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蒸留所のSDGs。濵田酒造の挑戦

インタビュー

蒸留所のSDGs。濵田酒造の挑戦

Text : SHOCHU NEXT
Photo : Yoshikazu Shiraki

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サステナブルであることは、今やあらゆる局面で不可欠な視点。企業がCSRの一環として環境保護を行ったり、SDGsを経営方針に盛り込んだりするのも、もはや当然のことになってきた。世界の蒸留所もまた同じ流れの上にある。ディアジオ社がケンタッキー州に設立するバーボン〈Bulleit〉の新しい蒸留所が二酸化炭素排出量ゼロとなることが発表されたり、スコッチの〈グレンモーレンジ〉が近隣の海岸保護を行っていたりと、環境を意識した取り組みは枚挙にいとまがない。

香熟芋を使ったライチ香のある本格焼酎〈だいやめ~DAIYAME~〉などがよく知られる鹿児島県・濵田酒造もまたそのひとつ。同社は県西部のいちき串木野市に「伝兵衛蔵」「傳藏院(でんぞういん)蔵」「薩摩金山蔵」という3つの蔵を持ち、それぞれの蔵で『伝統』『革新』『継承』という焼酎づくりの理念を体現している。350年あまりの歴史を持つ金山の坑洞跡を焼酎の貯蔵蔵にした「薩摩金山蔵」で、同社代表取締役社長・濵田雄一郎さんに話を聞いた。

創業の地の文化を継承していく責任

「薩摩金山蔵」エントランス。いちき串木野市の海岸からすこし入った山中にある。

―鹿児島県の西の海岸、いちき串木野市にあるこちらの「薩摩金山蔵」は、元をたどると薩摩藩の金山の坑洞なのですね。薩摩藩と金山の歴史についての展示室があったり、坑洞内の仕込み蔵で伝統的な製法を紹介していたりと、場所の記憶を伝えようとなさっているのが印象的でした。

「元は薩摩藩の財政を支える重要な拠点であったこの串木野金山は、明治の終わりに三井鉱山の傘下となり、その後三井串木野鉱山として1994年までは操業していたのです。88年から2003年までは、坑洞や採掘現場を見られるアミューズメント施設『ゴールドパーク串木野』として営業していたので、地元の方はご記憶にあるという人もいらっしゃるのではないでしょうか。閉園を検討されていたとき、地元にとっても大切な意味をもつこの金山をただなくしてしまっていいのかと大きな課題になったのです。

このいちき串木野市は、私たち濵田酒造にとっては大切な創業の地。私はそれ以前も、お客様がいらっしゃると『ゴールドパーク』にお連れして、薩摩藩のことや明治維新のことをお話ししたりしていたんですよ。ですから、歴史や文化に育まれた焼酎とこの金山蔵を融合して、お客様に本格焼酎のもつ魅力や新しい可能性をお伝えできるのではと考えて、この場所を借りて『薩摩金山蔵』として継承することにしたんです。とはいえ我々は金山についてもテーマパークについてもまるで素人ですから、ずいぶん苦労しましたよ(笑)。たとえば一時期は“杜氏乃湯”という温浴施設もやっていたのです。蒸留で出るお湯を使った風呂で、麹と酵母がたっぷりの焼酎粕を入れたお風呂もあったりして。とっても贅沢なお風呂でお客様には評判だったのだけど全く採算がとれなくてね! 広報の仕方もまるでわからないのに、読みが浅過ぎました……。現在は金山や焼酎づくりの伝統をご覧いただく場となりましたが、まだ四苦八苦しています」

薩摩藩の財政を支えた金山跡で焼酎が熟成される「薩摩金山蔵」。

―経営指針のなかに組み込まれ、採算のとれる形で“続けていけること”もSDGsのあり方のひとつですものね。とはいえ現在のかたちはとても興味深いです。金山の坑洞で本格焼酎を寝かせるとは、金山と焼酎蔵の出会いあってこそですね。

「一年を通して19℃程度、かつ、直射日光の入らない歴史ある金山坑洞という厳かで神秘的な環境は、ほかにはありませんから。人の背丈ほどもある大きな甕を坑洞の奥へ持っていくのには当然ながら相当苦労しましたけれど(笑)」

