東京の台所として古くからにぎわう築地。市場が豊洲に移った今も、多くの魅力的な飲食店がひしめく、まさにグルメの街だ。そんな都内きっての飲食街に、半世紀以上続く酒店がある。築地のみならず、都内各地の飲食店がこぞって通い詰めるほど各所からの信頼が厚いこその酒店、焼酎のバラエティも実に豊かだと聞く。さらに噂によると、焼酎の目利きがいるとか……。食の街に根づく老舗酒店を訪ねた。
焼酎のヴィンテージが見つかる店、酒の勝鬨
築地駅に降り立ち、南に歩き進むこと約5分。築地本願寺を横目に通り過ぎ、ビルやマンションが建ち並ぶ裏通りを進むと「酒の勝鬨(かちどき)」にたどり着く。木の板を丸くくり抜いたような入口を入ると、コンパクトながらゆとりのある店内。棚を見渡せば、思わず「おお!」と歓喜の声が漏れるほどに本格焼酎の銘柄がずらり。充実のラインナップに目を奪われていると、「こんにちは!」と元気のいい声。この方こそ、酒の勝鬨で商品販売部部長を務める堀口潤一さん。酒の勝鬨に揃う何百種類もの焼酎をセレクトする、まさに焼酎の目利きだ。圧巻の品揃えの酒の勝鬨だが、ここまで銘柄が揃うようになったのは堀口さんが入ってからだ。
「酒の勝鬨の創業は戦後間もない1952年。前社長が始めた杉本商店を前身に、ここ築地で70年以上酒販店を営んできました。当時は、業務用の酒販がほとんどで、主力商品は樽ビール。10年ほど前に僕が酒の勝鬨に入った時もビールか日本酒が多く、焼酎は店の奥に少し並んでいる程度でした。個人的に焼酎をずっと飲んでいたこともあって、焼酎の数を増やしたくて。気づけば棚の奥まで埋まるほどの銘柄が揃うようになりました」
酒の勝鬨に入る以前は、玩具店で販売を務めていた堀口さん。酒業界には全く縁がなく、「焼酎が好き!」の一心で酒業界に飛び込んだそう。店内に並ぶ焼酎一つひとつに、堀口さんが長年積み上げてきた知識と蔵元とのつながりの深さが伺える。
「取り扱う焼酎は、蔵元に行ったことのあるものだけ。生産者の顔が見えるものがいいというのもありますが、僕が大事にしているのは何よりつくりの部分。本数限定のもの以外は必ず試飲して、しっかりとその特徴をつかむように心がけています。こんな焼酎があれば売れるのに、と思ったものは蔵元にどんどんリクエストしていますね。例えば、毎年夏前に発売している豊永酒造の〈無濾過超にごり 麦汁〉も僕からの提案。麦の香りを限界まで出した焼酎が欲しい! と豊永さんにお願いしてできた1本です」
棚の下まで隙間なく焼酎の瓶が埋め尽くす光景は、まさに焼酎の博物館。銘柄一つずつに丁寧にポップが添えられ、眺めているだけであっという間に時間が過ぎていく。しかし、よく見ると、同じ見た目なのに違う値段のポップが付いている銘柄もちらほら。はて、この違いは一体……? と首をかしげていると、「これが焼酎の面白いところです」と堀口さん。
「焼酎ってラベルも同じだからずっと中身が変わらないと思われているけど、実は年によって酒質が変わるものも多い。その違いをお客さんにわかってもらうためには、まず自分自身が知る必要があります。なので毎年蔵を訪ね、その年のつくりを見るようにしています」
そう、酒の勝鬨の魅力の一つは、焼酎のヴィンテージが分かること。年ごとにつくりの特徴があるものはポップに年が書かれ、さらに店内で1年以上瓶内熟成したものは「勝鬨熟成」に認定。ラベルや外観は同じでも、中身の違いがわかる仕組みになっている。
「日本酒やワインと同様に、焼酎もヴィンテージをつけることで『今年はどんな味に仕上がっているのだろう』とワクワクできる。特に最近はさつまいも基腐(もとぐされ)病の流行も相まって、各蔵元が試行錯誤しながらつくっているのが見てとれます。そういう背景をお客さんにどれだけ伝えられるかが、僕らの腕の見せどころですね」
香り系焼酎から島焼酎まで揃う、焼酎の博物館
レギュラー酒はもちろん、発売されたての新酒から限定酒まで並ぶ酒の勝鬨。ヴィンテージ違いの焼酎も揃うと知れば、ますます何を買うか迷ってしまう…! ならば聞いてみるべし。堀口さんにお薦めの銘柄を選んでいただいた。
「やっぱり最近のイチオシはソーダ割りに合う焼酎!」と意気込む堀口さん。ソーダ割りといえば、まず思い浮かべるのはフルーティな香りの焼酎。さてどの銘柄が来るのか……と待っていると、手に取ったのは、芋焼酎〈蔵の師魂 The Orange〉と〈六代目百合〉。鹿児島県の小正醸造がつくる〈蔵の師魂 The Orange〉は、完熟した黄金千貫の柑橘香が特徴。一方で鹿児島県・甑島の焼酎蔵、塩田酒造が手がける〈六代目百合〉は、ガツンと芋が香るクラシックな芋焼酎だ。対極的な味わいの2本だが、それぞれソーダ割りに合うよさがあると堀口さんは言う。
