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【後編】SHOCHUはこれからどこへ進むのか。杉山真さん(前・国税庁酒税課長)との対話

インタビュー

【後編】SHOCHUはこれからどこへ進むのか。杉山真さん(前・国税庁酒税課長)との対話

Text : Sawako Akune (SHOCHU NEXT)
Photo : GINGRICH (SHOCHU NEXT)

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多くの本格焼酎・泡盛の蔵元が海外に目を向け、輸出増大に挑んでいる現在。焼酎・泡盛はこれからどこへ向かっていくのでしょうか。「スピリッツ類」の色規制が撤廃されることが本格焼酎・泡盛の業界に与える影響とは、注目の蔵元は……? 前・国税庁酒税課長の杉山真さんと、「SHOCHU NEXT」編集長の中山大希による対談はさらに白熱の様子を見せました。(こちらの記事は後編です。前編はこちら→

焼酎をめぐるいくつもの議論はどこへ向かうのか

中山大希(SHOCHU NEXT編集長) 「スピリッツ」の着色度については、これまで0.19以下の制限がありました。令和4年度の税制改正によって、この制約が将来的になくなることが決定しています。たとえば従来から“スピリッツ”だったクラフトジンなどにとっては、着色を気にしなくてよくなりますから、明らかにバリエーションは増える。ただし色のついた焼酎・泡盛を認めてほしいという思いだった蔵元にとっては、必ずしも望ましい改正ではないでしょうね。

杉山真 私が国税庁にいる間に、制度的な話としてさまざまな関係者の方から言われたことが3つあります。ひとつは中山さんのおっしゃる色規制の話。ふたつめがアルコール度数の話。3つめは、焼酎がアメリカでウイスキーになっているという話です。どれもとても悩ましい話としてお聞きしていました。

まず色規制については、私の個人的な感覚では、国税庁自身には強いこだわりはなかったと思うというのは先ほど申しあげた通りです。当時も各方面からこの話は出ていましたから、かなり検討を重ねました。さまざまなご意見をお持ちの事業者の方々からお話を聞いたり、業界団体にいくつか選択肢をご提示したりしました。

業界内の声で大きかったもののひとつは、「焼酎とは何か」という話。本格焼酎・泡盛は、原材料由来の味わいや香りに特徴や魅力があり、それが本質であるというご意見です。であるからして樽熟成して色がついたものは焼酎ではないと。しかし一方で、樽熟成によって新たな価値を生み出していくことを、今の規制は阻害しているというご意見もありました。

ほかに、仮に本格焼酎・泡盛の色規制が撤廃されたとする。その際に中小酒蔵向けの酒税の軽減税率(*10)は維持できるのか? を心配される声もかなりありました。さらには、色規制の撤廃が本格焼酎・泡盛業界全体に与える影響について測りかねるという声もありました。

そんないろいろなご意見があって、色規制の話は何十年も動かない話だったようです。私が業界の皆さんに議論を投げかけた際に、この議論自体が時期尚早だとおっしゃる方もいました。「いつまでも時期尚早というわけにはいかないのではないか」というようなことも申しあげましたね。

結局、私の在任中に議論をまとめることはできませんでしたが、その後さまざまな議論や関係者のご尽力があった末、今回のような改正になったのだと思います。

-ポイント解説(10)
 “酒税の軽減措置”
租税特別措置法第87条のこと。前年度の課税移出数量が1,300kl以下の酒類製造者は、焼酎の場合、200klまで酒税が10%または20%軽減される。この移出数量は大半の蔵元が該当し、特に中小の競争性を担保する措置ともいえる。1989年の期限つきの成立以来、期限を延長しながら措置が続いている。
国税庁発表の資料→

中山 今回の改正では、熟成によって色のついた本格焼酎の銘柄が、そのままでは出荷できないことには変わりはありません。そのことは、僕は個人的にはやっぱりすこし残念です。

杉山 在任当時に私が強く感じたのは、色規制に適応するために蔵元の皆さんが行ってきた、濾過して色を薄めたり、加水やブレンドして薄めたり、あるいは色を保持するために味に影響のない食物繊維を微量入れて「スピリッツ」や「リキュール」としたりといったことに、合理性があるのかということ。それらの工夫が商品の付加価値を高めるためであればいいのですが、そうではなく単に規制のためにそうなっているのであれば、なんとかならないかと。
また、色規制を回避するために本格焼酎・泡盛の蔵元がウイスキーに移行していくと、将来的に業界の空洞化を招くのではないかということも思いました。

