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蔵元がうらやむ、あの蔵元の1本|松露酒造・矢野裕晃さんが語る、山田酒造の〈あまみ長雲 長期熟成貯蔵 古酒〉

インタビュー

蔵元がうらやむ、あの蔵元の1本|松露酒造・矢野裕晃さんが語る、山田酒造の〈あまみ長雲 長期熟成貯蔵 古酒〉

Text & Photo : SHOCHU NEXT

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蔵元の創意工夫に満ちたおいしい銘柄“だらけ”の、現在の焼酎界隈。次にどの銘柄を買おうか迷うとき、頼りになるのがプロのおすすめの言葉です。酒販店や飲食店の人、雑誌などのおすすめ記事、プロの評論家……。なかでも「蔵元の言葉」を聞いてみたくありませんか? 実際に自分でも焼酎をつくる人に、自分の蔵ではなくよその蔵の「あれはうまい!」を聞くなんて、まあまあ勇気はいるけれど、おいしいお酒をつくり続ける人たちだからこそ、そのおすすめはかなりの説得力があると思うのです。

そんなわけでスタートする不定期連載、第1回目は宮崎県・松露酒造の矢野裕晃さん。セレクトはあの黒糖焼酎でした。

焼酎の楽しさを伝える、宮崎県最南の蔵・松露酒造

松露酒造がある宮崎県串間市は、県の最南端。黒潮の上を通る風を受けて比較的年じゅう暖かく、太平洋に張り出した都井岬では、「御崎馬(みさきうま)」というからだの小さな在来馬が草を食む。のどかな南国の景色が広がる小さな町だ。蔵が建つのは市のいちばん南の住宅街の一隅。車で5~6分も行けば鹿児島県志布志市に入る、小さな港のすぐそばだ。大きな和甕を目印に、敷地へぐいっと車を乗り入れると、作業場の連なりが見えてくる。

迎えてくださったのは、蔵を率いる矢野裕晃さん。華やかな香りの芋焼酎〈松露 Colorful〉や、柑橘の最高峰ともされる希少なみかん「せとか」の皮を使った焼酎リキュール〈SETOKA PEEL LIQUEUR〉など、新しい層へアピールするお酒づくりに取り組む蔵の当主だ。

コロナ禍を受けて中村酒造の中村慎弥さんとオンラインイベントからスタートしたYouTubeチャンネル「SHOCHU’s day」では、各地の蔵元の人々を迎えて蔵元同士ならではの話を配信している。「焼酎は楽しい!」を身をもって教えてくれる矢野さん、おすすめの1本は何に決めましたか?

松露酒造・矢野裕晃さん。

宮崎と奄美の意外なつながり

「迷いましたよ、忖度したほうがいいかな、とか……ウソです(笑)。すぐに決めたのが、奄美大島にある山田酒造の〈あまみ長雲 長期熟成貯蔵 古酒〉です。

理由はいくつもありますが、ひとつにはこの串間の土地柄。実はこの辺りは奄美と縁深いのです。第二次世界大戦中には、沖縄・奄美から宮崎への疎開者が多かったそうです。その疎開でいらした方々が伝えた、焼酎の文化やつくり方がミックスされていると聞きます。

鹿児島県の焼酎づくりには、古くは黒瀬杜氏、阿多杜氏といった杜氏集団がいましたが、宮崎県には杜氏制度がありませんでした。杜氏はおらず、伝聞で焼酎をつくっていたといいますから、いろんな影響を受けているんでしょうね。宮崎と奄美のそういう関係を知ったのはけっこう後になってからですが、ご縁を感じてしまいます」

奄美・山田酒造の〈あまみ長雲 長期熟成貯蔵 古酒〉。どっしりと甘く、とろりとした味わい。

焼酎の歴史を追いかけていると、運命の思わぬつながりや曲がり角に出くわすことが少なくないが、宮崎と沖縄・奄美の関係性もそのひとつだろう。宮崎県の本格焼酎にほかの土地のレギュラーなお酒より低めの20度のものが多いことも、元をたどれば沖縄・奄美から宮崎へ疎開した人々の影響があるというが、それはまたいつか別の記事で。さて矢野さん、〈あまみ長雲 長期熟成貯蔵 古酒〉との出会いはいつだったか覚えていますか?

