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ピスコ·ブーム!ローカルな蒸留酒はどうやって世界で人気になったのか?|蒸留酒のグローバルトレンド#02

コラム

ピスコ·ブーム!ローカルな蒸留酒はどうやって世界で人気になったのか?|蒸留酒のグローバルトレンド#02

Text : Jason Morgan
Translation : SHOCHU NEXT
Photo : SHOCHU NEXT

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ペルーとチリを起源とする蒸留酒の“ピスコ”はいま、無名のローカルな日常酒から世界的な現象へと、流星のように目覚ましい広がりを見せている。日本ではまだその存在を知られていないものの、ピスコ、そしてピスコを使った代表的なカクテルであるピスコサワーは、今やアメリカやヨーロッパの多くのバーやリカーショップで手に入る。今回の記事では、ピスコというお酒について、またなぜこの蒸留酒が世界で人気を得たのかを紹介する。熟成焼酎にも、ピスコの歩みに学ぶことがあるだろうか。

流星のように現れた「ピスコ」。そもそもどんなお酒なの?

まずピスコの歴史から! 「ピスコ」は、ぶどう果汁を蒸留したお酒のこと。ペルーとチリでつくられているが、両国ともに、自国を代表するお酒だと主張している。ワインのためのぶどう畑耕作の始まりは、ペルーとチリがスペインの植民地だった16世紀にさかのぼる。当時の南米にはすでに蒸留技術が存在していて、それら蒸留酒は、飲用のほか、ワインの腐敗を防ぐ目的もあった。ピスコという名前は、かつてペルーにあったピスコ港に由来する。ピスコ港は有力な蒸留酒の輸出港でもあった。ピスコを初めてつくったのがペルーかチリかは大きな議論の的で、あまたの説が存在しているが、正確な地理的ルーツはいまだ不明だ。

18世紀のペルーではピスコの需要が非常に高く、ワインの9倍もの生産量があったが、19世紀になると生産量は落ち込む。背景には、スペイン王朝がピスコより安価なラムの製造を許可したこと、さらにヨーロッパでの綿の需要の高まりによって、多くのぶどう畑が綿畑にとって変わられたことがある。とはいえピスコは生き残り、多くの人々に愛され、現在へつながってきた。

ペルー産のピスコも、チリ産のピスコも、わずかな違いはあるものの、製造方法はよく似ている。ペルー産は、単式蒸留(1回のみの蒸留)で、蒸留によってできたお酒は加水せずに瓶詰めされる。対するチリ産のピスコは、複式蒸留(数回の蒸留)のうえ、加水して度数調整をする。さらに、ペルー産のピスコは最低3ヶ月の熟成期間を設けているが、味を変えないようガラスやステンレススチルで熟成される。対象的にチリ産は、木樽による熟成を行い、ライバル・ペルー産とは全く異なる味わいや香りを実現している。

ピスコの海外展開のきっかけとなった「ピスコサワー」

ピスコが新たなファンを獲得し、ペルーやチリを代表する文化のひとつとしての地位を獲得するきかっけとなったのが“ピスコサワー”だ。これは、ベースとなる蒸留酒に柑橘類の絞り汁とシロップなどの甘みを加えてつくる伝統的な「サワー」というカクテルの南米版。「ピスコサワー」の場合、ベースの蒸留酒がピスコ。柑橘はライムの絞り汁で、さらにシロップを加える。ペルー版ピスコサワーは、これにさらに卵白を加え、最後にアンゴスチュラビターズ数滴で香りづけをする。

ピスコサワーが登場したのは1900年代初頭。ペルーの首都リマにあった「モーリスバー」で考案されるや、たちまちこのバーのシグネチャーカクテルとなり、ここからカリフォルニア、ニューヨークなど北米の各地へと広がっていく。そこから1世紀ほどの間に、このカクテルはチリとペルーの酒文化にも根を下ろし、どちらの国も我が国の国民的なカクテルだと主張するようになったわけだ。今では両国とも、ピスコサワーの世界的なプロモーション活動や文化交流イベントを行い、ピスコ、そしてピスコサワーの認知を世界規模で推し進めている。

ペルースタイルのピスコサワー。卵白のふわりとした口当たりから、ライムが加わったピスコの酸味が効いてきて、とても飲みやすい。暑い日にはぴったりなカクテル。

国内のお酒から世界の蒸留酒へ! ピスコの広がり

2010年まではピスコの消費量の大部分は国内市場に限定され、かつ安価なピスコがその多くを占めていた。ところがこの10年の間に国外需要が高まり、北米とヨーロッパが最重要輸出市場となった。さらに輸出量のなかではプレミアム銘柄が大きく割合を伸ばし、ここ数年は輸出限定の銘柄も増えている。

なぜピスコは、輸出市場でここまで成長できたのだろう? ひとつはシンプルに、クラフトカクテルがトレンドとなったこと。ピスコサワーは今や、欧米の、感度の高い都会的なバーの定番メニューのひとつだ。クラフトカクテルのブームは、クラシックカクテルへの興味の再燃にもつながった。これを背景に、長い歴史を持ち、異国にルーツのあるピスコサワーも、カジュアルな飲み手に物好き扱いされることなく、クラフトカクテルの熱心なファンが楽しめるようになった。

