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タイ最大の焼酎インポーター・原宏治さんに聞く、タイの焼酎シーン

インタビュー

タイ最大の焼酎インポーター・原宏治さんに聞く、タイの焼酎シーン

Text : Sawako Akune(SHOCHU NEXT)
Photo : GINGRICH

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タイに本拠を置くバッカスグローバル社(以下バッカス社)は、和酒を中心に、世界の多様なお酒を取り扱うインポーター。日本人である原宏治さんが代表を務めることもあり、日本のお酒には特に強い。タイ国内で流通する焼酎の8割近くは、原さんのバッカス社からの卸しだといいます。さらにバッカス社では、バンコクにカフェ&バー「Fruitea Japanese Style Cafe & Liqueur Bar」やバー「Salon du Japonisant」を始めとする飲食店、酒販店の「NADAYA」なども展開。各国から仕入れたお酒を販売する自社チャンネルも持ち、原さんは間違いなくタイ国内の酒類動向を熟知する一人です。

他方、「SHOCHU NEXT」編集長を務める中山大希は、焼酎を始めとする日本酒類の輸出商社を営み、バッカス社とも取引をさせていただいています。中山を聞き手に、タイの酒類シーンの現在、そして現地のインポーターとして焼酎に求めるものなどをお聞きしました。

バッカスグローバル代表取締役・原宏治さん

タイ国内のマーケットへ日本のお酒を届ける

SHOCHU NEXT編集長・中山大希 まずは、原さんがタイにバッカスグローバル社を設立された経緯をお聞かせいただけますか。

バッカスグローバル代表取締役・原宏治 タイには、2000年代初頭に前職で駐在員として住んでいました。たまたま昔からワインが好きで、ソムリエの資格をとっていたりとお酒に興味があったものですから、当時のタイのレストランやバーでは、お酒の品揃えに物足りなさを感じていたんですよね。反面、この国はこれからどんどん成長していくだろうなという実感もありました。それで駐在も終わって退職した後、2004年にタイに戻ってワインバーを始めました。その後リーマンショックのあおりをくらって一度は日本に帰国したものの、再びタイに戻り、準備期間を経て2010年に設立したのが「バッカスグローバル」です。タイの経済は上り始めていましたから、再び小さなレストランやバーをやったとしても大手には飲み込まれてしまうと思ったのが、卸を始めたきっかけですかね。最初のうちはイタリアのワインを日系の飲食店に卸すのがメインでしたが、ワインは競合が多い。日本の人なのだから日本のお酒を……といった声を受けて、焼酎や日本酒を仕入れるようになりました。そうするうちに、タイ人も日本酒は好きですし、ウイスキーや梅酒も売れたりするようになって、現地の飲食店からの引き合いが来るようになっていったんです。

中山 では今バッカス社がお酒を卸しているのは、現地の日本人のマーケットというよりは、タイのローカルな方々のマーケットですか?

 ええ、ローカル相手が7~8割ですかね。

飲酒する層の世代交代が進むタイ

中山 そうすると、仕入れの基準は現地の方の舌に合わせることになっていくのでしょうか?

 そうですね、現在僕らは、酒販店や飲食店も経営していますから、そこでお客さんの生の声を拾うことも多いです。月並みですが「郷に行ったら郷に従え」で(笑)、日本人の僕としてはおいしいものだとしても、タイの人々がどう感じるかは、やはりかなり気にしています。マーケットの声には聞く耳を持ち、さらにそのど真ん中ではなく、5年くらい先の味覚を見極める感じです。タイの経済は好調ですから、現地には相当数のサプライヤーやインポーターがいる。その中で存在感を保つには、これから伸びるだろうなという味わいを予測して、自分たちがトレンドをつくっていくくらいの気持ちでいなくてはならないと思っています。

中山 原さんがタイに関わるようになったこの20年あまりの間に、タイの飲酒シーンは変化しましたか?

 かなり変わりました。まず、飲酒する層がはっきりと世代交代しましたね。2000年代初頭に40~50歳の現役世代だった、海外のお酒を初めて飲んだ方々が引退して、いまはその子どもたちが台頭している。いまのタイで焼酎を飲むのも、圧倒的にそういった若い方たちです。彼らのなかには富裕層の子息たちなどもいて、海外で教育を受けていたというような方も少なくありません。そういう人々はお酒も含めた嗜好品に相当なお金を使う。価値観の多様性があって、おいしいければなんでも飲むし、新しいものも恐れない。

中山 日本からの焼酎の輸出は、かつては大半が現地の和食レストランや日系スーパーなど、国外にある日本人マーケットへ向けられていました。でも今の蔵元さんたちには、もはやそれではだめで、各国のローカルのマーケットをターゲットにしないと意味がないという意識に変わりつつある。そんななかで、ローカルに強いバッカス社のような存在はとても心強いです。

原 僕らタイのインポーター業界の意識も、少しずつながら変わってきていると思います。かつては食品の卸がメインで、お酒は有名なナショナルブランドをおまけのように仕入れておけば、営業をしなくても勝手に出ていくようなかたちが大多数でした。それがこの10~20年は、自分たちできちんと選りすぐったものを、自分たちの得意先に売り込むというインポーターが増えてきています。

バンコクにある、バッカス社直営の和酒バー「Salon du Japonisant」
2022年オープンの「Fruitea Japanese Style Cafe & Liqueur Bar」は、世界でも珍しい日本産リキュールの専門店。
直営の小売店「NADAYA」も複数店展開。こちらはそのひとつ。

現代のタイで求められる焼酎とは

中山 バッカス社での焼酎や日本酒の扱いは伸びているのでしょうか?

