチュールワインが好きな人にもぴったりの味わいだ。
寿福の味を知るならまずは看板銘柄〈武者返し〉を。良太さんのお薦めは、「原酒ならまずはストレート! 25度は熱燗とお湯割りと、燗ロックで。温めてこそ米焼酎の真骨頂が出ると思います。温めると全く甘みが違うんですよ。常圧蒸留だからこそ残っているお米の油分が溶け出して、お米由来の芳醇な甘みが出てきます」
麦麹で仕込む麦焼酎の〈寿福絹子〉は、麦の香ばしさと、後から追いかけてくる甘さが楽しめる。
武者返し |
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貯蔵 2年以上(ホーロータンク) 度数 25度 原材料 米・米麹・水 蒸留 常圧 |
寿福絹子 |
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貯蔵 2年以上(ホーロータンク) 度数 25度 原材料 麦・麦麹 蒸留 常圧 |
寿福酒造場 |
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