他方で、「焼酎ではない」という強い意見も尊重すべきものでした。やや神学論争的にも思えますが、ほかのお酒でも、たとえば「ワインとは何か」「ビールとは何か」というのはとても重要です。日本はワインの定義が広く、いちごを醸造しても「ワイン」を名乗れますが、フランスではあり得ない。ビールもたとえばドイツならば、原料は麦芽とホップ以外を絶対許しませんが、ベルギーではさくらんぼが入っていてもいい。日本酒でもアル添や糖類・酸味料などの添加についてどう考えるか、さまざまな議論があります。こういう議論はとても重要なので、「それは焼酎じゃない」という意見も、行政としてはしっかり受け止める必要があります。

一方には樽熟成の焼酎について「これは焼酎ではない」という人がいて、他方には食物繊維を入れる不合理はやめたいという人がいる。そこでこれは私というより、関係の方からの示唆でもありましたが、「樽熟成は焼酎ではないということなら、“焼酎”ではない別の品目で出せばいいのでは?」と。本格焼酎・泡盛を樽熟成してある程度色のついたものについては、酒税法上、“焼酎”ではなく“スピリッツ”に分類する。スピリッツの税率はウイスキーと同じです。そのうえでスピリッツの色規制を撤廃する。そうなれば、食物繊維の添加は不要となります。樽熟成していない本格焼酎・泡盛の税率にも別に関係ありません。折衷案といったところです。当時そういった案もお話ししたりしましたが、その後には結びつかなかったようです。

中山 その折衷案では、蔵元からすれば“本格焼酎”の名前を捨てて出さないとならないですからね……。素材の味わいがより生きた単式蒸留の「本格焼酎であること」は、お酒にとっての付加価値なのに、色つきだからと“スピリッツ”の枠組みになったら、それを名乗れないと。でも海外バイヤーや世界の消費者目線で言えば、裏ラベルが「本格焼酎」かどうかは、今までのところ肝要なことではないという言い方もできます。

杉山 私自身は、酒税法上の分類が“スピリッツ”となるとしても、原材料が本格焼酎であることは確かですから、本格焼酎由来などとは説明できるし、原材料の欄に本格焼酎と書けばよいのではと思っていました。裏ラベルの酒税法上の「品目」の欄が“スピリッツ”になるというだけの話ではあるんですけどね。焼酎由来のスピリッツという意味で「焼酎スピリッツ」といった呼び方もあり得るかもしれません。「焼酎とは何か」という議論がなかなかまとまらない以上、脱色したり食物繊維を入れないと出荷できないような現状を、100点満点でなくても、少しでもいい方向に変えられればという思いがありました。

中山 とても合理的なアイデアだと僕は思いますけどね……。実際には、改正した新しい決まりの下で動き始めたら、「これいけるじゃん」という意見も出てくると思うんです。たとえばウイスキーの場合、今のトレンドは「ノンカラメル、ノンチル(カラメル無添加・無濾過)」で、ここに対して付加価値がついている。本格焼酎・泡盛にとっても、裏ラベルの品目が何と書かれているかより、添加物がないこと、色を濾過しないことという本質的なことの方が、世界にも通用するキーワードになると思います。

杉山 ほかにも輸出用に限定して色規制を撤廃できないかというお話もいただきました。輸出であれば酒税は関係ありませんので。ただ、これも「焼酎とは何か」という議論を乗り越えられませんでしたし、私個人としても日本酒での経験から(笑)、あまり気が進みませんでした。

焼酎とは何なのか? それは伝統か、因習か

杉山 私ね、ひとつ不思議だったことがあるんですよ。本格焼酎の原料ってとても多様ですよね?

中山 主要原料のほかに49種類の原料(*11)がありますね。

杉山 あれを見ていると、実にさまざまなものが本格焼酎の副原料になっている。

-ポイント解説(11)
 “本格焼酎の原料”
「本格焼酎」を名乗るためには、「穀類(米、麦など)」「芋類」「清酒粕」「黒糖」以外は、以下の49品以外の原料は使用できないことが酒税法で定められている。
あしたば/あずき/あまちゃづる/アロエ/ウーロン茶/梅の種/えのきたけ/おたねにんじん/かぼちゃ/牛乳/ぎんなん/くず粉/くまざさ/くり/グリーンピース/こならの実/ごま/こんぶ/サフラン/サボテン/しいたけ/しそ/大根/脱脂粉乳/たまねぎ/つのまた/つるつる/とちのきの実/トマト/なつめやしの実/ にんじん/ねぎ/のり/ピーマン/ひしの実/ひまわりの種/ふきのとう/べにばな/ホエイパウダー/ほていあおい/またたび/抹茶/まてばしいの実/ゆりね/よもぎ/落花生/緑茶/れんこん/わかめ

