九州一の大都市として、全国各地、はたまた世界各国から人が集まる福岡・博多。福岡県酒造組合、福岡県庁を訪れ、福岡の焼酎文化を知った後は、いよいよ実践編。博多といえば屋台だけれど、焼酎を探し求めるなら、買って飲んで楽しめる角打ちもいい。「酒文化の交差点」とも呼ばれ、さまざまな酒が集まる福岡・博多。一体どんな熟成焼酎があるのだろう。博多の熟成焼酎のリアルを突き止めるべく、2日間にわたって酒店を巡る旅のはじまり!
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コロナ禍における焼酎業界のいま | 地元の酒づくりを支える、福岡県酒造組合と福岡県庁の取り組みとは | 熟成を知る、焼酎を楽しむWEBマガジン 「SHOCHU NEXT」
大都市と自然いずれのよさも持ち合わせる九州の玄関口・福岡県。文化や経済の交差点でもあるここは、古くから清酒と焼酎づくりが共に盛んだったことから「日本酒と焼酎の交差点」とも呼ばれる。現在でも、県内の蔵元68社のうち25社が清酒と焼酎を兼業。樽や甕で寝かせた熟成焼酎を手がけている蔵も多い。広く日本を見渡しても、福岡県には独自の酒文化が根づいているのだ。その福岡県が、昨年来のコロナ禍を受けて、地元の酒づくりを支えるさまざまな施策に乗り出しているという。県内のみならず、県外からの関心も高いと聞く取り組みの数々とは、一体どんなものなのか……? 福岡県における焼酎の始まりから現在までを探るべく、福岡県酒造組合と福岡県庁へ足を運んだ。
福岡酒店巡り1件目:品揃えは少数精鋭。博多・薬院の老舗、こば酒店
はじめに向かったのは、博多区・薬院。カフェやセレクトショップが立ち並び、若者にも人気のこのエリアに、100年近く地元で愛される酒店があるのだそう。焼酎も多く扱うというその老舗の酒店は、角打ちも連日大人気だとか。そうと聞けば、もちろん行かない手はない! 早速、薬院大通駅に降り立り、大通りを北へ歩いてわずか3分。薬院六つ角の交差点を曲がると、大きな「KOBA」の看板が赤く光る。中をちらりと覗けば、〈武者返し〉や〈池の露〉など見覚えのある銘柄の前掛けがずらり。間違いない、ここがお目当ての「こば酒店」だ。
緊張の福岡酒店巡り1件目。恐る恐る店の扉を開けると「いらっしゃい!」と明るい声が迎えてくれた。気さくなその声の主はこば酒店の店主、木庭健次郎さん。1929年創業の「こば酒店」3代目として店を率いている。
店に入るなりまず目を引くのは、所狭しと並ぶ酒瓶たち。焼酎をはじめ日本酒やワインと多種多様な酒が揃うのは、さすがは"酒の交差点"福岡の酒店。壁の半分を占める焼酎は芋、麦、米とさまざまだが、ここまで焼酎が増えたのは木庭さんが店主になってからだ。
「僕がこの酒店を継いだのが16年ほど前。その時に直接取引があった蔵元は〈佐藤〉で有名な佐藤酒造さんくらいでした。第3次焼酎ブームの最中だったこともあってよく売れた反面、酒店としては、もう少し焼酎に踏み込みたい気持ちもありました。でも銘柄を増やすなら、深くお付き合いができる蔵の焼酎をしっかりとアピールしたい。一見いろんな焼酎が並んでいるように見えるけど、実は蔵元の数でいうとほんのわずかなんですよ!」
そう、ワインや日本酒も豊富に揃うこば酒店の魅力は、なんといってもマニアックな焼酎のラインナップ。棚に並んだ焼酎をよく見ると、寿福酒造場や天草酒造といった熊本県の蔵元の銘柄が目立つ。