松露酒造・矢野さんが初めて感動した焼酎とは

「強烈に覚えています。なんせ山田酒造の黒糖焼酎は、僕にとっては初めて感動したお酒なんです。大学を終え、愛知県の酒屋で働かせてもらっていたとき、社長に『これ、飲んでみな』とすすめられたのがこの〈あまみ長雲 長期熟成貯蔵 古酒〉でした。最初はストレートで飲んで『甘っ! うまっ!』と(笑)。お湯割りのおいしさを教えてくれたのもこの焼酎でした。当時は飲み方といえばロックや水割りくらい。お湯で割るとこんなにうまいんだと衝撃を受けました」

奄美大島の東部・大島郡龍郷町にある黒糖焼酎の蔵元・山田酒造は、家族を中心とした酒づくりを行う蔵。2009年からはサトウキビの自社栽培にも乗り出し、サトウキビの収穫から仕込みの各工程に至るまで、手作業で手がける。
決して生産量の多い蔵ではないが、地元で長く親しまれる〈あまみ長雲〉に、低温で時間をかけてじっくり溶かした黒糖を使う〈長雲 一番橋〉、自社栽培の黒糖と地元の米を使って仕込む〈山田川(やまだごう)〉など、全国に熱烈なファンがいる蔵だ。
〈あまみ長雲 長期熟成貯蔵 古酒〉は、彼らによる5年以上熟成の長期熟成銘柄。矢野さんもまた、山田酒造の各銘柄のファンの一人だと話す。

「普段から飲む、いちばん好きな焼酎はと聞かれたら〈長雲 一番橋〉です。熟成にもこだわりのある蔵なので、どの銘柄を挙げてもよかったのですが、今日は長期熟成の〈あまみ長雲 長期熟成貯蔵 古酒〉で。

かなり骨太な味わいだし、蔵のいちばんの古酒で値段も高い……といっても一升で5,000円しないのでかなりお得だと思いますけど……ので、外に飲みに行ったりして出会ったら必ず飲みます。

お湯割りが最高に好きですが、ここのところミクソロジストの方々とも親交を持つようになって知ったのが、水割りやソーダ割りなどにローズマリーを浮かべる飲み方。〈あまみ長雲 長期熟成貯蔵 古酒〉には、黒糖の蜜のようなとろりとした甘さと、ハーブのような青っぽい香りがあるんです。この青さがレモンなどのさわやかな香りより、ローズマリーやタイムなど、ちょっとクセのあるハーブによく合う。黒糖の特徴的な甘みがぐっと引き立ちます」

黒糖の長期熟成+ローズマリー。双方の香りが引き立って新しいおいしさ!

丁寧で普通の作業から生まれる、緻密でなめらかな味わい

現在、山田酒造を率いるのは3代目の山田隆博さん。矢野さんは10歳ほど年上の山田さんを「いろんなことを頼んだり聞いたりと、めちゃくちゃ頼っているんです」と笑う。

「絶対に何か頼まれると思ってか、電話しても出てくれないですもん(笑)! 奄美の蔵には、自分が蔵に帰ってきてすぐの頃に一度伺ったことがあるきりです。鹿児島で焼酎の会があった次の日に、その会にいらしていた壱岐焼酎の重家酒造の横山太三さんと一緒に奄美へ飛びました。そうして奄美大島の山田酒造と富田酒造場、そして喜界島の朝日酒造と訪ねて回り、蔵を見せていただきました。

山田酒造のある龍郷は自然がとても豊か。蔵のすぐそばには濃く深い緑の山がそびえ、美しいせせらぎにそれこそ「一番橋」という名前の小さな橋がかかっています。

当時山田さんは、サトウキビの自社栽培を始められたばかりの頃でした。黒糖焼酎は奄美でしかつくることを許されていないお酒ですが、原料のサトウキビは沖縄などの島外のものであるケースがほとんどなんですよね。本来の意味での“土地のお酒”をつくろうとされていたのだと思います。