もうひとつ、欧米で容易に受け入れられたもうひとつの理由はさらにシンプルだ。「pisco」は、英語圏の人にとっても発音しやすく、さらに「南米産のぶどうのブランデー」だから「カクテルやミックスドリンクの蒸留酒に置き換えて使える」と、説明もきわめて簡単だからだ。地球の裏側からやってきた蒸留酒ではあるものの、欧米人が長く親しんできたお酒と非常に似たものであり、すんなりと彼らの酒文化になじむことができたのだ。

ピスコが世界的に広がったほかの要因として、チリ産ワインがすでに広く認知され、世界的に流通していたという点も挙げられるだろう。同じ地域からほかのお酒を流通させるときに、ワインで開拓した既存の輸出業者やバイヤーのコネクションを利用できる。政府系の酒販代理店や各地域のPR会社などは、ワインの輸出・流通で経験したノウハウをピスコの海外展開の際にも使うことができた。

ペルーのTACAMA社のピスコ。無色透明ながら、干しぶどうを思わせる強く豊かな香りが特徴。TACAMA社はワインも多く製造している。

熟成焼酎はピスコの成功から何を学べるか?

ピスコが世界での立ち位置を獲得したプロセスには、熟成焼酎にとっても学べる点や、役立ちそうなマーケティング戦略がいくつか見つかる。もっとも重要な点は、海外に向けてアピールする飲み方をひとつ決めるべきだという点、そしてそのスタイルをしっかりと伝えるべきだという点だろう。ピスコの場合、チリでもペルーでも、ストレートやコーラ割りなどさまざまな飲み方があるが、両国とも、国民的なカクテルとしてのピスコサワーを海外にアピールした。そのメッセージはシンプルでわかりやすく、ピスコのさらなる楽しみへ引き込む入り口として実に効果的だった。熟成焼酎も、たとえば新しいカクテルを開発したり、既存のカクテル(例えばチューハイなど)に新たな視点を加えたり、あるいはタップからウイスキーハイボールを注ぐ、最近の海外で人気のジャパニーズスタイルに倣ってみるのもいいかもしれない。

流通の面では、ペルーやチリに比べて、日本の焼酎のプロデューサーたちの方がずっと有利だ。すでに日本は、キリンやサッポロなど大手メーカーが、日本酒やクラフトジンなど幅広いお酒を海外に輸出しているのだから。既存の販売ルートを使い、バーや日本食レストランでプロモート活動を行えば、興味のある客の手に届くし、どんなタイプの焼酎が受け入れられやすいのかを聞くことができて、最適なマーケティング戦略をつくりやすくなる。ペルーの郷土料理で、世界でもそこそこ人気のある“セビチェ”は、ピスコやピスコサワーの新たな飲み手たちにペアリングフードとしてよく紹介された。日本にはすでに、寿司やラーメン、天ぷら、うどん、そばなど、セビチェよりもはるかによく知られた料理がたくさんある。熟成焼酎とよく合う料理を見つけて宣伝することは容易だろう。

チリのBAUZA社のピスコ。2回蒸留の後、樽熟成を行っている。樽香が心地よく、ペルーのピスコとは全く異なる味わい。両国の飲み比べも楽しい!

注意すべきは、韓国のソジュが世界で知名度を拡大している点だ。韓国カルチャーはここ数年で非常に勢いを増し、ソジュの輸出量は増えつつある。積極的なマーケティングとセレブリティたちを活用したプロモーションによって、欧米においてソジュは焼酎よりもはるかに高い認知度がある。そのため、一般的な焼酎が、ソジュとかけ離れた価格をつけることは難しいかもしれない。熟成焼酎は一般的な焼酎よりも高価となる傾向があるためから、高価格帯をキープするならば、ソジュよりもジャパニーズウイスキーに近いマーケティングを行う方が賢明かもしれない。

ピスコに比べて不利な点もある。それはベースピリッツとしての特徴だ。ピスコはぶどうの果実酒(ブランデー)であり、西側の人々にとって受容しやすいカテゴリーだった。一方、焼酎は、米・麦・芋その他の原料があり、むしろウオッカのカテゴリーに近い。しかしウオッカに比べ、熟成焼酎では「香り」も重要な要素だ。欧米の消費者は、これらを原料とした蒸留酒の経験は少なく、むしろ米を原料としたお酒が身近なアジア圏への輸出のほうが可能性が高いだろう。中国のバイジュは、低価格なものから高価格なものまで幅広く、現在海外マーケットへも打って出ている最中。そこからも多くを学べるのかもしれない。

熟成焼酎は、ピスコのブームをそのまま追いかけることはできないだろうが、マーケティングやターゲットとする地域でどのように浸透したのか、熟成焼酎がほかの食やお酒とどのように組み合わせられるかについては、多くを学ぶことができるはずだ。ほかにも、クラフトジン、メスカル、ジャパニーズウィスキー、プレミアウオッカ、また蒸留酒におけるさまざまなトレンドが、熟成焼酎の輸出拡大の行く先を照らしてくれるかもしれない。いずれまた取り上げてみたい。

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