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蔵元がうらやむ、あの蔵元の1本 中村酒造場 中村慎弥さんが語る、八千代伝酒造の〈つるし八千代伝〉

インタビュー

蔵元がうらやむ、あの蔵元の1本 中村酒造場 中村慎弥さんが語る、八千代伝酒造の〈つるし八千代伝〉

Text : Marina Takajo (SHOCHU NEXT), Sawako Akune (SHOCHU NEXT)
Photo : GINGRICH (SHOCHU NEXT)

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何かを選ぶときに強く背中を押してくれるのが、そのジャンルに詳しい誰かの声。焼酎だってそれは同じ。酒店のスタッフやバーテンダー、ネットの口コミ……。頼れる誰かの声を、いつも探しているような気がします。

そんななかでもとびきりの説得力を持つのが、蔵人が薦めるほかの蔵の1本!日々焼酎に向き合い、自らの手から自信作を生み出す蔵人が、心底羨ましいと思う銘柄。おいしくないわけがないよなあ! と思うのです。

今回、「好きなよその蔵の1本を教えて」という切り込んだ質問に答えてくださったのは鹿児島県・中村酒造場の杜氏・中村慎弥さん。春先のある日、鹿児島空港からもほど近い蔵を目指しました。

全量手仕込みで、独自の味をつくり続ける中村酒造場

中村酒造場がある鹿児島県霧島市国分は、北には稜線の美しい霧島連山、南にはキラキラと光る錦江湾と桜島を望む土地。都心よりずっと先に暖かくなった陽射しの中、れんげや野の花が揺れる田んぼ道を進む。天へぐんと高く伸びるレンガづくりの煙突が、多くの人々が知る芋焼酎〈なかむら〉を生む蔵元の目印だ。

「今年の蒸留が昨日でやっと終わったんです!」と、建物の前で私たちを迎えてくれたのが、中村酒造場6代目杜氏の中村慎弥さん。職人性の高い手づくりにこだわる中村さんたちのものづくりは、昔も今も楽なものではない。石造りの麹室での製麹は、機械に頼らず、自然換気を利用して人が温度管理を行う。仕込みや蒸留などの各プロセスもさることながら、瓶詰めやラベル貼りももちろん手作業。近年では、中村の味や手仕込みに憧れて、全国各地から若いスタッフも加わっているというが、皆、始めのうちは想像以上の手間に目を丸くするとか。

中村酒造場・中村慎弥さん。

芋のどっしりとした重厚感とキレのよさが両立し、孤高の存在感を放つ〈なかむら〉、そして蔵としてはこの〈なかむら〉以来25年ぶりの新銘柄〈Amazing series〉も好評の中村酒造場。時間をかけて積み上げてきた価値を土台に、焼酎の可能性を果敢に探し続ける中村さんが選んだ「あの蔵の1本」はいったい何だろう?

「いやあ、正直、相当悩みました……。僕は普段から、他の蔵のお酒をかなり飲むんです。純粋にお酒好きなのもありますが(笑)、お酒を買うお客さんの気持ちを知りたくて、酒屋さんに出向いて話を聞いたうえで、選んで買って飲むんです。いま、どの蔵元もいい銘柄を出しているし、それは自分の酒づくりにも大きな刺激になっています。悩みに悩んで最終的に選んだのは、鹿児島・八千代伝酒造の〈つるし八千代伝〉です。

八千代伝酒造の〈つるし八千代伝〉。抜群の飲みやすさと芋の力強さが両立した1本。

八千代伝酒造を率いる八木健太郎さんとは、個人的に親交もあります。2021年の末にお会いした時、その年の〈つるし八千代伝〉を飲ませていただいたのですが、それがあまりにおいしくて……! 

僕は20代の頃に、山形の日本酒蔵で修行していたことがあるんです。その頃によく利き酒の訓練をさせていただいていました。利き酒には“良くないところ”を探す作業という側面があるんですよね。その癖がついていて、今でもお酒を飲むと、味や香りの奥にある“ひっかかり”や、それを招いてしまう環境的要因を潜在的に探ってしまうんです。ところが〈つるし八千代伝〉にはそういうひっかかる部分、悪い部分がまるでない。全くストレスなく、ストレートやお湯割り、ソーダ割り……とさまざまな飲み方で飲めてしまいました。芋の素直な甘みの力強さはもちろんのこと、皮のニュアンスや、品のある渋みもある。“ひっかかり”どころか、一口飲むとこれをつくり出す八千代伝酒造の蔵の風景がぶわあ!と広がるような気がして感動しました」

農業に重きを置く八千代伝ならではのアプローチ

八千代伝酒造〈つるし八千代伝〉の大きな特徴は、原料のサツマイモを熟成させていること。それは、農業にこだわる蔵元ならではの視点だ、と中村さんは話す。

「八千代伝酒造の酒づくりのいちばんの根幹は“土”。蔵元の傍ら農業法人の許可を受け、垂水市の美しい山中で、自分たちで原料の芋、米、麦を育てています。〈つるし八千代伝〉は、自分たちでつくって収穫したベニハルカを、生芋のまま軒下で2ヶ月ほど干している。つまりは原料のサツマイモの“熟成’’。芋の中のデンプンを糖度がぐんと上がるんですよね。

