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壱岐焼酎蔵をめぐる旅「壱岐の蔵酒造」 | 島の酒づくりは、島を守ることからはじまる

インタビュー

壱岐焼酎蔵をめぐる旅「壱岐の蔵酒造」 | 島の酒づくりは、島を守ることからはじまる

Text & Photo : SHOCHU NEXT

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長崎県の離島・壱岐島。澄み渡った玄界灘と広大な平野に囲まれた自然豊かなこの島では、約500年以上も前から焼酎づくりが行われている。その歴史の深さから麦焼酎の元祖ともされる「壱岐焼酎」。米麹のたっぷりとした旨味と、大麦のまろやかな口当たりは一体どのような場所から生まれるのか? その現場を確かめるべく、壱岐焼酎をつくる蔵のひとつ、壱岐の蔵酒造へ向かった。

壱岐焼酎をつくる最も新しい蔵、壱岐の蔵酒造

博多港からのフェリーが着く、島東部の芦辺(あしべ)港。南へ車を10分ほど走らせ、なだらかな丘を上がると、「ようこそ! 壱岐の島へ」と書かれた看板とともに白壁の蔵が見えてくる。壱岐にある7つの焼酎蔵のひとつ、壱岐の蔵酒造だ。

蔵の創立は1984年。もともと壱岐島内にあった6つの酒蔵が合併してできた、壱岐でいちばん新しい焼酎蔵だ。「壱岐の蔵酒造は、第2次焼酎ブームの最中に誕生しました」と語るのは蔵の代表を務める石橋福太郎さん。合併前の蔵元のひとつである石橋酒造の6代目として壱岐で生まれ育った生粋の壱岐っ子だ。大学卒業後には島外の酒蔵で経験を詰み、2000年に壱岐の蔵酒造に入社。2017年から代表取締役を務める。

壱岐の蔵酒造代表取締役の石橋福太郎さん。

「壱岐の蔵酒造という名前になったのは2010年と最近のこと。その前身は壱岐焼酎協業組合でした。組合が結成した1980年代前半は、ちょうど第2次焼酎ブーム。若者を中心に焼酎を飲む文化が急拡大し、今まで地元でしか消費されていなかった焼酎も都市部へと流通するようになりました。一方で、その頃の壱岐焼酎は島内消費がほとんど。他の焼酎と同様に全国に売り出していかなければ、と小さな蔵6つが集まり一念発起してできたのが壱岐焼酎協業組合です

組合ができる以前、壱岐では焼酎と日本酒のどちらも親しまれ、焼酎と日本酒の製造を兼業する酒蔵も多かったという。実際に、組合を立ち上げた6蔵も全て兼業蔵だった。しかし時代が経つにつれ、日本酒の需要が減り始めたという。そこには壱岐の重要産業である漁業が大きく関わっていると石橋さんは話す。

「漁業は古くから壱岐の経済を支えている第1次産業です。1980年代までは特に盛んで、漁師さんたちもかなり潤っていました。彼らがよく飲んでいたのは日本酒。焼酎は農家さんの酒として親しまれていました。しかし90年代に入って日本酒の級別制度が廃止され、価格の低い日本酒が流通するようになると、地元の日本酒の需要が減っていきました。さらに高齢化が進むことで漁師さんも少なくなると、ついには日本酒の需要自体がなくなってしまったんです。そうなると我々は焼酎1本で戦うしかなくなる。酒の飲み手自体がどんどん減るなか、地元の消費だけでは焼酎づくりを続けられないという危機感があったと思います」

6蔵が合同で焼酎づくりを行い始めると、それまで各蔵がつくっていた銘柄は一度全て終売に。壱岐の蔵酒造の焼酎づくりはゼロから始まった。

挑戦心あふれる、壱岐の蔵酒造の焼酎づくり

米麹と大麦を1:2の割合で仕込む壱岐焼酎。壱岐の蔵酒造での焼酎づくりはまず蔵の3階にある米用の蒸しドラムで米を蒸し、米麹をつくるところから始まる。できた米麹はホースを通じて1階にある仕込みタンクへ運ばれ、1次もろみを仕込む。2次もろみに使う大麦は2階の麦用の蒸しドラムで蒸麦。米麹と同様に1階にあるタンクに流れていく。原料を上階から自然落下で運ぶ効率的な構造が特徴だ。