「はじめに声をかけたのは球磨焼酎の寿福酒造場さん。先代の杜氏である寿福絹子さんに頼み込んだら、すぐに焼酎を送ってくださった。今でも仲良くやり取りさせていただいています」
直接取引がある蔵は片手で数えるほどと、少数精鋭な品揃えを貫くこば酒店。それゆえに寿福酒造場が手がける〈武者返し 長期貯蔵古酒〉や〈寿福 古酒 1999年〉など、なかなかお目にかかることができない熟成焼酎も揃う。
球磨焼酎を扱う流れで次に木庭さんが出会ったのは熊本県天草市にある天草酒造。2006年、26年ぶりに芋焼酎〈池の露〉が復活を果たした時だったという。
「天草酒造社長の平下豊さんとは同世代。会ってすぐに意気投合しましたね。平下さんが『〈池の露〉を日本一の焼酎にしたい!』と熱く語っていたのが印象的で。その気持ちに応えるべく、天草酒造の焼酎がトップに立つまではうちも他の焼酎に手を出さないぞ!とがっちり握手しました」
木庭さんの言葉通り、こば酒店は天草酒造の銘柄は全て揃うほどの勢い。〈天草 熟成古酒〉や〈古酒 池の露〉など熟成焼酎も多く、どれを選んだものか悩んでしまう……。そんな充実した品揃えのなか、ラベルがなく、「¥1,375」と値札だけ貼られた瓶があった。はてこれは一体…? と首をかしげていると「それも熟成焼酎ですよ!」と木庭さん。
「瓶の正体は天草酒造の麦焼酎。黄麹を使って麦焼酎をつくろうとしたら失敗しちゃったそうです。世に出せるようなものではなく、かといって酒税法の関係で捨てることもできない。ずっとタンクに寝かせて、つくったことも忘れたまま、気づけば13年熟成。ある日、鹿児島のとある酒店さんが蔵に来た時にその存在に気づいて、試しに飲んだらものすごくおいしくなっていた。その酒店さんがそのタンクを丸々買い取って13年古酒として出したもの。酒店同士仲が良かったから分けてもらったんです」
13年熟成に加え、39度と高い度数のこの熟成麦焼酎。スコッチウイスキーにも負けない芳醇で濃厚な味わいから、スコッチならぬ〈さつまっち〉と名付けられている。
「狭く深く焼酎を扱うからこそできる品揃えですね」と木庭さん。数を絞るからこそ、銘柄一つ一つの味わいやストーリーをしっかりと伝えることができる。「頑張っている蔵元さんを見ると、自分もそれに応えたくなるんです」と話す、実直な木庭さんならではのラインナップだ。
博多のはしご焼酎はここから。こば酒店の角打ち
酒販だけではなく、角打ちも連日大人気だというこば酒店。酒店のちょうど真裏の通りにある角打ちを覗くと、平日にも関わらず満員御礼の大盛況……! 大小合わせて5つのテーブルとカウンターは全て立ち飲み、注文時に支払うキャッシュオン方式だ。
焼酎のほとんどは300~400円台で、〈寿福絹子〉や〈古酒 池の露〉など、とびきりの熟成焼酎もリーズナブルに楽しめる。料理も200~300円台とお手頃。1日に何件もはしごする福岡の酒文化に合わせ、千円ぽっきりでも十分に楽しめるような価格が魅力だ。
「角打ちは持ち込みができるところも多いですが、うちはワインと日本酒だけ。焼酎は割り物を用意するのが大変で(笑)。焼酎は持ち込みできないかわりに、こぼれそうなくらいグラスなみなみでお注ぎしますよ!」
そう言いながら木庭さんが出してくれたのは、これでもか!というほどグラスの縁ぎりぎりまで注がれた〈古酒 池の露〉のロック。この量で420円なのだから、飲兵衛にはたまらない。