そう聞くとただ自然乾燥しているようにも思えるけれど、とんでもないんですよ! サツマイモを熟成する最適な環境は、気温13~15度、湿度90%以上だとか。土の中の状態を再現した環境のようです。存外に気温の幅は狭いし、湿度が高いから油断をするとカビが生えてしまう。時折、芋に風を当ててあげたりするそうです。最高の土の中の環境を、土の“外’’でつくる。それは相当な困難で、初年度は吊るした芋のほとんどが使い物にならなかったそうです。八木さんたちはそれでも諦めることなく、試行錯誤を繰り返して、ようやくこの熟成方法を編み出したと聞きました。

できたお酒を樽などで熟成するのは、焼酎はもとより多くの蒸留酒がやってきたこと。そうではなくて、原料である芋そのものを熟成するという発想がすごい。単式蒸留で原料の味わいが生きる焼酎だからこそのプロセスでもありますし。八木さんがこの〈つるし八千代伝〉で見せてくれた世界は、焼酎業界の概念を揺るがすほどの画期的なことだと思うんです! このすごさは、国内外を問わずもっともっと評価されてほしい。そんなことを思わせる1本です」

“農醸一体’’で新たな焼酎を生み出しつづける酒蔵・八千代伝酒造

中村さんの言葉の通り、八千代伝酒造は醸造家自らが原料栽培から醸造までを行う“ドメーヌの焼酎”を標榜する蔵元。社長を務め、農業に注力する八木健太郎さんを中心に、県内外から「この人と焼酎造りがしたい!」と若い蔵人たちが集まって、新世代のクラフト焼酎を続々と生み出している。

自社栽培ベニハルカを吊るして熟成し、糖度50にまで引き上げた“糖蜜熟成つるし芋”を使った〈つるし八千代伝〉と対をなすようなラベルの〈Crio〉は、同じく自社栽培のベニハルカを−3度の氷温庫で熟成させて糖度を上げた芋で仕込んだ1本。原酒を1年熟成した〈熟柿〉や、代表銘柄の〈八千代伝〉……。世界観のくっきりとした銘柄が揃う。

鹿児島・八千代伝酒造の〈つるし八千代伝〉(左)と〈Crio〉(右)

蔵があるのは、夏になると地元の人々も訪れる、美しい水をたっぷりとたたえる猿ケ城渓谷のそば。現在八木さんたちは計10ヘクタール以上の畑と向き合い、蔵で使うほぼ全ての原料を自社でまかなう。

「以前の蔵元同士はもっと横同士でバチバチと火花を散らしていたと聞きますが、僕らの世代は、蔵同士の横のつながりがあります。お話ししたように八木さんとは個人的にお付き合いもありますし、蔵にも何度か行かせていただいている。猿ケ城は水もとてもきれいですし、緑深い景観もとことん美しい。あの環境、地質や水をお酒に生かすのは、誰の目から見ても、とてもまっとうなことだと思います。とはいえそれを土づくりから実践するのは並大抵のことじゃない。

農業にしたって、原料をまかなうのはもちろんですが、産業廃棄物を出さないことにもこだわるなど、より大きな地球環境のことにまできちんと意識を向けている。農業については独学だと聞きますが、農業への向き合い方も含めて素晴らしいですよね。

自分でも蔵を営んでいると、あのような形で農業を実践していくのがいかに難しいかはよくわかる。だから八木さんには大きなリスペクトがあります。昔より横のつながりが強いとは言いましたが、僕ら作り手は、今も昔もみんな負けず嫌い(笑)。焼酎づくりをする者として、中途半端な気持ちでは同じ土俵には立てなないなと、八木さんのような方を見ていると思いますね。逆に、八木さんから『僕らには中村酒造場のような“手づくり”の焼酎はできない』と言われると素直にうれしいですし。お互いに、ここはと認め合えるところがあるからこそ、いい関係が築けているのかもしれません」

自分と同じ時代を生きる人たちへ向けた焼酎を目指して

2021年に販売を開始した中村酒造場の〈Amazing series〉は、杜氏としての中村さんが、企画からつくりの全てを手がけた、蔵にとって25年ぶりの新銘柄。商品化に至るまでの道のりは、全く平坦なものではなかったと振り返る。

〈Amazing series〉の第一弾〈STILL LIFE〉。奥に見えるのは、エチケットになった原画。

「2021年4月に〈STILL LIFE〉、12月に〈Tear Drop〉を発表しましたが、つくっている間に蔵の体制に変化があったり、ずっとうちの蔵で杜氏を務めていた、僕の師匠でもある上堂薗孝藏さんが亡くなってしまったのもあり、正直、精神的にも体力的にもかなりハードでした。そうしてつくり上げた分、かなり思い入れのある2本になったので、お陰様でご好評をいただいて、相当ほっとしています。

