北はサブカルチャーの聖地・中野、南はファッショナブルタウン代々木上原に挟まれた渋谷区幡ヶ谷。さまざまなバックグラウンドを持つ人が行き交うこの街で話題の店がある。2021年にオープンした焼酎×スパイスフレンチの立ち飲みビストロ「キッチンかねじょう」。あまり聞いたことのない、スパイスフレンチと焼酎の組み合わせはどんなコンセプトで生まれたのか? 一体どんなペアリングが楽しめるのか? 焼きたてのパンの香ばしい香りが立ち込める、営業直前の「キッチンかねじょう」にお邪魔した。
幡ヶ谷で賑わう、本格立ち飲みフレンチ「キッチンかねじょう」
京王線幡ヶ谷駅の北口を出て歩いて3分ほど。青果店や飲食店が並ぶ商店街の一角に「キッチンかねじょう」はある。年季の入ったガラス戸を開けると、出迎えてくれたのは店主の上松晃大(こうだい)さんと上松菜穂さん。ダウンライトに照らされた温かな空間を、艶のある木製カウンターが一直線に走る。8人ほどが入るコンパクトな店内は、カウンターの立ち飲みスタイルだ。フレンチレストランで10年以上修行し、料理長まで務めた晃大さんは、その後にワインバーやカレー店でも研鑽を積んで、2021年4月に「キッチンかねじょう」をオープン。現在、菜穂さんと2人で連日お客さんで賑わうこの店を切り盛りしている。
「大学在学時から働いていたフレンチレストランで料理の面白さに気づいたんです。そこは100人規模の大きなお店でしたが、長年働くうちに、自分の顔の見える範囲の広さの飲食店をやりたくなり、独立を決めました。お店を幡ヶ谷にしたのは、単純に近くに住んでいたからかな。若い人もお年寄りもいれば、新しいお店も老舗もある。偏りなく、色々な文化が混在している街の雰囲気が心地良いんです」
近くでコーヒー店を営む若者から、長年幡ヶ谷に住む壮年の夫婦、海外からの旅行客……。新鮮な食材を使った創作料理と、ユニークなお酒のペアリングを求めて、「キッチンかねじょう」にはさまざまな人が訪れる。お酒は焼酎とワインの二本柱。カウンターや棚には、芋焼酎を中心に、鹿児島県出身の晃大さんがセレクトした銘柄が並ぶ。
「どんな食事にも合わせやすいのが焼酎とワインの魅力。特に焼酎は和・洋・スパイスとジャンルを全く選ばない。合わせやすさゆえ、ペアリングを考えるのがかえって難しいほどです(笑)。僕一人じゃ決めきれないので、おすすめの銘柄を聞かれた時は二人で考えていますね」
思わず「C’est bon!」 選りすぐりの食材とスパイスでつくる「キッチンかねじょう」の焼酎ペアリング3品
メインメニューに加え、手軽なサイドメニューも豊富な「キッチンかねじょう」。メニューはほぼ日替わり。一つ一つの材料のストックが少ないため、1週間も経てばガラッと入れ替わっていることがほとんどだそう。さて、今日はどんな料理が出てくるのか……!? ワクワクしながら、本日のお薦めの料理と焼酎のペアリングを聞いてみた。
まず一品目は、「キッチンかねじょう」の名物メニュー、手作りフォカッチャとリエット。合わせる焼酎は、大和桜酒造の芋焼酎〈new classic〉のお湯割り。サーブは鹿児島県の名陶工・沈寿官窯のぐい呑みだ。
ほんのりスパイスが香るフォカッチャに旨味たっぷりのリエット、芋の甘みが柔らかい〈new classic〉のお湯割りは、飲み始めの1杯にぴったり。寒い冬には間違いなしの、じんわり体が温まる優しいペアリングだ。
「〈new classic〉のまろやかな口当たりを引き立たせるため、お湯割りは熱々にせず、飲み進めやすい温度で。しっかりめの味つけのリエットと合わせることで、口いっぱいに両方の旨味が広がります。焼酎の温度が下がっても香りは健在。ゆっくり楽しんでもらえるペアリングです」
次に出てきたのは、鹿児島・国分酒造の芋焼酎〈蔓無源氏(つるなしげんじ)〉のソーダ割りと、総州古白鶏のレバーのコンフィの組み合わせ。プリッと歯応えのある、千葉県の地鶏・総州古白鶏のレバーは、ネパールの山椒“ティムル”を効かせてじっくりオイル煮に。これをタイ風の自家製ラー油と合わせた、ピリ辛スパイシーな香りが押し寄せる1品だ。大正時代に広く使われていたサツマイモ・蔓無源氏を苗から復活させて醸したその名も〈蔓無源氏〉は、華やかな香りが魅力! 炭酸水の喉越しで爽快感は倍増。思わず「もう1杯!」と頼んでしまう、ゴクゴク飲み進められるペアリングだ。