おつまみに、と出してくれたのは、角打ちを始めて20年間ロングセラーという生ベーコンのスモーク。〈古酒 池の露〉のなめらかな甘みが、ベーコンのほどよい塩味と燻製香を包み込むペアリングで、グラスが進む。
「お腹いっぱいになるより、300円くらいでちょっとつまめる料理を出すようにしています。美味しいご飯をいっぱい食べたかったら、良いレストランが周りにいっぱいあるからね」
僕たちは酒店であって、プロの料理人ではない、と木庭さんは謙遜するが、安くてうまい!と料理の評判も高い。焼酎グラス1杯におつまみ2品で30分。福岡のはしご焼酎1件目にはもってこいの角打ちだ。
グラスの焼酎をググっと飲み干し、博多角打ちはしごの準備も万端。「いつでも来てくださいね!」と終始気さくな木庭さんの見送りを受けて、次の酒店へ向かった。
こば酒店 |
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住所 福岡市中福岡県福岡市中央区薬院1-12-18 営業時間(角打ち) 17:00〜23:00(土曜日のみ21:30閉店) 営業時間(酒店) 10:00〜21:30 定休日 日・祝 ※新型コロナウイルス感染症対策のため、営業時間に変更がある場合があります。 |
福岡酒店巡り2件目:博多最古参の角打ち、山崎酒店
こば酒店を後にして、向かうのは博多駅前。住吉神社のほど近くにある「山崎酒店」は、創業は100年以上前、戦前からここ博多の地で酒販を営む老舗中の老舗酒店だそう。酒店創業時から受け継がれる角打ちは、予約必須の超人気店だと聞く。電話越しに一報を入れると、「焼酎用意しとくけん、日付越えてから来てよ!」と威勢の良い男性の声が返ってきた。博多最古参の角打ち、そんな夜更けに一体どんな熟成焼酎が待っているのだろう…? 時刻は夜中1時前。博多随一の角打ちで供される熟成焼酎を知るべく、深夜の「山崎酒店」へと足を運んだ。
博多駅から徒歩約10分、人参通りの角に佇む「山崎酒店」。酒店の入口の左手、すりガラスがはめ込まれた木製のドアが角打ちの入口だ。そっとドアを開けると、楽しそうな話し声とともに「あ! ちょっと早かったね!」と先ほどの男性の声。威勢のいいその声の主こそ、山崎酒店店主の山崎勝志さん。「11時くらいまでは予約のお客さんがいっぱいで。もうすぐ落ち着いてくるかな」と山崎さん。月曜、水曜、金曜だけオープンする角打ちは連日満員だ。
カウンター10席、3〜6人がけのテーブルを4つ備える店内は、温かいダウンライトが照らすバルのようなしつらえで、いわゆる角打ちとは一線を画す。
「角打ちは創業時からですが、こういう雰囲気になったのは自分が店主になってから。それまではカウンターだけで、大手メーカーの酒を出す、いわば大衆角打ちでした。僕は良い酒をお客さんに知ってほしかったから、出すお酒も雰囲気もガラリと変えたんです」
角打ちには珍しく、山崎酒店の角打ちは全てのテーブルに椅子が用意されている。美味しい酒は腰を据えて飲まないと嗜めない、という山崎さんのポリシーだ。バックバーやシェルフに並べられた焼酎を見ると、普段の飲食店では見かけない銘柄ばかり。「100種類くらいまでは数えていたけど、常に増えているからどのくらいあるかはもうわかんないね」と笑う山崎さん。角打ちのメニューにある焼酎のほか、酒店で売られている全ての焼酎を持ち込むこともできる。ここまで種類が揃えば、熟成焼酎も多いはず。さて山崎さん、おすすめの熟成焼酎は? と尋ねると、まず出してくれたのは西酒造の人気芋焼酎〈富乃宝山〉。あれ…熟成焼酎は…?