原料の洗いや仕込みに用いる水は壱岐の地下水。「蔵が建っているこの地域は、もともと清水という地名。その名の通り、昔からいい水が採れる場所でした」と石橋さん。蔵の4箇所から井戸を引き込み、焼酎づくりで使う水の全てを地下水で賄う。壱岐の蔵酒造で採れる水は、軟水でまろやかな水質が特徴だ。仕込み終わった2次もろみは、4トンの蒸留器で蒸留。

2機ある4トン蒸留器のうち、1つは減圧、もう片方は常圧・減圧の兼用。

3階建ての蔵に備わった製造設備をよく見ると、真新しいものが多い。「今、設備更新の真っ最中なんです」と石橋さん。創業40年を目前に、壱岐の蔵酒造はまさに大きなリニューアルを迎えている。

特に麦用の蒸しドラムは2021年10月に新調したばかり。30年前のものに比べ、性能や効率は各段に上がり、これまで3人がかりだった蒸し作業が1人でできる。その大がかりな設備更新に「決して安いものではないのですが、機械が新しくなったことで挑戦できることも増えていますよ」と石橋さん。

最新の麦ドラムを解説してくれる石橋さん。

機械の自動化が進むことで、他の作業に時間を割くことができる。4トンの蒸留器の他に2つある蒸留器は、2トンと200Lという小容量。試験蒸留やスポット商品の蒸留を行えるこのサイズがあることで、商品開発の幅が広がりつつある

「2トンの蒸留器を使って最近できたのは、2021年8月に発売したクラフトジンJAPANESE IKI CRAFT GIN KAGURA。壱岐焼酎と壱岐産のボタニカルを使用したジンです。ジンの他にも限定酒をつくったりと、色々なチャレンジができるのは小さい蒸留器のメリットですね。もう1つの200Lの蒸留器はこれから本格的に稼働。酒づくりだけではなく、アロマオイルの抽出などにも使用していく予定です」

2トン蒸留器(上)と200Lの小型蒸留器(下)

リニューアルしたのは設備だけではない。蔵の看板商品である樽熟成焼酎〈IKIKKO DELUXE〉は、2021年にラベルを刷新。洋酒のような雰囲気も感じるシンプルなデザインが印象的だ。

「今までのデザインは焼酎のイメージがあまりにも強く、購買層も限られていました。若い方はもちろん、バーやレストランなど幅広いシチュエーションで楽しんでもらえるようなデザインにしたいなと。今までのお客さんが離れてしまうか不安でしたが、いざ発売すると各所からの反応も良く、リニューアルしたかいがありました

デザインをリニューアルした〈IKIKKO DELUXE 38°〉(左)と〈IKIKKO DELUXE 25°〉(右)

大規模な蔵の刷新も含め、壱岐の蔵酒造の魅力はチャレンジングな酒づくりにある。2020年には、同じ長崎県の離島、五島にある五島列島酒造とタッグを組み麦焼酎〈1・5 ONE FIVE〉を発売した。両蔵の焼酎をブレンドし、壱岐の蔵酒造で長期貯蔵を行った熟成焼酎だ。五島産の椿の花から採取した酵母を使用し、華やかな香りの1本に仕上がっている。

樽貯蔵庫に並んだ壱岐の蔵酒造の焼酎たち。青いボトルが〈1・5 ONE FIVE〉。

〈IKIKKO DELUXE〉を中心に、樽熟成焼酎を多く扱っているのも壱岐の蔵酒造の特徴のひとつ。蒸留器や蒸しドラムがある蔵の隣にある貯蔵庫には、300台ほどの樽がずらりと並ぶ。そのほとんどがスペインから輸入したシェリー樽。ここに〈IKIKKO DELUXE〉をはじめ、無一物二千年の夢など樽熟成焼酎の原酒が詰まる。