「クセがなく身が締まった総州古白鳥のレバーは、華やかな香りの焼酎と相性抜群。もちろんワインとの親和性もあるので、これまで焼酎を飲んだことがないワイン派のお客さんにも薦めやすい。お酒が違えば料理の感じ方もガラリと変わる。ペアリングの妙を楽しんでもらえる一品です」
最後に出してくれたのは、ヒラハタとカブのココット蒸しと、「紅系」「白系」「紫系」「橙系」の11品種の苗を混植してつくる、鹿児島・白石酒造の芋焼酎〈天狗櫻 混植栽培〉の水割りのペアリング。ヒラハタは鹿児島県の鮮魚店から直送。より旨味を引き出すため、晃大さんが丁寧に熟成を行っている。
「魚は毎週、鹿児島にある馴染みの鮮魚店から届いた新鮮なものだけを使います。網漁ではなく釣漁で獲れた魚を送ってくれるので、どれも身が締まっていて食べ応えがある。焼き上げるとふっくら甘みが出るヒラハタは、〈天狗櫻 混植栽培〉の複雑な味わいとよく合います。ヨーグルトを思わせる酸味、マンゴーのような甘い香り、芋焼酎特有の余韻……。さまざまな表情を見せる〈天狗櫻 混植栽培〉を、ヒラハタの淡白な味わいがまとめてくれる組み合わせです」
魚は週替わり。毎週どんな魚が届くかは晃大さんもわからないそう。「届いてからメニューを考えるのは難しいけど、新しい料理を考えるチャンスでもあるんです」と晃大さん。新鮮な魚介と芋焼酎、鹿児島県のおいしいものが一堂に集まった、夢のようなペアリングだ。
親子3代で受け継ぐ「かねじょう」
とびきりのペアリングに大満足の「キッチンかねじょう」。店名を見返すと、ふと一つの疑問が浮かんだ。お店の名前は「キッチンかねじょう」なのに、オーナーの名前は上松さん……。一体どうしてこの店名に? 「今でも僕の名前をかねじょうだと思っている人がいて、本名を言うと驚かれます」と笑う晃大さん。そのルーツは、晃大さんの祖母にさかのぼる。
鹿児島で民藝品店を営んでいた晃大さんの祖母。店の名は「民藝かねじょう」。屋号だった「かねじょう」の名を継いだ店名だったそう。その後、二代目として晃大さんの父、伸彦さんが鹿児島で開いたバー「民藝茶寮かねじょう」にもその名前は受け継がれた。店内には民藝品が飾られ、知る人ぞ知るバーだったという。年齢も職種もさまざまな人で賑わい、夜ごと酒を酌み交わす、個性あふれるお店だった。しかし、2017年、病に伏した伸彦さんは帰らぬ人に。残されたのは「かねじょう」の名と、晃大さんの祖父が描いた松の絵だった。
「祖母から父へ、こつこつと積み上げてきた『かねじょう』を残したい。この一心で『キッチンかねじょう』を始めました。今でも鹿児島からはるばる父の店の常連さんも来てくれて、松の絵を見て『懐かしいね』と思い出話になる。祖父が残したこの絵が縁を繋いでくれているのだと思います」
お店のメニューにも受け継がれたものがある。茶芸師である晃大さんの母が厳選した中国茶や、焼酎の前割りは「民藝茶寮かねじょう」で出ていたものだ。
「寒い時期は体が温まる効果がある茶葉を、夏になると爽やかな飲み口のものを季節に合わせて母が送ってくれるんです。前割りのベースは、父のお気に入りだった村尾酒造の芋焼酎〈薩摩茶屋〉。鹿児島のお店のスタイルを踏襲して、カラフェグラスと蕎麦猪口で出しています」
屋号のみならず、店の設えからメニューまでさまざまな要素を先代から受け継いだ晃大さん。「キッチンかねじょう」は2023年4月に2周年を迎えるが、これからが正念場だと語る。
「お店は常にアップデートしていなくちゃいけない。屋号を継いだとしても、父と同じお店はできないし、『キッチンかねじょう』としてより良い食事をつくっていく必要がある。そのきっかけをつくってくれるのは、自分のルーツでもある鹿児島の焼酎や食材。良いものをつくる生産者さんの熱意を余すことなく届けることが僕にとっての目標です。最終的には、鹿児島でもお店を開ければいいな」
スパイスフレンチ×焼酎×立ち飲みと斬新なスタイルを生み出す「キッチンかねじょう」。親子3代にわたって受け継がれる「かねじょう」の伝統と独創性がその新しさの礎になっている。
キッチンかねじょう |
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