●麦芽などの発芽させた穀類(ウイスキーと区別するため)、果実(ブランデーと区別するため)、含糖物質(ラムと区別するため。例外的に鹿児島県奄美群島内で製造される黒糖焼酎は、米麹の併用で製造が認められている)は原料として認められていない。

中山 最近は、緑茶とサツマイモを使った〈知覧Tea酎〉(鹿児島県・知覧醸造)という銘柄が国内外で人気です。緑茶も原料として認められていますから、あの銘柄は本格焼酎なんですよね。

杉山 「焼酎は原材料の多様性が魅力です」と誰もがおっしゃる一方で、なぜ着色についてだけここまで反対意見が強いのでしょうね? 伝統を重視して色がついたものが違うと言うならば、一般の消費者から見ると、49種のなかには伝統的とは言いづらい副原料もある。こうした副原料はよくて、樽の色がつくのはダメだという議論は、消費者目線ではちょっとわかりづらいですよね。

中山 実際、麦・米・芋・黒糖とどんな焼酎であっても、完全に無濾過だと浮遊物で濁って白っぽくなりますね。だから、無色透明じゃないといけないという議論は不毛だと思います。

年始の業界紙に掲載された光量規制にまつわる記事で、インタビューに答えた業界の方が、焼酎をアピールしていく際に「色をつける」(*カギ括弧は編集部)ことには反対だというコメントを寄せているのを読みました。僕は「色をつける」という表現が違うと思います。あの色は自然についたもの、「ありのまま」のものです。

いずれにせよ、今回のスピリッツの色規制の撤廃によって、僕は少しは風向きがよい方向へ変わると思っています。ジャパンメイドのラムにせよ、ジンにせよ、今後は樽熟成をした琥珀色のものがきっと出てくる。そういうものはやっぱり海外で売れると思います。僕ら輸出者も、そういうお酒へのマーケットが必ずあると思いますから。その状況が焼酎にもうまく派生していくことを期待しています。ただしそれで、本格焼酎としての色の議論が忘れられてしまうとしたら、ちょっと寂しいですね。

杉山 いずれにせよ、食物繊維を入れたり、脱色したりといったことを商品設計に強いるのであれば、必ずしも望ましいことではないと思います。さまざまな意見がある中では、 “ベスト”ではないにせよ、“ベター”になる道を探していくということもあっていいのではないでしょうか。

中山 行政の立場を踏まえた上での、とてもありがたい歩み寄りだったと思います。

規制を逆手に取る人たちの登場

杉山 他方でスピリッツの色規制が撤廃されることによって期待ができることも多いのではないかと思っています。法規制としては全く別の話ですが、日本酒にも似たような話がある。日本酒や焼酎は「需給調整」といって、法律上、需給の均衡を維持するために、当局が新規製造免許を交付しないことができます。ビール、ワイン、ウイスキーなどは需給調整せずに製造免許を交付していますが、日本酒については長らく新規交付を行っていません。

そこで、この規制をむしろ逆手にとる人たちが現れました。たとえば「WAKAZE」(*12)。米と米麹のみでつくる酒は「日本酒」で、副原料を入れると「その他の醸造酒」になる。「その他の醸造酒」には需給調整はないので、「WAKAZE」は「その他の醸造酒免許」を取得しました。米と米麹のほか、副原料に柑橘やハーブなどを入れる。彼らが開拓者となり、いまでは「その他の醸造酒」に新たな作り手が続々参入して、「クラフトSAKE」という新しいジャンルが確立しました。どぶろく中心のイメージだった「その他の醸造酒」を「クラフトSAKE」としてブランディングして浸透させたのはすごいですね

こうした「クラフトSAKE」のイノベーションを見ていると、樽熟成の本格焼酎・泡盛に食物繊維を入れてスピリッツやリキュールにして、という以上の可能性もあるのではないでしょうか? 「クラフトSAKE」は、日本酒の技術的基盤を持つ若い人たちが規制を逆手に取る形でつくった、新しいマーケットです。

本来“クラフト”とは地酒のフィールドのはずです。ところが地酒が規制や慣習にとどまっている間に、“クラフト”という土俵が若い人たちのものになった。“スピリッツ”という酒類においても、本格焼酎・泡盛の規制を逆手に取る形で新しい商品やマーケットが生まれると楽しいと思います。クラフトジンだけではないクラフトスピリッツ。そういうイノベーションは、焼酎ベンチャーにも期待したいです。