あの個性的で印象深い味はこういう土地で生まれるんだ! と、ものすごく感動した一方で、語弊を恐れずに言うと、蔵では特殊なことをしているわけじゃないことに驚きもしました。ドラム式の製麹機でお米を蒸し、黒糖を溶かし……。ひとつひとつの作業はもちろんものすごく丁寧なのですが、どれも普通。『これは山田でしか見たことない!』みたいな工程はないんです。それなのに出来上がってくるお酒は驚くほどに緻密で、絹のようになめらか。それこそほかの蔵の黒糖焼酎では感じることのないものばかり……。それこそがいわゆる“蔵ぐせ”と言われるものかもしれないけれど、不思議で仕方がありませんし、素晴らしい。同じ焼酎メーカーとしてうらやましく思います」

蔵元を訪ねると度々聞く“蔵ぐせ・蔵癖”とは、言葉の通りに蔵ならではの味の“癖”のこと。酵母や微生物の働きを利用してつくる醤油や味噌、日本酒や焼酎といった発酵食品の分野では、昔から“蔵つき酵母”と呼ばれる、それぞれの蔵に住み着いた微生物がそれぞれの蔵の味を決める大きな手がかりでもあった。
蔵の建つ場所の日当たりや風通し、蔵そのものの造りや出入りする人々に付着する微生物など、さまざまな環境の影響で、蔵に住み着く微生物の種類や働きは違う。これらが酒質に影響し、蔵独自の味わいを生み出すのだ。

昔ながらの蔵で仕込みを続ける山田酒造だから、蔵ぐせの影響があるのかもしれない、もっと詳しく聞きたいけれど聞けない部分もある、と矢野さんは話す。

あの奥行きのある味わいの裏には、本当は僕には見せてくれない何か秘密の工程があるのかもしれない(笑)。聞きたい半分、聞きたくない半分、という感じですかね。うちの蔵はうちの蔵の味をつくらないと」

ホーロータンクの並ぶ蔵で。松露酒造のお酒は新酒以外ほぼすべての銘柄が2年以上の熟成期間を経ている。

守り、攻める。自分の代ならではの蔵の味をつくるということ

海のすぐそばの温暖な土地柄、鹿児島市へも宮崎市へも同じくらいの距離の場所。麹米にはタイ米を使い、新酒以外の銘柄は出荷まで3年以上はホーロータンクで熟成をする……。矢野さんの松露酒造にも“蔵ぐせ”はもちろんあり、それが松露ならではの味につながっている。2018年に父から蔵を引き継いだ矢野さん。彼が目指す松露の味とは「味わいはあるけれど、遊べるお酒」だ。

「いろんな意味で、父までの代とは社会も変わりました。これからの焼酎は、もっとデイリーに、もっと気軽に遊べるものであった方がいいかなと。カスタムしながら飲むのは“面倒くさい”ではなくて“面白い”。若い世代はそういう感覚があるんだという実感が、ようやく持てるようになってきました。その層に「楽しいお酒」としての焼酎を訴求していくことで、気づいたら焼酎が一本くらいは家にあるという世の中にしたいなと思うんです」

松露酒造のラインナップ。左がカクテルベースとしても人気の〈genshu.玉茜〉、〈松露 黒麦〉はウイスキー用の麦を原料に2004年に醸造した長期熟成焼酎。芋焼酎〈Colorful〉は2パターンあるラベルも人気。

炭酸割りやお茶割りを積極的に押し出す〈Colorful〉はそんな矢野さんの姿勢がよく出た一本。今年の発売で5年目となり、主要な酒販店でもよく見かけるが「やっと定着したと思えるようになったところ」と矢野さんは話す。

「これまでの〈松露〉とは見た目からしてあまりに違いますから、発売当初は“なぜこんなチャラいパッケージなんだ”と言われたり(笑)。父のつくってきたものを踏襲しろというお言葉もその通りですが、僕は自分より同世代、さらに下の世代を見ていかないと……と。

隆博さんが自分の代でつくった〈山田川〉も、〈一番橋〉などの先代のお父様の味とはかなり違うことで、当初は酒販店から突き上げをくらったりとずいぶん葛藤があったとお聞きします。代替わりすると、やっぱり『自分の勝負をしなきゃダメだ』って気持ちが出てくるんだと思います。伝統を“守る”ことと、社会を見ながら“攻める”ことを同時に仕掛けていく。それがこの仕事のやり甲斐であり、怖さです」