「この〈富乃宝山〉の瓶詰め年は2007年。14年間うちの倉庫で眠っていたんです。瓶熟されていて、今流通しているものと口当たりが全く違いますよ。角が取れてとってもまろやかだし、余韻も長い。長く酒店をやっていると、倉庫の奥に眠っている焼酎が見つかる。常に多くの在庫を持つ酒店の角打ちだからこそ出せる熟成焼酎です」
確かに〈富乃宝山〉の持つフルーティさはそのまま、アルコールの角は取れてより一層飲みやすい口当たりになっている。さらに「こんなレアものもありますよ」と山崎さんが出してくれたのは、麦米麹焼酎〈福の泉〉。かつて宮崎県西臼杵郡にあった酒蔵、福田酒造場(現在は味噌工房として運営)がつくっていた本格焼酎で、今は流通することのない1本だ。年季の入ったボトルの風格も相まって、熟成感は満載。一口含むと、ふくよかな麦の香りが口いっぱいに広がる。
熟成焼酎のバラエティだけではなく、山崎酒店の角打ちは当ても絶品。ペアリングとして出してくれたのは、アメリカンオーク樽で30年熟成した米焼酎をブレンドした球磨焼酎〈釂(しょう) エクセレンス)〉と、博多名物の酢モツ。〈釂 エクセレンス〉特有のザラメのようなシルキーな舌触りと、酢モツのさっぱり感のループは間違いなしのペアリング。
「良い酒には良い料理がないと楽しめないからね」と山崎さん。日替わりのおつまみは、山崎さんの手づくり。ペアリングに悩んだ時は、迷わず尋ねるのがベストだ。
博多の角打ち文化は、熟成焼酎を飲むきっかけになる
厳選された焼酎が1杯200〜400円台と、値段も驚くほどリーズナブルな山崎酒店。その安さにも関わらず、ワイングラスや波佐見焼など飲み方に合わせて酒器を変えて出してくれるのも魅力の一つ。手間もかかるこのスタイルを貫くには、若い人に良い焼酎を飲むきっかけをつくりたいという山崎さんの思いがある。
「自分が若い頃はバイト代が入ればバーに飲みに行くとか、良い酒に触れる機会があったけど今は全然ないでしょ。安かろう悪かろうでお酒を飲む若い人が増えて、良い酒を飲むきっかけすらなくなってしまった。だったらうちは良い酒を安く提供して、その美味しさを知ってもらいたい。焼酎の飲み方がわからないという人も多いから、いちばん美味しく飲める方法を丁寧に伝えています。一度知ってもらえれば、他のお店で飲む時の意識も変わるはず。そのステップアップの踏み台として来てもらうのがうれしいんですよね」
良い焼酎を飲むには、その場の雰囲気も欠かせない。福岡の角打ちは、とにかく客同士のコミュニケーションが盛んだ。山崎酒店も例に漏れず、常連客、初めての客を問わず会話を楽しんでいる。
「常連さんが持ってきてくれるお酒をみんなで飲み比べたり、知らない人同士で会話が生まれるのも福岡の角打ちのいいところ。職業や年齢の垣根を越えて、みんなで一緒に飲める場所にしたいと思っています」
山崎さんのその言葉を待っていたかのやうに、気づけばいろんな常連さんが「こんな焼酎ありますよ!」と持ち寄った焼酎を分けてくれた。自ずと焼酎の話にもなるし、他愛もない話も弾みだす。なるほど、これが博多角打ちマジックか…! 「営業時間が過ぎたら、もう無礼講。僕も飲みます!」と山崎さんもグラスを片手に和気あいあい。初めてでも気負わずに焼酎を楽しめる空気感が山崎酒店にはあった。
山崎酒店 |
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住所 福岡県福岡市博多区博多駅前4丁目7−1 営業時間 月・水・金の18:00〜25:00 定休日 火・木・土・日 ※新型コロナウイルス感染症対策のため、営業時間に変更がある場合があります。 |
福岡酒店巡りの旅は後半戦へ!
こば酒店、山崎酒店と心ゆくまで熟成焼酎を堪能し、気づかば夜はとっぷり…どころか夜明け間近。明日への肝臓を残すべく、今日はここでお開き。
次はどんな熟成焼酎が待っているのだろう…!
福岡酒店巡り2日目もお楽しみに!