フランスに旅するならばワインやブランデーが飲みたいし、スペインではシェリーを、キューバではラムがいい……! 旅先でその土地ならではの食やお酒をとことん楽しむことは、大人の旅の大きな部分を占める要素だ。熊本城を望む熊本市の繁華街。階段を上がり、中の見えない分厚い木のドアをえいっと開けてたどり着く「Glocal BAR Vibes」。バックバーに並ぶのは、本格焼酎の数々だ。焼酎マニアばかりが通う店かと思いきや、訪れる客の大半は焼酎ビギナー、くわえて外国人客も多いという。
それは、オーナーの山下紀幸さんが、海外の人々に焼酎を伝えることに熱意を傾け続けているから。毎夜ここでは、焼酎を起点にした国際的なコミュニケーションが生まれているという。焼酎に対する海外からの反応とは、初めて飲む人への届け方とは? 開店前の「Glocal BAR Vibes」で、焼酎を消費者へと届ける最前線にいる山下さんの話を聞いた。
焼酎を仕事にすると決め、一歩ずつ歩む
−−−山下さんはどんなきっかけで、焼酎にフォーカスしたバーを始めたんでしょうか?
山下紀幸 僕は生まれが鹿児島です。転勤族だったので鹿児島で育ったわけではないのですが、大学は鹿児島で過ごしました。大学のときにクラスメートたちと飲み始めたら当然のように焼酎なんですよね(笑)。刺身や苦瓜などと食事と合わせるうちにだんだんと味が分かるようになり、すっかり虜になりました。それで大学卒業時には、30歳になるまでには焼酎で仕事をすると決めたんです。そこからオープンまではかなり戦略的に動いたと思います。
まず大学卒業から4年間は大手の食品メーカーに勤めてマーケティングなどを学び、その後ワーキングホリデーでオーストラリアへ。オーストラリアでは、英語を学べたのはもちろん、パブやバーをたくさん回り、お酒を中心にしたコミュニケーションはどこの国にもあると実感したのはその後に生きました。さらに帰国後は、蔵元とのコネクションを作りたいと考えて鹿児島の焼酎専門店で働いて。そうしていよいよオープンが見えてきて、開業の地に選んだのが熊本です。
いつかお客さんを蔵元に連れて行きたいなあという気持ちもありましたから、伝手のある蔵元にも近い鹿児島か熊本がいい。さらに食品メーカーにいる間の担当エリアが熊本だったこと、知り合いのより少ない場所で勝負してみたいという思いなどから、熊本に焼酎バーを持つと決めました。海外からのお客さんが入っていきやすい、国際的なコミュニケーションが自然に起きる場にしたいという気持ちも強かったので、既存の“焼酎好き”とは違う新しいお客さんをつかまえたいと思っていました。実際に30歳になった2016年1月にオープンして、今年でまる5年が過ぎたところです。
このバーでは自分で訪ねた蔵元の焼酎だけを扱うと決めていて、今まで回った蔵が90蔵ほど。鹿児島県の蔵はさつま焼酎、奄美の黒糖焼酎ともに扱っているほか、熊本県と福岡県と長崎の壱岐焼酎が中心です。
−−−海外のお客さんをつかまえたいという気持ちは最初からあったんですね。
山下 そうですね、”GLOCAL”という言葉は、オープンを考えていた頃に日経新聞で知りました。GlobalとLocalをかけ合わせた造語で、ローカルのことを詳しく知っているけれど、グローバルな考え方や振る舞いができること、そういう人材がこれからの世界に必要だと。僕がやりたいことにとても近いと思っています。
バーカウンターから、マイク片手に英語で焼酎レッスン!
−−−実際に海外のお客様は多いですか?
山下 コロナ禍で否応なく状況は変わったものの、それ以前はインバウンドの観光客の方、日本在住の方含め、35%が外国籍。周辺のお店に比べると、それはけっこう多い方だと思います。日本人の方もGlocalの考え方に賛同してくれるような方が大部分ですね。いわゆる焼酎がとにかく好きで……というお客さんは1割程度だと思います。そういう意味では、焼酎のことを詳しくは知らないお客さんが9割です。
−−−焼酎を知らない海外の方に、焼酎をどういう風に伝えているのでしょうか。
山下 ひとつは、外国人向けに、英語で焼酎を説明するシートというか、紙芝居のようなプレゼンテーションをつくっています。混み合っていると声が通らないので、マイクを持って(笑)、英語で焼酎のつくりだとか、焼酎の消費量が減っていることだとか、さらにそんな中で、なぜうちのバーが焼酎を中心に扱っているか……といったことを話します。
海外の方に向けて最初に話すのは日本酒と焼酎の違い。海外の方によく知られている日本酒=SAKEより、焼酎の方が日本では消費量が多いんだよ、というのはかなりいいつかみになりますね。「焼酎という日本人がいちばん飲んでいるお酒を理解することは、日本文化の理解だぞ~!」と(笑)。そうしてさらに、原料のこと、麹のこと、単式蒸留と連続式蒸留の2種類に分かれることや、単式蒸留でも減圧蒸留と常圧蒸留があること、蒸留酒だけど食事に合わせる文化があることや、水やお湯で割って飲むこと……と話を進めます。
−−−……! このプレゼンはすごい! 段階を追って焼酎のことが詳しくわかるようになっている。日本の方にも喜ばれそうです。飲まれた皆さんはどんな反応ですか。
山下 説明を聞くと相当盛り上がってもらえますよ。9割以上の方はおいしい!と言ってくれるけれど、鵜呑みにはしていません。本格焼酎がずらっと並んだこのバーで、懇切丁寧な説明を聞いたら、おいしいというに決まっていますから(笑)。でも、それを差し引いても、お湯割りの反応はいいですね。海外の人にお湯割りは通じないという意見もよく聞きますけど、「なぜお湯割りがいいか」まできっちり伝われば外しませんよ。ほかのお酒よりヘルシーで、割っているから度数も低めで、それでいて香りも楽しめる。とても気に入ってもらえます。
ウチのバーでは、西洋の方は芋焼酎の個性のはっきりしたものを、アジア系の方は米焼酎を好まれる傾向が強いです。
−−−それでは最後に、山下さんがバーで扱われている銘柄の中から、熟成焼酎を2~3お薦めいただけますか
山下 3本ほどご紹介しようと思います。まず芋焼酎は、鹿児島県・オガタマ酒造の〈鉄馬〉。オガタマ酒造さんは熟成がとても上手な蔵の一つだと思います。こちらの〈鉄馬〉は樽熟成。樽での熟成は海外の人もすっと認識しやすいので、味わいを楽しんでもらいやすいです。
ふたつめは球磨焼酎から、熊本県・渕田酒造の〈のろまの亀〉。米焼酎は熟成でとてもいい味わいが出ますよね。こちらは甕で3年熟成。
最後に黒糖焼酎から、奄美大島酒造〈浜千鳥乃詩〉を推します。この蔵は、どの銘柄も2年は熟成させて出荷していると聞きました。どの銘柄も黒糖の甘み、うまみがすばらしい。麹感がたっぷりとしているのもいいですよ。
熊本を訪れる方、そして日本文化を知りたいという方にも、ぜひ薦めたいバー「Glocal BAR Vibes」。こんあ場所がもっと各地にあったら、焼酎も、お酒を通じてのコミュニケーションも変わっていきそうだ。