先輩として、同業者として、矢野さんが「憧れる」山田の味。黒糖焼酎の可能性を知らせるものとして、もっと日本に、世界に知られてほしいと、矢野さんは教えてくれた。

「同じ黒糖を使った蒸留酒といえばラム。よく知られた銘柄でも、安いものだと加糖されていたりするんですよね。でも当然ながら黒糖焼酎は加糖もせずにあの深い甘みやコクを出している。熟成されて芳醇さを増した黒糖焼酎は特にそれが顕著です。芋焼酎とはまた違う甘さ、味わい、香りは唯一無二ですし、〈あまみ長雲 長期熟成貯蔵 古酒〉はそれがよく出た一本。奄美は世界自然遺産にも認定されましたし、その土地が生み出す味わいとして、世界の人に飲んでいただきたいお酒ですね。こういうお酒は、本当に国の宝だと思います」

山田さんがつくる黒糖焼酎と矢野さんがつくる麦焼酎。ふたつの蔵の熟成焼酎の2ショット、ラベルの風格にもどことなく共通点があってお似合いです。

蔵元から蔵元へ。ひとつだけ質問、いいですか?

同じつくり手同士、聞けること、聞けないことがあるはず。矢野さん、この機会にひとつだけ、山田さんに質問してみませんか? 矢野さんからいただいた質問を、山田酒造・山田隆博さんへお届けして、お返事をいただいてきました。

松露酒造・矢野裕晃さんからの質問

Q.自社でサトウキビを栽培されている隆博さん。〈山田川〉はその黒糖と、地元産のお米を使われていますが、地元の素材を使うことの難しさとよさを教えてください。

自社栽培のサトウキビと、地元龍郷のお米でつくる〈山田川〉。ぎゅっと濃縮されたうま味や甘みは唯一無二の味!

山田酒造・山田隆博さんからのお返事

A. 自社の畑でサトウキビの栽培を始めたのは2007年。それが育ち、製糖していただける工房が島内に見つかって、完全に自社のサトウキビでつくったものが出せるようになったのは2010年です。
畑の作業は父が中心になってやってくれていますが、とにかく天気との戦いの連続です。サトウキビは台風などにも比較的強く、強風に倒されれば立て直してあげればいい。でも台風の多かった年はサトウキビも曲がってて収穫が大変だし、奄美の炎天下で立て直す作業もなかなかの苦行です(笑)
多くの黒糖焼酎に使われる沖縄産のサトウキビは海のそばで育つので、潮風の影響を受けて、できあがる黒糖にもミネラル感があります。うちの蔵がある龍郷はそれに比べると内陸で潮風の影響をほとんど受けない。ですから自社栽培のサトウキビからつくる黒糖はぐっと甘くて濃い。原料の味の差はできあがる焼酎にもよく出ているように思います。
ウチは家族4人と社員1人だけの小さな蔵で、これまでつくる焼酎の8割は都市圏に出ていましたから、実は農業を始める以前は地元とのつながりがそれほど強くなかったのです。でも農業を始めたことで地元の方とのつながりが出てきて、地元の方にも土地のお酒を飲んでいただく機会が増えたのはとてもうれしいですね。
自社栽培のサトウキビと龍郷のお米で仕込む〈山田川〉は年に800本が精一杯。規模を大きくして生産量を増やすのは難しくとも、この量だけはなんとか守っていきたいと思っています。

そして矢野くん、今回は紹介をありがとう! 僕はスーパーアナログ人間で、コツコツと地道にお酒をつくることしかできないから、ヒロアキたちのような若い世代が「SHOCHU’s day」などを通じて焼酎の魅力を発信してくれることはとても頼もしいです。


矢野裕晃/松露酒造代表取締役。蔵を2018年に引き継いで率いる。松露酒造は1928年創業、「いつも飲める酒」を目指して宮崎県串間市で焼酎をつくる。宮崎でよく使われる「宮崎酵母」は、1950年代にこの蔵のもろみから分離されたといわれる。shouro-shuzou.co.jp

松露酒造・矢野さんが憧れる山田酒造の熟成黒糖焼酎はこちら

あまみ長雲期熟成貯蔵 古酒
【黒糖焼酎】
貯蔵 ステンレスタンク貯蔵・5年以上
度数 
30度
原材料 
米麹(タイ米・白麹)、黒糖(沖縄県産)
蒸留 
常圧

蔵元 山田酒造
所在地 鹿児島県大島郡龍郷町

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