ポイント解説(12)-
 “WAKAZE”
「日本酒を世界酒にする」ことを掲げたスタートアップとして、2016年の創業。当初は「委託醸造」という形で自社商品の開発・販売を行ってきたが、18年「その他醸造酒」の製造免許を取得。東京・三軒茶屋にて自社どぶろく醸造所と併設飲食店をオープン。19年にはパリ近郊に酒蔵を構えて世界進出を果たした。〈WAKAZE 〉 HP→

中山 それはおっしゃる通りかもしれませんね。しがらみがなく、怖いもの知らずで。ある種の切り替えの良さが求められていますよね。結果的に焼酎の話に持っていくために、まず一口飲んでもらう。入り口をどう作るかだと思います。

杉山 ええ、ですから今回の規制の見直しが、今後の新しい商品開発のきっかけになれば楽しいですね。そうしたイノベーションが、「焼酎とは何か」とか、樽熟成の議論にまたフィードバックされていくかもしれませんね。

度数制限、他国での焼酎の分類のありかた

杉山 先ほど申しあげた、在任中に聞いた話のもうひとつ、度数について。酒税法で本格焼酎・泡盛のアルコール度数は45度以下と定められていますが、「45度にどんな合理性があるのか」となじられることがありました(笑)。本格焼酎・泡盛のアルコール度数が45度を超えると「原料用アルコール」と表示しなくてはならない。それはちょっとおかしいだろうというご意見は個人的には理解できました。
泡盛の方々からはそれを見直してほしいというご要望があり、45度を超えても泡盛と表示できるようになりました。そこで泡盛以外の本格焼酎の方はどうですか? という投げかけもしましたが、あまり話題にならなかったようです。

中山 泡盛が例外的で、従来の本格焼酎は原酒でも45度以下のものが大半。だから既存のものをつくり続けていく限り、度数の枠組みを外す必要性を感じなかったのかもしれません。でも規制はないに越したことはないですよね。ウイスキーの世界だといわゆる原酒にあたる“カスクストレングスと呼ばれるものがあり、プレミアムをつけている。だとすれば焼酎にも可能性はありますから。発想の転換によって、まだまだ高付加価値の銘柄をつくれるし、PRできるように思います。

杉山 あと3つめに挙げた、焼酎がアメリカでウイスキーとして売られているという話。樽熟成した焼酎に食物繊維を入れてリキュールとして出し、アメリカに持っていくとジャパニーズウイスキーとして売られているといった例ですね。あるいは食物繊維を入れずとも、輸出先がむこうで樽熟成し、ジャパニーズウイスキーとして売っている、といったような例。あれはなんとかならないのかといったご意見です。

これはアメリカの仕組みですから、なかなかどうしようもありませんでした。日本のビールの定義がおかしいとドイツ人に言われたところで、それは日本の仕組みです。国内法を海外まで延長して適用することはできません。ただ、昨年ジャパニーズウイスキーの定義が業界団体によって明確にされたので、改善も期待できると思います。また、国内でも本格焼酎をあたかもウイスキーのように見せかけて販売する例が見受けられましたが、消費者目線からしてもどうかとは思います。

中山 僕らSHOCHU NEXTでもかれこれ一年以上議論してきていることなのですが、ウイスキーファンの購買力は強力。あれを焼酎市場に取り込みたいというのは皆思うんです。そこに試行錯誤している状況ですよね。もちろん、ウイスキーのように見せて売ることが正解だとは思っていませんが、洋酒に寄せた方がいいのかなと思うのは当然の流れのひとつだと思います。各蔵元が、ボトルを一新したりしているのもそういった流れの上にある。長く四合瓶/五合瓶/一升瓶ばかりを使ってきましたから、国内のメーカー側もバリエーションはそればかりでした。やっと変化についてきた感じです。

海外で真に売れるとは何を意味するのか。焼酎のロールモデルとは

中山 少しだけ、杉山さんが国税庁を離れてからの日本酒類業界の話を。八海山がニューヨークのブルックリン・クラと協力したり、焼酎でも小正醸造のウイスキー関連会社である嘉之助蒸留所がディアジオと資本提携するといった新しい流れが散見されるようになりました。そういった状況について、杉山さんはどうご覧になっていますか?

