蒸留器は蒸留酒づくりに欠かせない装置。前編の記事では蒸留器の歴史を辿りながら蒸留酒の誕生や日本への伝播などを見てきました。後編ではかつてどんな蒸留器が伝播されたのか、図解を交えてご紹介していきます。
前編はこちら!
蒸留器の歴史を知る! 前編・起源はメソポタミア | 熟成を知る、焼酎を楽しむWEBマガジン 「SHOCHU NEXT」
焼酎をはじめとする蒸留酒はその名のとおり、蒸留器を用いてつくられるお酒です。蒸留器なくして蒸留酒なし……そりゃそうか。ともかく、焼酎をつくるために欠かせない装置のひとつです。 これ、いったいいつ頃からあるんだろう……? 調べてみると、蒸留器ははるか遠い昔から使われてきた大発明品であることがわかりました。
蒸留“器”?それとも蒸留“機”?
蒸留器について調べていると、「蒸留器」と「蒸留機」のふたつの表記が見受けられます。これってどっちが正しいんでしょうか……?
結論から言うと、どちらが正解ということも明確な使い分けもされていないみたいです。
明確な区別はないようですが、現代の機械式のものを「蒸留機」、古式蒸留器や前編で紹介した錬金術の時代のものを「蒸留器」と呼んでいるのではないかという見解があります。ちなみに酒税法の表記は「蒸留機」です。
蒸留器の表記について掘り下げると、日本国憲法に変わるタイミングで法令上での表記「蒸溜」から「蒸留」に簡易化されたこともわかりました。これをさらに遡ると「蒸餾」だったみたいですね。
食偏がついてるあたり、香料や化学的な「蒸溜」とは区別していたのかもしれません。
蒸留器は古来から使われていますから、名称の漢字が変わったりあやふやな部分があるのは仕方ないのかもしれませんね……。
(本記事では、主に古式蒸留器を紹介していくので「蒸留器」と呼ばせていただきます!)
日本の古式蒸留器を総ざらい!
日本に蒸留器が伝わったのは14世紀から15世紀にかけて。かつての蒸留器はいったいどのような仕組みで成り立っていたのでしょうか。ではさっそく見ていきます。
アジアの主流「兜釜(かぶとがま)式蒸留器」
日本の蒸留酒づくりで主に使われたとされているのが「兜釜式蒸留器」。この型は中国や東南アジアなど、アジア圏で広く使われていました。
木桶の下部に鉄鍋を、上部に円錐状の鉄鍋を取りつけてあります。下部の鍋にはもろみを入れて熱します。もろみから蒸発した気体は冷却用の水を貯めた上部の鉄鍋の鍋ぞこで冷やされ液体に戻ります。その液体が鍋を伝って、内部に取りつけられた漏斗と筒を伝い、蒸留器の外部で集められます。
日本では外部に蒸留液が集まるようになっていますが、モンゴルでは内部に直接蒸留液を収集する容器がついていたとか。同じ形状の蒸留器でも地域によって少しずつ差異が出るのは、伝播の長い年月と地域性を感じられて面白いですね。
使っていたのは薩摩だけ!「ツブロ式蒸留器」
兜釜式蒸留器が主流だった日本ですが、薩摩と薩摩以南の諸島(奄美諸島など)ではこれと別の型の蒸留器が使われていたのだとか。それがツブロ式蒸留器と呼ばれるものです。
ツブロ式蒸留器は木桶の底に木板を敷き、そこに「ツブロ」と呼ばれる装置がついているものをさします。ツブロとは上部が円錐型なっており、下部のフチが溝になっている構造をしている蒸留液を集めるための装置。(少し想像しにくいかと思いますので、図解をよく見てくださいね……!)
円錐の天井で気体を液化して、円錐の形状をうまく利用してそれらを集めるという大まかな構造自体は、兜釜式と大きく変わりません。
この型の蒸留器は世界的にも薩摩でしか使われていないうえに、アジア圏で使われているものよりも西洋の蒸留器の形状に近いことから、正確なルーツがわかっていないようです。
西洋由来のものだと考えると、伝播ルートに新たな可能性が見いだせそうですね。世界中に存在するものだけに、蒸留器の伝播とはなんとも不思議なものですね。
江戸期の蒸留器「らんびき」
らんびきは江戸時代の日本で使われていた陶器製の蒸留器です。らんびきは蒸留酒づくりのほかに蘭学・西洋医学の薬品づくりや香料の精製、植物油の精油とかなり幅広い分野で用いられていました。
らんびきは三段重ね構造になっています。最下段に抽出したい原料の溶液を入れて加熱。蒸発した気体は冷却用の水の入った最上段に到達し、冷やされることで液体に戻ります。蒸留液はらんびき内部の壁を伝って中段の溝に集められ、外部へとつながる筒から外へと抽出されます。
兜釜式やツブロ式とは違って陶器製だったこともあり、らんびきは40~50cmほどの大きさでした。それゆえに大量生産にはあまり向かなかったとか。
「らんびき」という名称は「アランビック」が日本語に転訛したもの。現在ではらんびきの名を冠した焼酎があるほど。蒸留技術伝播当初の代表的な蒸留器のひとつと言えるでしょう。
世界の蒸留器はさらにいろいろ!