樽の面白さは、樽それぞれに個性があること。同じ時期に輸入したシェリー樽でも香りや色のつき方に違いがある。新樽にシェリー酒をつけたものであれば、古樽との違いはなお顕著。樽の色がほとんど出ないこともあります。最近はシェリー樽以外にもアメリカンオーク樽を入れたりもしています。樽の種類自体も増えているので色々チャレンジしてみたいかな」

(上)壱岐の蔵酒造では、タンクや甕でも熟成を行っている
(下)樽貯蔵庫にはさまざまな年代の樽がずらり

壱岐を守ることは、壱岐焼酎を守ることにつながる

壱岐の蔵酒造を見て回ると若いスタッフが多いことに気づく。壱岐の蔵酒造はここ数年でがらりと代替わりし、一時は20-30代が一番多い時もあったそう。しかし、島全体を見ると若い人は圧倒的に少ないと石橋さんはため息を漏らす。少子高齢化、人口減少の波はこの小さな島にも押し寄せている。壱岐の蔵酒造ができた1980年代には40,000人いた島民は、2020年には25,000人に減少。さらに20年後には20,000人を切ると予想されている。もちろん人がいなければ産業は成り立たず、焼酎の製造もその例外ではない。この状況が何十年も続けば壱岐焼酎の存続すら危ういと石橋さんは危機感を募らせる。

「壱岐焼酎を守り続けるためには、まず壱岐の主要産業である農業を守らなければいけません。島の高齢化は加速し、壱岐焼酎の原料となる米や麦をつくる農家さんも跡取りがいなくなっています。農業を継ぐ人が減っているのは、経済的な面も大きい。壱岐では穀物の他にも柚子やいちご、アスパラガスなどたくさんの農作物が採れますが、加工用として一部分だけ使用してあとは廃棄になったりとフードロスが多いんです。野菜をつくっても売れないという状況で若い人が島の農業に携わろうとは思わない。農業の存続は回り回って自分たちの酒づくりにも関わってきます。そもそも原料をつくる人がいなければ焼酎はつくれませんから」

農産物の廃棄を少しでも抑え、農家の収入が増えることで、島の農業に関心のある移住者が増える機運が高まると石橋さん。壱岐の蔵酒造では、焼酎づくりで培ってきた発酵技術をベースに、廃棄となった農産物を使用した発酵食品の開発にも取り組んでいる。

(上)蔵見学では最後に壱岐の蔵酒造の焼酎が試飲できる。
(下)蔵のショップで一番人気の〈二千年の夢〉

一方で壱岐焼酎をつくり続けるためには、発信力も高める必要がある。今後の展開に対して石橋さんは「壱岐の持つ深い歴史や文化を一緒に伝えることができれば、壱岐焼酎はもっと認知度があがるはず。焼酎を中心として、壱岐の食文化や自然の豊かさをまるごと体験できる観光蔵にしたい」と意気込む。壱岐焼酎の伝統を守りながら、常に新しい酒づくりを追い求める壱岐の蔵酒造。そのたゆまぬ挑戦心の基盤には、壱岐焼酎だけではなく、壱岐島全体の未来を守ろうとする思いがある。

壱岐の蔵酒造の熟成焼酎飲むならこれ!

二千年の夢
貯蔵 3年以上(樽熟成)
度数 42度
原材料 米麹1/3・大麦2/3
蒸留 減圧
かめ貯蔵  壱岐の島
貯蔵 2年以上(甕)
度数 25度
原材料 米麹1/3・大麦2/3
蒸留 減圧
壱岐の蔵酒造
住所 ⻑崎県壱岐市芦辺町湯岳本村触520番地
創業 1984年
蔵見学 ◯(要予約)
ショップ ◯(本社内に店舗あり)
TEL 0120-595-373
WEB https://ikinokura.co.jp/

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「壱岐焼酎」のこと、どのくらい知っていますか? 球磨焼酎、琉球泡盛、薩摩焼酎と並んで、地理的表示(GI)の認定を受けている壱岐焼酎。条件を満たした本格焼酎のみが名乗ることのできる確固たるブランドだけど、じゃあ壱岐焼酎って何焼酎と聞かれると、きちんと答える自信がないし、出会う機会も少ないかも……というのが正直なところ。

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