原 おかげさまでどちらも伸びていますよ。中山さんからのご紹介もあり、現在は鹿児島県の国分酒造、濵田酒造、中村酒造場、白金酒造、宮崎県の松露酒造、熊本県の六調子酒造、豊永酒造、福岡県のゑびす酒造といった蔵を扱っています。

中山 多数の蔵元・銘柄を扱うからこその売りやすさがある一方、伸び悩む商品が出てきませんか? これは輸出商社の僕も同じジレンマを抱えているのでお尋ねしたいのですが、そういったことに対しての解決策はどうされているのでしょう?

 いやあ、それは非常に難しいところなんです。自分が選んだお酒には、やっぱり愛着がありますからね。とはいえ売れないのは困るし、ビジネス的にどうしても切らなければならない局面も出てはくる。それでも本当に自分がおいしいと思っているものは残していますね。

中山 バッカス社はそうやって、自分たちが扱う銘柄をなんとか動かそうとしてくださる。どんな国が相手にせよ、一回輸出はできたけれど眠ってしまうことがやはりあって、多くの蔵元さんが悩まれているんですよね。一度ひとつのインポーターと売買関係を結んでしまったら、その国でのルールなどもあって、簡単に他社との契約ができなかったりして、がんじがらめになったり……。

 実際に日本で蔵元さんを回ってお話をさせていただいて思うのは、どこも、とてもいいものをつくっているということ。どのお酒も技術と思いを込めた“クラフト”だし、自分の子どもを育てるように大事に扱っておられる。大切につくるそのお酒たちに、きちんと日の目を当ててあげたいと強く思います。

中山 国内の場合、あくまでスピリッツやリキュールでなく「本格焼酎」でなくてはいけないという声があったり、色規制に対しての方策が蔵元によっていろいろに違ったりするのですが、輸出に限って考える場合、あまりそこを気にしない方がいいのでは……と僕自身は思っているんです。原さんはどうですか?

 そうですね、その辺りの事情はすべて日本国内のことですから、正直僕ら海外で焼酎を売る者にしてみたら関係はありません。ただ、光量規制のための方策として、熟成して琥珀色になった焼酎の色を抜くことで、うま味成分も一緒になくなってしまうことは、どうも理解ができないですね……。各蔵元がおいしいと思う味をそのまま出していただいた方が絶対にいいとは思います。

焼酎を海外で広げるためにできること

中山 焼酎をまるで知らない、でもおいしいものならなんでも飲む。そういう層に焼酎を届けるために、どんな工夫をされていますか?

 そうですね、やはりカクテルとかのベースにすること、その時にこれは焼酎を使っているんだと言えること、ですかね。

中山 では、タイでの焼酎の裾野を広げるために、日本側でやっておいてほしいことはありますか?

 ひとつは、銀座辺りでインバウンドに向けた焼酎のポップアップをつくったりしたらいいのにとは思います。そこで焼酎の知識も得られて、すこし飲めたりするような。その方たちが自国に帰ってあのお酒が飲みたいな、と思ったときに僕らがいる(笑)。
それから蔵元さんには、ラベルのデザインを重視してほしいという気持ちがあります。少し前まで焼酎のラベルといえば墨字が一辺倒でしたが、やはりそれだけだと何なのかわからない(笑)。英語で説明が入っていることや、若い消費者を意識してデザイン性が高いラベルであることは必須かなと。かつてのターゲットだった海外駐在の日本人ビジネスマンはどんどん数を減らしているし、昔ほどには裕福ではなくなってきている。相対的にみたら、現地のローカルの方の方がずっとお酒にお金をかけられるようになってきています。
だからそちらに向けてメッセージを出していく方がいいと思いますね。高価でも熟成していたり、香り高かったりと、付加価値のあるものの方が僕たちは売りやすい。
蒸留酒のマーケットは確実に大きくなってきています。そこをきちんと意識して、個性がある焼酎で勝負してほしい。きっと海外で大きく伸びる1本が生まれるはずです。

原宏治/Koji  Hara 愛知県生まれ。大学卒業後に証券会社勤務。CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)勤務時の2001年から2年半タイに赴任、現地法人の副社長を務める。2003年に帰国の後、再びタイに渡り、ワインレストラン「バッカス」をプロデュース。リーマンショック後に日本に再帰国し、楽天グループ(株)に就職。2011年に酒類卸業バッカスグローバル社を設立。1996年にソムリエ資格を、2010年に利き酒師の資格を取得。
https://bacchusglobal.co.th/


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