杉山 海外への輸出といっても、従来の日系市場や日本食市場だけをターゲットとするやり方には限界がある。いかに現地の流通に入っていくかが課題となってきていますよね。

これがいいたとえかはわからないですけど、日本に輸入されてきているお酒をよく見てみると、たとえば韓国のソジュにせよ、チリワインにせよ、大手酒類メーカーが大量に輸入して、大手スーパーやコンビニなどで売っている。逆に考えてみると、“大量に輸出する”とはそういうことだという面はあると思います。

日本酒では、たとえば「獺祭」はジョエル・ロブションとコラボしてパリに出店しましたし、「WAKAZE」はフランスの大手ワインショップチェーン「ニコラ」が取り扱っている。本格焼酎・泡盛も、輸出を伸ばしていく上ではそういうことも必要になるのでしょう。

中山 グローバルプレーヤーに、ポートフォリオの一つとして焼酎を認識してもらえるまでいくといいですよね。

杉山 私の在任時にはテキーラの成功についてもよく聞きました。でも去年出版されたサラ・ボーウェン著『テキーラとメスカル』(*13)を読むと、そう単純な話ではないのかなとも思いました。

-ポイント解説(13)
 サラ・ボーウェン著『テキーラとメスカル』
メキシコの蒸留酒・テキーラとメスカルは、ともにアガベ(リュウゼツラン)からつくられる。同じ起源をもつふたつのうち、特定の土地でつくられたテロワール産品がテキーラとしてグローバルに知られるようになり、近年ではメスカルもローカル市場を脱却して世界で認知度を高めている。このふたつの酒類の生産現場から消費地までをリサーチし、名酒生産のポリティクスを読み解く一冊。(小澤卓也 、立川ジェームズ、中島 梓訳/ミネルヴァ書房)

中山 焼酎にとってより参考になるのは、メスカルの方かもしれないですね。

杉山 地域ならではの伝統的な酒づくりですね。米国で草の根的に評価が高まったというのも興味深いです。

中山 地元に根づいた小さな蔵元がたくさんあることもまた、本格焼酎・泡盛のよさのひとつでもありますから。クラフト、マイクロディスティラリー、テロワール。多くの蔵元が元来持っているそれらの要素は、いずれも、お酒を語る際の世界的なトレンドの文脈にあります。

杉山 私が最近注目しているのは、福島県奥会津の只見町にある「ねっか」 という焼酎ベンチャー(*14)です。特産品焼酎製造免許を取得して米焼酎をつくっていて、海外ですでに賞をとったりしてもいます。これがすごくおいしいんですよ! 高齢化と過疎化によって田んぼを維持するのが難しくなっているなか、田んぼと田園風景を守ろうと醸造家と農家の方々が集まって酒米を育て、焼酎にしています。これがいまでは只見町の新たな特産品となっている。まさにテロワールとサステナビリティーそのもので、大いに期待したいですね。

中山 なるほど、町おこしと酒づくりとが重なっているんですね。

杉山 「ねっか」は最近ではさらに日本酒の輸出用製造免許の第一号を取得しました。いろいろな事情があって日本では飲めないのがとても残念ですし、申し訳ないのですが、今後がとても楽しみです。日本で飲める日が来ることを一消費者として願っています。

-ポイント解説(14)
 “ねっか”
4人の農家と1人の醸造家が主体となって2016年に立ち上げた焼酎蔵。2017年に特産品焼酎製造免許(製造場のある地域で特産品と認められる作物を主原料にする際には、需給調整要件を緩和して免許が付与される)を取得。〈米焼酎 ねっか〉をはじめとする銘柄をつくる。自社農場で育てた酒米を使い、黄麹、福島県の酵母と、湧水で仕込む。薫り高くフルーティーな味わいが特徴。
2020年度の法改正で新たに設けられた、輸出用に限って日本酒の製造を認める「輸出用清酒製造免許」の第一号を取得した。
「ねっか」HP→

中山 海外のウイスキー業界では、樽ごとの売り買いができるからボトラーズブランドがある。でもあれは日本では酒造免許がないと認められていませんね。酒造免許となると途端にハードルが上がってしまうので、僕はこれもひとつ、打破したいなと思う点です。焼酎の輸出は、日本酒に比べてスタートがずっと遅い。 今、ようやく始まったばかりといったところだと思っています。
杉山さんとの対談の場は、「SHOCHU NEXT」を始めた時点からお願いしていたことですが、諸事情あって1年経ってしまいました。でも、いろいろな視点で焼酎を見てきたこの一年があってこそ、今日はより深いお話ができたように思います。本日は本当にありがとうございました。

杉山 こちらこそありがとうございました。いろいろお話しましたが、組織とは関係なく全て私の個人的見解ということでお話させていただきました。いまは一消費者として、これからも本格焼酎・泡盛を楽しみたいと思います。


杉山真 Makoto Sugiyama/2018年7月から2020年7月までの2年間、国税庁酒税課長を務める。在任中は日本産酒類の輸出促進や酒税法の規制の見直しなどに携わる。

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