特に2本目の〈Tear Drop〉は、麹づくりでも相当苦戦して、さらにはなかなか発酵せず、もうダメかもしれないという時に菌達が応えてくれて力強く発酵が始まって完成に至った。そこに行き着くまでのいろんな感情が湧いてきて涙が流れたんですよ。嬉しさもあるし、安堵もあるし、これまでいた人がいない寂しさもある。いろんな思いの涙がつまっているので、そのまま〈Tear Drop〉と名づけました。

画家の今井麗さんに描いていただいたエチケットの絵にも、実はうっすらコアラの目から涙が流れてるんですよ。」

蔵の石壁にかけられた、今井麗による〈Tear Drop〉の原画

〈Amazing series〉は、鹿児島県内の蔵元でも3つしかない石造の麹室の中で、中村酒造場の麹室にだけ生息する、いわゆる「室つき麹」を使って仕込む。この麹菌に関して、中村さんには忘れられないエピソードがあるという。

「生前、上堂薗さんが引退される少し前だったでしょうか。こうして一緒に麹室で仕込みをすることも、もうそう多くないのかも……と思って、上堂薗さんが作業する後ろ姿を、僕が写真に撮ったことがあったんです。

亡くなった後、〈Amazing series〉に使う麹菌の分布を調べてみたら、ちょうどその写真の上堂薗さんが作業されてる位置の付近にだけ、その麹菌が生息していることが分かったんです。不思議なことがあるもんだなと思いつつ、きっと今も蔵にいてくださっているんだなと納得するような気持ちもあります」

歴史を感じる中村酒造場の蔵(上)と中村さんが撮った現役時代の上堂薗さん(下)。

〈Amazing series〉を生み出すまでの数年間は、蔵を引き継ぐことの困難や葛藤の連続でもあったと振り返る中村さん。

「蔵を育て上げてきた親世代、この蔵で働いてきたさまざまな人たち。彼らのこだわりや製法を大切に守っていくことに変わりはありません。そのうえで、いまの自分にできるのは、自分と同じ時代を生きる人たちに向けたお酒をつくっていくこと。受 け継がれてきたものを、否定ではなく肯定しながらアップデートしていく。中村酒造場にとって、今の僕にとって、いちばん大切なのはそのことです。

八木さんの発案した熟成芋しかり、継承したものを大切にしつつ、枠にはまらず、色々なアプローチで挑戦を続けていきたいと思っています。そういう意味でも、八木さんの焼酎づくりの姿勢に、大きな刺激をもらっているんです」

八千代伝酒造の焼酎と中村酒造場のレギュラー酒〈なかむら〉(上)と、中村さん一家(下)。道で遊ぶ子どもたちの歓声が蔵の中にも響いた。

蔵元から蔵元へ。ひとつだけ質問、いいですか?

同じつくり手同士、聞けること、聞けないことがあるはず。中村さん、この機会にひとつだけ、八木さんに質問してみませんか? 中村さんからいただいた質問を、八千代伝酒造の八木健太郎さんへお届けして、お返事をいただいてきました。

中村酒造場・中村慎弥さんからの質問

Q. 八木さんにとって、焼酎づくりにおいての一番の原動力は何ですか?

農業法人 八千代伝酒造株式会社 代表取締役・八木健太郎さんからのお返事

A. 原動力は、実行する力を自分自身に常に問う「反骨心」でしょうか。大事なのは、論より実行。

私は10年をかけて農業醸造一体のドメーヌの焼酎づくりを実行し実現しましたが、それが焼酎づくりのすべてでもなく、ゴールでもなく、まだまだ途中経過です。焼酎全体をこうしたいとか、ああしたいとか全体主義ではなく、またマーケティング的でもなく、私がどこまで自分の焼酎に向き合えて、さまざまな工夫や改善が湧き、実行でき、結果を出せるのか。そんな無垢でシビアな世界が、私には心地良いです。

私の考える最良の焼酎づくりは、社長・杜氏・社員すべてが平等に働き、全員が徹底した現場主義を持っていることです。そのためには、私は現場(蔵や畑)に籠らなければなりません。実際、10年ほど前から営業回りは一切しなくなりました。それは営業を軽視しているわけでも、サボっているわけでもなく、すべてを現場から湧いてくるものに集中したいからです。マーケティングでは生まれてこないものが現場にはあるのです。

最後に、慎弥君は彼自身にしかできない現場を「覚悟」を持って実行している数少ない蔵元の一人だと思っています。お互いやることは違えども、ベクトルの大きさは同じものを感じます。琴線を刺激し合える存在で、本音で話せる1人。それは友人であるとかを超えたもので、私が彼の焼酎を選びたいくらいです。本当にありがとうございました。


中村慎弥/中村酒造場6代目杜氏。中村酒造場は1888年創業、「人の手」「人の技」に重きを置き、昔ながらの焼酎づくりを行う。
https://nakamurashuzoujo.com

中村酒造場・中村さんが憧れる八千代伝酒造のクラフト焼酎はこちら

つるし八千代
芋焼酎
度数 25度
原材料 
ベニハルカ、米麹
蒸留 
常圧
容量 
720ml

蔵元 
八千代伝酒造 WEB→
所在地 
鹿児島県垂水市

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