ここまで日本で使われていた蒸留器を紹介しましたが、これらは世界中に伝わった蒸留器のほんの一部でしかありません。世界にはどんな蒸留器が存在するのか、いくつか紹介してみたいと思います。
これが世界最古の蒸留器!
まずは現存する蒸留器で最古のもの、先史時代に使っていたものからみていきましょう。
前編でも紹介した通り、当時の蒸留器は香料を抽出ために使われていました。つくりは非常にシンプルですが、仕組みとしては
❶原料を入れて加熱・蒸発させる箇所
❷蒸気を集めて冷却、再度液体にもどす箇所
❸液体を集めて貯めておく箇所
と、現代と全く同じ手順で蒸留ができるようになっています。
当時の人々はこんなものをどうやってつくったのでしょう……。古代文明ってやっぱりすごいですね。
錬金術師たちの蒸留器
こちらも前編で紹介した錬金術の蒸留器です。錬金術師たちが使っていた蒸留器「アランビック」とはどのようなものだったのでしょうか。
そもそも「アランビック」とは蒸留器全体を指す言葉ではありません。蒸留する原料を貯めるのが「クルビット」、蒸留液を集めるためにクルビットの上部に取りつけた管つきの蓋状のものを「アランビック」と呼んだそうです。さらにこれが一体となった装置は「レトルト」と呼んでいました。これがいつしか「アランビック」という名称だけが残ったようです。
アランビック蒸留器は、クルビットと蒸留液を貯める容器をアランビックで繋いだかなり簡単な構造のもの。ただ、錬金術師たちの研究によってさまざまな形状のものが発明され、1600年頃に書かれた錬金術書には10種類以上のアランビックが書き記されています。用途によって使い分けをしていたのが窺えますね。このアランビックの仕組みは単式蒸留機の原型。さらに現代の化学実験でも使用されていたりします。
大進化を遂げた、現代の蒸留機
現代の蒸留機も古式蒸留機と違いを比べながら見てみましょう。
まず古式蒸留器と現代蒸留機のいちばんの違いは、ぱっと見でもわかる大きさ。現代の蒸留機は格段に大きくなり、一度に生産できる量に圧倒的な差ができます。
それからもうひとつ、原料の加熱方法も大きなポイントです。かつては焚き火で直接火にかけていました。もろみはあまり強火で炊いてしまうと焦げついてしまうため、かなり火加減が難しかったとか。それに加えて、つきっきりで火の番をする必要がありました。
一方、現在の蒸留機はスチームで加熱しています。これによってもろみが焦げる心配が格段に減りました。またもろみが焦げ付かなくなったことで、お酒の焦げ臭が減り、品質も上がりました。さらに機械で温度管理ができるので火の番も必要ありません。現代の文明! いいことづくしですね。
現代の技術は火の番をしなくていいようになっただけに留まりません。焼酎に減圧蒸留と常圧蒸留があることは知っていますよね? 蒸留機内の圧力を調整することで沸点を操作して、焼酎の出来上がりの風味を調整できるようになりました。
圧力によってとれる香味が違うので、常圧はどっしりとした味わい、減圧はすっきりとしていてクセがなく、飲みやすい仕上がりになるのだとか。
常圧・減圧蒸留機に関しては、以前の記事でも触れていますのであわせて読んでいただくと、違いがさらにおもしろく見えてきます!
常圧蒸留=どっしり、減圧蒸留=すっきりって誰が言った? 西酒造・西陽一郎が語る、蒸留をめぐる話 | 熟成を知る、焼酎を楽しむWEBマガジン 「SHOCHU NEXT」
焼酎に少し詳しくなってくると「常圧蒸留」「減圧蒸留」というキーワードを聞くようになりませんか? (かくいうSHOCHU NEXTでも、紹介銘柄のスペックには、味わいを知る手がかりとして蒸留方法を明記するようにしています) 一般に常圧蒸留=香り豊かでどっしりした味わい、減圧=雑味が少なくすっきりした味わいと言われるけれど、正直な話、それってどうしてなのかとか、どういう風に違うの? とか突っ込まれると、納得のいくご回答ができるか心許ないんですよ……。
人類の歩みに重なる、蒸留器の歴史に乾杯!
人類の大発明ともいえる蒸留器、さまざまな形で進化を遂げながら現代まで使われてきました。この大発明がなかったら僕たちは焼酎とも出会えなかったんです。ここまで紹介してきた長~~~~い歴史を感じ、蒸留器を発明した古代文明に感謝しながら、また今日も一杯、いかがでしょうか。