―「薩摩金山蔵」をつくられた背景には、地元への強い愛着を感じます。

「私は今、会社の5代目の社長です。この会社は地元の方々の支えで生き延びてきた。その思いはとっても強いですよ。地元の催しなどに積極的に参加しているのもそこから。私は、本格焼酎は、単に“おいしい酒”だというよりは文化としてとらえ、発信していくべきだと考えています。本格焼酎は地場産業であり伝統産業です。伝統が続いていくためには正しい継承が必要ですし、陳腐化していかないよう革新も起きなくてはならない。伝統・革新・継承のいいスパイラルを、地元に対しても意識しています」

自然環境を維持することこそ、焼酎づくりの根幹

左側にあるのは来場者がつくることのできるメッセージボトル〈熟成と共に福来たり〉。指定の期日まで金山蔵の中で眠った後に届けられる。

―あわせて御社の「傳藏院(でんぞういん)蔵」では、食品安全マネジメントシステムについての最高水準の国際規格であるFSSC(Food Safety System Certification)22000の認証を県内の蔵元で初めて取得。焼酎粕をメタン発酵させてバイオガスを取り出してボイラーの燃料として活用されたり、原料を蒸す工程に省エネ型蒸気システムを導入して蒸気量を従来の4割減としたりと、食の安全や環境負荷の低減への取り組みを、かなり積極的に行われていますね。

「基本的に本格焼酎の製造販売業は、農産物加工業です。農業は自然循環の中に組み込まれている。だから自然環境を維持することは、自分たちの事業存続の根幹にあるものだと強く意識しています。ISOやFSSC22000の認証取得は、世界への流通の際に信頼性のクレジットとなるからです。取得しようがしまいが自分たちがやるべきことは変わりませんが、取得することで世界への流通のスタート地点に立てるので。

2002年にロンドン条約に基づいて焼酎粕の海洋投棄が禁止となったことを受けて、同業各社と共同で自然循環型の社会を目指して『西薩クリーンサンセット事業協同組合』を設立したのも、環境への試みのひとつです。現在では、焼酎粕のメタン発酵や飼料化を行う国内最大級のプラントでもあり、たとえばメタン発酵は、年間7万トンの焼酎粕をエネルギー化してボイラーに利用しています。技術は日々進化しますので、世界中の最前線の情報にもアンテナを張り巡らせ、商品づくりの過程から環境負荷を低減していきます。それは当然会社のためでもありますが、地元のため、もっといえば本格焼酎という産業全体のためにもなる。すべてはそうやってつながっていると考えています」

 仕込みや蒸留、ボトリングや出荷など、あらゆる工程で最新の設備を導入する「傳藏院蔵」。写真提供:濵田酒造

―2018年に発売された御社の〈DAIYAME〉は衝撃的な商品です。独自の熟成技術で生まれた「香熟芋」を使い、ライチのような甘い香りが広がる。結果的に〈DAIYAME〉は、それまで芋焼酎に苦手意識のあった層にも広く受け入れられ、国内外でも多くの賞を受賞しました。一方でこの“ライチ香”には賛否がありますよね。昔の焼酎業界では、“ライチ香”とは新鮮ではない芋の香りだとか……。見方によっては、大きなリスクを伴う商品でもあったわけですが、鹿児島県の本格焼酎業界のリーダー的存在でもある御社はそのリスクをどう捉えたのでしょう?

「リスクをとる=新しいことをやるでもある。私たちが大事にしているのは、お客様がおいしいと思っていただける新しい焼酎の可能性の追求です。伝統を続けていくためには革新が必要。いろんな蔵元がそういう意味での“新しいこと”や“冒険”を重ねてきていますし、焼酎の文化の500年の歴史もその繰り返しだと思うんです。焼酎という文化は、これからワンチームで世界と戦っていかなくてはいけない。チームで戦うというからには、それぞれの蔵ごとに役割分担があります。皆がピッチャー、皆がストライカーではチームになりませんから(笑)。チームの中での役割分担は、蔵元の規模で決まるということでもないですよ。昔はそういう側面があったと思いますが、現在は個性の時代でもありますから。それぞれの蔵元が“自分らしく”、蔵元や土地の特性を踏まえて自分たちのポジションを決めていくことが大切なのではないでしょうか」

濵田雄一郎
Yuichiro Hamada/

濵田酒造グループ代表・鹿児島県酒造組合会長。
1953年鹿児島県いちき串木野市生まれ。75年濵田酒造株式会社入社。91年代表取締役社長に就任。いちき串木野市商工会議所 名誉会頭、日本酒造組合中央会 監事、元盛和塾 本部理事。2017年より鹿児島県酒造組合会長を務める。

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