「〈蔵の師魂 The Orange〉はしっかりと柑橘の香りがするので、ソーダで割れば間違いなし。焼酎を飲み慣れない人へ、導入として薦めたい1本です。でも”香り系”の焼酎は、飲み進めると香りの強さも相まって、どうしても疲れてしまうんですよね。そこで少し慣れてきた人に紹介するのが〈六代目百合〉。ザ・芋焼酎の味わいながら、ソーダで割っても味が崩れない。お湯割りや水割りでももちろん最高の、万能選手なんです」
最初のうちはソーダ割りで、慣れたらお湯割りや水割りで焼酎の味わいを感じて保しいと語る堀口さん。次に出てきたのは、白石酒造の〈天狗櫻〉。「焼酎好きな方にはやっぱり年ごとのつくりの違いを試してもらいたい」と堀口さんは話す。
「〈天狗櫻〉の特徴は、その年に使った原酒のブレンド比率が裏ラベルに書かれていること。年ごとのつくりの違いがひと目でわかるんです。味わいも年ごとによって異なるので、お客さんに説明しがいがある。この間飲んだから…と言わずに、毎年飲み比べていただきたい焼酎です」
全国各地の焼酎を取り揃える酒の勝鬨のラインナップで特に印象的なのは、東京の島焼酎の豊富さ。八丈島や伊豆大島、青ヶ島など東京の離島でつくられるほとんどの島焼酎が揃い、棚ひとつが島焼酎で埋まる。なかでも堀口さんのお薦めは八丈島の2本の焼酎。八丈島興発が手がける〈麦冠 情け嶋〉と、坂下酒造の〈Jonnalie(ジョナリー)〉だ。
「東京の島焼酎を集めようと思ったのは5年ほど前。都内の酒店で積極的に扱う場所が少なく、せっかく特色のある焼酎が多いものにもったいないなと。〈麦冠 情け嶋〉は、麦チョコのような香ばしさとまろやかな喉越しが心地良い1本。ソーダ割りにするとさらに麦の香ばしさが際立つので、ウイスキーハイボールが好きな方には特にお薦めです。〈Jonnalie〉をつくる坂下酒造は、数年前に杜氏が退任し、しばらく製造休止になっていました。現在は新体制で酒づくりに取り組んでいる注目の蔵です。先代の奥様の名前を冠した〈Jonnalie〉は、芋のフルーティさに芳醇な樽香が合わさった1本。どこか異国情緒を感じる、複雑な味わいが特徴です」
銘柄ごとの味わいや飲み方をつぶさに説明してくれる堀口さん。蔵の歴史や背景に至るまで、その情報量はさすがの一言。この丁寧なコミュニケーションこそ、地域の飲食店の信頼を集める重要な基盤だ。
飲食店に焼酎を伝えることが、焼酎を広める鍵になる
銀座からも近く、平日の昼間でも客足の絶えない酒の勝鬨。客層の大半を占めるのが、築地や銀座を中心とした都内の飲食店だ。堀口さんをはじめ、スタッフの丁寧なコミュニケーションと知識の豊富さを求めて、さまざまな飲食店関係者が訪れる。
「たくさんの飲食店関係の方が来てくださるのは、地域に密着した酒販店として数十年間続けてきた結果。この近辺は和食料理店が多いこともあって、焼酎はまだまだニーズがあります。安い銘柄を求める飲食店も増えていますが、やっぱり味の良さで決めてもらいたい。そのためには丁寧な説明は常に欠かせません」
「市場が移って少し寂しくなっちゃったけどね」と堀口さんは微笑むが、飲食店とのつながりを大切にする理由は単に売上の話ではない。飲食店に焼酎の良さを伝えることこそが、焼酎の需要を増やす鍵になると話す。
「個人で焼酎を買いに来てくれるお客さんの多くは、焼酎に馴染みがある人たち。焼酎に縁のない人が酒店に訪れることはなかなかありません。そうなると焼酎に触れるきっかけをつくれるのは、やはり飲食店。僕たち酒販店の役目は、飲食店のみなさんにそれぞれの銘柄の持つ特徴や合う飲み方をしっかりと伝えることだと思っています」
最終的に飲食店に訪れるお客さんに情報がきちんと伝われば、少しずつ興味を持ってくれる人も増える。遠回りにはせよ、地道にファンをつくることが必要、と堀口さんは話す。長年飲食店を営むお客さんのなかには、昔から同じ銘柄を買い続ける人も少なくない。焼酎も年によって味が変わる、と堀口さんがこだわる背景には、マンネリしがちな飲食店での焼酎の需要に一石を投じようとする気概が垣間見える。食の街・築地に根付いた老舗酒店は、焼酎への誠実さと挑戦心にあふれていた。
酒の勝鬨 |
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住所 東京都中央区築地7-10-11 営業時間 平日 8:30-19:00、土曜日 8:30-18:00 定休日 日曜日・祝日 HP http://katidoki.com/ |